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マダオと娼婦

 汚いベットの隅でマダオがタバコに火をつけた。

 紫煙を空に溶かし、穏やかな表情で天井を見つめる。その背後、1人の美女が彼に抱きついた。


「凄かった。こんなの初めて......」


 床に脱ぎ捨てられた黒のベビードール。

 赤のポニーテールを揺らす美女は、そう言いながらも、ぎこちない表情をしていた。


 笑顔を正しく理解していない様な笑顔。


 男に買われる会話でのみ流暢になる発言。


 彼女には名前がない。

 生まれた時から違法娼館にいた女。


 名前のない娼婦は、マダオに抱きつきながら頬を赤らめる。


「ね、もう一回......しよ?」


 その目線の先には1つの瓶。

 ピクシーパウダーと書かれたラベルの奇妙な粉薬が置かれていた。


……


「仕方のないヤツだな……そんなに、こいつをキメるのがよかったか?」


「うん……最高」


 溶けた目で娼婦が言う。

 マダオはそれを見て、満足げに笑う。これは、良いものを拾った。


 マダオは彼女を気に入っている。

 普段は表情が乏しく、思考も散漫だが……ベッドの中では流暢で、この上なく極上。


 何より、彼女はマダオ以上に世界の救済からこぼれ落ちている。そこが、たまらない。


「なぁ、お前も思うだろ? ブラウン管が垂れ流した頃の歌は、夢とか愛とかばっかだった。だが今は違う。個人がキーボードに叩きつけた愚痴だって、立派にお金を稼いでいる」


 濃い紫煙が部屋を漂う中、彼はこう続けた。


「世界はメタルナ・アイーツが降る前からクソだった」


「んー?」


 彼は失敗に気づく。

 ああ、しまった。彼女にこんな難しい話しは、分からないか。それでも、言ってみるか。そんでもう一回イッて、そのうちまたイこう。


「弱い人を救うとか言っても、救われてるのは都合のいいヤツだけだ。所詮、人間様は神じゃない。平等なんて、この娑婆には無い」


「うん」


 やはり、娼婦は理解ができてはいない様だ。

 だが、それもいい。不満も性も吐き捨てて、一切文句を言わない人形。それもいいじゃない。


「つまり元々世界はクソで、最悪な地獄なんだよ」


「うん?」


 娼婦が首を傾げた。


「クソで地獄? それはダメなの? クソも地獄も楽しいことは、楽しいで良いよね?」


「……は?」


 マダオの思考が停止した。

 理解ができない。意味が分からない。考えようとすると、彼の中の何かが邪魔をする。


 硬直したマダオの横で、立ち上がった彼女が窓を開く。


「……じゃあ、私、死ぬね」


「は? え? ……なんでそうなる!?」


 意味が分からない。

 そんな言葉は欲しくない。それに、これは……知ってはいけない事だ。


「だって、最高に気持ちよかったもん。次は、さっきよりも薄いでしょ?」


 今死ぬのがベストだよ。

 彼女は、まるで明日の天気を話すみたいにそう言った。


「は? ……は? い、意味が分からない」


 マダオはその日、濃霧の中へと落ちた。

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