デスメタルとタップダンス
『非公式』の二国間『談話』
「やぁ、親愛なるブラウン君。私は沿岸国家のある部署の局長だが……今日はね、ただの友人同士の、ほら、世間話を楽しみたくてね。今、お時間はいいかな?」
その一言を聞いた瞬間、ブラウンは受話器を持ったまま凍りついた。
あぁ……これはアレだ。実質『外交』のやつだ。
しかも今日は……相当言いにくいことを、真正面から言ってくる。
なんて事だ。
今日に限って胃薬を切らしているというのに。
一方で局長の胸では、心臓がタップダンスのステップを刻み続けていた。
「お、おぅ……そうだね、キョクチョー。もちろん録音もないよ。ただの、お喋りさ」
「ああ、ただのお喋りだとも」
「…………」
「…………」
「「ハハハハハハハ」」
2人の笑い声は乾ききり、砂のように崩れ落ちる。
「ところでだね。君のところのランディ君……とても活発な青年だね」
「お、おお……? まあ、普通の、そこらへんの青年だよ」
「謙遜はいけない。とても頼もしい。彼は我が国でも大活躍さ。随分と『熱心にボランティア活動』をしてくれているよ」
「あぁ……うん……」
局長は浅い呼吸を整える。
喉が震え、声が裏返りそうになるのを必死に抑える。
いよいよ本題だ。
なのに心臓だけが、ひたすら明るく、軽快なリズムを刻んでいる。
「で、あー……これは『もしものお話し』なんだがね。その、ランディ君を……もしも、だよ? 我々が見失ってしまったとしたら……どう思うかね?」
「……………」
受話器の向こうで、ブラウンの思考が止まる。
「……ちょっと、飲み物を取ってもいいかい?」
「ああ、もちろん。友達の、ただの世間話だからね」
局長の踊る心臓が、そのステップが、際限なく激しさを増していく。
「……戻ったよ。友人同士の雑談として言うけどね……そうだな。ランディ君も大人だからね。……『一人旅に出る』ことだってあるだろう。自由は尊重されるべきだ。特に……我々の国ではね」
「なるほど、参考にさせてもらうよ。今日は楽しい会話をありがとう」
電話を切り、どちらからともなく溜息をついた。
そして、匙は投げられた。
……
メタルナアイーツ降下から1週間と数日。
降下数はやや増加傾向にあるが、もう今はそれどころじゃあない。
異常対策本部。東部某県での事実上の大敗の責任も保留のまま、それを気に病む暇もない。
上の方の本音を言えば、予算も行動も言えばほぼ通る国家最上位の組織でありながら、誰もやりたくないから甘やかされている状況。その癖、陰では巨人の餌やり係だの、特殊部隊ごっこだの。はては某特殊軍人の尻拭き係などと呼ばれている。その評価に今、また一つ望まぬ陰口が増えようとしていた。
「……本当に、やりますよ?」
通信機器の前で、青年が確認する。
それは今日だけで何度目になるだろうか。
「やれ。責任は私がとる」
局長は即答した。
その声音は静かだったが、腹を括った人間だけが持つ硬さがあった。
彼には、時に大胆な策を選ぶ癖がある。
外部からは無謀と見えるかもしれない。しかし局長の思考には、一貫した分析の筋があった。
彼の推論は、犯罪捜査で用いられるプロファイリングに似ている。
行動の痕跡や結果から、背後の意図や構造を逆算し、像を描き出す手法だ。
メタルナアイーツの降下数。その増減の癖。
多様すぎる異能力を、それと紐づけた思考。そういった過去の局長の見立ても、同じ回路から導かれたものだった。
......
同日、いつもの倉庫。
隠れ家として機能しているそこは、一見ただの廃工場だが、至る所に銃器含む武器が隠され、複数の非常脱出路が存在した。
2LDKを遥かに超える広大なスペースの主、黒木影人は慎重な男だ。
敵対する可能性のある組織が扱う無線には、当然の様に目を通しているが、既に使用が中止された全ての回線の定期確認も怠ってはいない。組として部下を多く持っていた過去はともかく、現在それらを一任された部下DとEの仕事量は膨大だ。それでも彼らは一切手を抜かないどころか、そのクソ面倒な作業の全てが、尊敬する黒木影人の為になる、重要な役割を任されていると、誇りにさえ思っていた。そう、誇りに思っていたのである。
そして今日、彼は先日廃線された異常対策本部の無線が再使用されている事実を掴んだ。そう、日の目を浴びたのである。
これで黒木さんの役に立てる。
部下は嬉しかった。1人は必死に書記を行い、1人が黒木さんに連絡を取る。急ぎ伝えなければ、そして黒木さんに褒めてもらわねば。
「黒木さん! 本部案件です!!」
部下Eがそう言った時、隠れ家の扉が勢いよく開かれる。
「クーちゃん!! 本部の傍受してるかっ? なんかクソやべー事言ってるぞ!!」
血相を変えて飛び込んできたのは、夜道虚。それを見た黒木は珍しく頭を抱えた。
「当然の様に入ってくるな......一応ここは、お前には教えていない場所だ」
「いや、そんな場合じゃないんだってば!! 本部の奴ら、あのイかれたヒーローの始末をクーちゃんに押し付けるつもりだっ!!」
その言葉に、黒木の目から光が消える。その口角は上がり、その部下は、奪われた手柄に人知れず涙した。
.....
『ドリームアイランドに危険対象、黒木影人出没情報あり。対応をRandy Jr Huntが承諾。本部職員は交通規制等の対応に回られたし......』
要約するにこうだ。
Randy Jr Huntをドリームアイランドのゴミ集積地に誘導する。黒木影人、お前がやれ。
部下の感想はこうだ。
無報酬で黒木さんをアゴで使う気か。そんなものに黒木さんが応じるわけがないだろう。
黒木の反応は違う。
俺の価値基準で、それを受けると分析した奴がいる。それを実行する行動力がある。異常対策本部はまだ死んでいない。そして、その依頼を受けるのは、確かにやぶさかでもない。
世道虚の反応は他人事だ。
とりあえず、面白そうだ。情報は資源だ。見逃すのはあまりにもナンセンス。
「え? クーちゃんマジでやるの?」
「実際、Randy Jr Huntは邪魔だ。そもそも奴がヒーローごっこを続けるなら、いずれは敵になる」
ヒーローが、魔王と名乗る黒木影人を倒さない理由がない。
しかも今なら、有利な地形で人払いは完備。更に更にの出血大サービス。Randy Jr Huntの仔細な能力情報までついてこのお値段、だ。
「クーちゃん、なんだかんだお人好し過ぎない?」
お人好し。その言葉に逡巡、黒木が笑う。
「ああ、確かにそうかも知れないな」
確かに今、彼は異常対策本部に好意的だ。
自身を理解し使いこなす太々しさ。更に言えば彼が虚実を持って彼らを制圧したのに対して、精査出来る限り全く嘘のないランディの情報を送りつけてくる本部の裏メッセージ。
『俺たちは、お前みたいに嘘は言わないぞ』
それを察して、柄にもなく愉快な気分になっていた。
さて、そうはいってもランディは簡単に処理が可能な相手ではない。
名前の無い娼婦がいれば、より確度の高い搦手が選べた。だが、彼女はあれ以来音信不通である。
まったく、この肝心な時に……面倒ごとは尽きない。




