ゴミ山の決戦
決戦の前日、首都圏の最高級ホテル最上階。
「ランディ様、お飲み物はいかがですか?」
「あー、口にする物は持参しているんだ。なんたって……味覚も2倍だからね!!」
ホテル職員の正装をさせられた男は、内心舌打ちをする。
こういう時だけ、なんで賢いんだ。
「うん、やはりバナナオレが最高だ!!」
「それは、何よりです」
「それにしても、この国のヴィランは骨があるね。俺の国のヴィランとはメタルの数が違う。ま、俺は更に上の25メタルだけどね」
「……25メタルですか」
一瞬だけ、肩が息をした。
「ハッハ。凄いだろう? スーパーな、ヒーローだからね」
何人もの異常能力者という『国民』を撃ち抜いた外人が、陽気な声を響かせる。……硬い顔のまま、正装の男が答える。
「首都圏は世界でも有数の人口密集地ですので……」
「ふむ、ここでメタルを探すのは悪くないな……いや、昼間は寝るべきか。夜の私は人気者だからね」
「……良いと思います」
そう言って、彼は生唾を飲む。小さく息を整え、ランディを見る。
「ところで、例の情報はいかがですか?」
「ん? ああ、ゴミ集積場に現れる魔王だったな。正直、アツいよね。ラスボスにしてはステージが映えないけどさ」
正装の男の不自然な硬さが消える。
「はい、恐らくヒーローに相応しい激闘でしょう。人払いを致しますので、日時の調整を……」
そう言った彼は、穏やかに微笑んでいた。
......
万全を期した日の深夜。
見渡す限りのゴミ山に、黒木影人は立っていた。
『……状況は?』
『こちらA、政府の真偽確認…‥情報通りです。超長距離までスナイパーなし。完全に無人です』
『こちらB、標的ランディの接近を確認。徒歩ですが、ハンドガンを所持しています。黒木さんの反射神経でも至近距離では対応出来ません。必ず、撃たれる前に処理してください』
『……』
ランディが立ち止まる。
「ハハ、出来すぎだ。まるで俺のための舞台だ」
対して黒木は、広く戦場を見た。
「情報通り、会話は無駄だな……」
先手にして後攻。
黒木が視界の鉄で大量の塔を作り上げる。ランディの身体能力で、直線距離を走られる訳にはいかない。
「鉄を操るのか!? ふむ……」
一瞬の逡巡。
次の瞬間、ランディは黒木の視界から消えた。
「っ!?」
鉄の塔を蹴る衝撃音、それだけが、四方八方から叩きつけられる。
視線を追わせる余裕など、最初から与えられていなかった。
来る。背後の気配。それそのものに、黒木は反応した。
ランディの銃弾は黒木の鉄壁に阻まれる。
だが間を置かず、次の銃弾が『寸分違わず同じ場所』を貫いた。
鉄壁を抜けた弾丸で、黒木の頬が裂ける。
熱。遅れて、脇腹への鈍痛。あぶら汗が噴き出る。
「……っ、想定外だが……許容内……か」
……致命傷ではない。
だが、無駄ではなかった。黒木が視認した『ハンドガンという鉄』は、屑鉄に返った。
「……クソが! なんてヤツだっ!!」
悪態をつくランディ。対峙する黒木は、痛みに思考が散漫になるのを感じた。意識を落ち着かせなくてはならない……。黒木は想定したランディへの対抗策を思い出す事に努めた。
『機動力、銃の次の脅威は、物理的な火力です。彼の拳は軍用車両でも、直撃すれば無事では済みません。彼に干渉する鉄は全て10トン以上の鉄塊を使ってください』
『あの『作戦』は万が一にも、最後まで気づかれない様にして下さい。気付かれたら……終わりです』
万全に詰めた計画。部下達の声は、それでもなお、緊張の色をしていた。
「……少し、派手に攻めるか」
次の瞬間、背後に現れたのは、屑鉄で構成された二匹の大蛇だった。
「おぉ、まるで悪い夢だ......」
原動力は黒木の鉄操作。
重厚な見た目に反して、その速度は銃弾と同等。加えて無数の鉄塊が間断なくランディへと襲いかかる。
「ええぃ、鬱陶しいっ!!」
初めて、ランディが怒りを露わにした。
破壊出来ない重量の鉄の蛇、破壊はできてもキリがない鉄槍の嵐が徐々にランディを追い詰める。
いつからだろう。
ランディの白いスーツが、黒く染まっていた。鉄の油、自身の出血。
撤退の二文字がランディに過ぎる。
彼は常人の倍、痛みを嫌う。今回は場所が悪かった。日を改めて、正面から叩き潰せばいい。
そもそも、だ。
なぜ私が、痛い思いをしてまで、見ず知らずの国で戦ってやる必要があるのか。
「クソッタレがっ!!」
ランディが全力で跳んだ。全てを振り切る。俺に負けはない。ザマーミロだ。そう思った瞬間、右腕に激痛が走る。
「な、空にまで仕掛けて……っ!!?」
身体は跳躍による飛翔中、鋭利な鉄屑が身体を傷つけ続けている。いずれ自由落下に任せて降下するだろう先、鉄屑が集結していく。
見たことがある形……あれは……剣山だ。
脳裏に初めて『死』が過ぎった。
青ざめた。
慌てるな。時間はある。
時間はあるが……何ができるというのだ。
「……ドチクショウが!!」
激しい落下音。
影も映さない様な土煙が辺りを覆う。黒木は鉄で周囲を固めて警戒する。
「……まだ、動けるのか」
薄れていく土煙の中、血だらけのヒーローが黒木を睨む。
ひしゃげた右腕……受け身ではない。迎撃による損傷だ。彼は超高度から落下した先の剣山を、粉砕していた。
「ヒュ、ヒュー。よくもここまでやってくれたね……」
道化た言葉、反して、見ただけで人が死にそうな目。
だが、黒木は動じることもなく、静かに目を閉じる。
そして……そして、その意味を探る間も無く、ランディが膝をつく。胸に、喉に、堪えようのない激痛が走る。
「ガボッ!? ヒュ、お……おお?」
糸が切れた様に崩れ落ちたランディ。
吐き出した血に混じる大量の鉄粉。腹から喉を競り上がったヤスリの様な痛みの正体に、逃れようのない死を見た。
「もって、数分か……」
感情のない声だった。
見下す目に、膝まづいたまま立つこともままならないランディ。
「あ、ああ……よしてくれよ……」
懇願、無意味。
「お前は……最後まで『どれも』見えていなかった」
黒木は背を向けて去っていく。目的は達せられた。
「……くっ、うぅっ!!」
這いつくばるランディの上に鉄屑が、廃材が、壊れた家電が重なっていく。
上へ上へと溜まっていく。底へ、底へと埋まっていく。
……某大国最強の契約軍人ランディは消えた。数々の問題を引き起こし、見放された男はゴミの中へと溺れていった。
――廃棄、完了。




