闇討ちスタイルのヒーロー
その日の深夜。
ブラウンはモニターに映る報告書を片手で払い、震える指で国際回線をつないだ。
相手が出る前から胃痛が激しくシャウトする。あの男は、こちらの都合で止まるタイプではない。
「やぁブラウン。国際電話って高いんだろ? 良いのかい?」
あれほどをしでかしたランディの、この明るさである。ブラウンの胃痛が極大化する。
「ランディ君、君に即時帰還命令が出ている。速やかに、可及的速やかに帰国をしてくれないか?」
「は? なんでだよ! これから盛り上がるところだってのに!」
盛り上がる、だと。
その言葉にブラウンは胃痛に頭痛が重なる。更には、それらと持病の腰痛がデスメタルバンドを結成したかのような幻を見た。
「……分かった。では、ヒーロー活動? というのは勘弁してくれ。白昼堂々と君にそれをされるのは、国家友好的に非常によろしくないんだ」
「お国というのは面倒だね。善行にまでケチがついちまう。せっかく俺のハンドガンで悪代官をヘッドショット!! するつもりだったのにさ」
銃を......持って行ってるのか。
ブラウンの視界がかすむ。
案件の深刻度が数段跳びはねた。
「あ、ああ。っうん、少し待て」
「なんだいトイレか? ちゃんと手を洗えよ?」
ブラウンは勤めて気を落ち着かせる。
クールになれブラウン。今までの君にはそれが出来ていた筈だ。
しかし、彼の体内では腰痛がドラムを打ち鳴らし、頭痛がエレキギターを床に叩きつける。その間も、胃痛のシャウトだけが途切れることなく響いていた。
「ゴホン。君は、ヒーローごっ……悪代官を撃ちたいのかい?」
「ああ、最高にクールだろう?」
「……ああ、そうだな。こっちまで凍えそうだ」
声が震えたのを悟られないよう、咳払いで誤魔化す。
「あっあー、あー……とーこーろーでだが、君はあのコミックを知っているかな? 最高にクールなヒーローのコミックだ」
「へぇ? なんだい?」
「人知れず悪を撃つ。名声は無用。全ては人の為……まさに正義のヒーローさ」
「へぇ、クールじゃないか」
「だろう? だから、どうかな? このヒーローのスタイルで……やってみないか?」
頼む。頼むから表に出ないでくれ。
国家間の火種を、これ以上増やさないでくれ。
ブラウンの祈るような念だけが、国際電話のノイズに消えた。
彼の体内で始まったステージは、まだオープニングを終えたばかりである。
⭐︎⭐︎⭐︎
首都圏某所の深夜。
下水が不快な音を立てて、人の形を模していく。汚水だったものは徐々に骨へ、筋肉へ、皮膚へと変化していき……。
「ヘイ、ナイスガイ! なかなか面白い能力だね」
その瞬間、下水男の背後から銃声が響いた。
膝をつく下水男の頭に銃を突きつけるランディ。
「嗅覚も倍でね……君、ちょっと臭うよ?」
⭐︎⭐︎⭐︎
「なんだお前は!?」
「人知れず君を粛清するヒーローさ」
「ふざけやがって!! 俺の身体は炎だ。銃弾はすり抜け、殴れば大火傷.....お前は俺に、あれぇ!?」
ランディの振り抜いた拳の先、その拳風により、炎男は霧散した。
⭐︎⭐︎⭐︎
「お許しを! お許しを! うわぁぁあっ」
⭐︎⭐︎⭐︎
「あれが山間部の巨人か」
巨人は今日もぼっと空を眺めている。
時折『おっさん』という謎の言葉を吐きながら佇む姿はどこか物悲しい。
それはそれとして、彼の食事を提供し続けている軍の責任者はやせ細っている。
「うぅん、彼は今度にしようかな」
......
「そろそろ、そろそろ本当にダメだと思います」
ランディの深夜発砲を子供の爆竹として処理し続けた職員が、局長に言う。
「山間部の巨人からは、逃走しましたね」
局長は、そう言った福局長に、分からなくもないと答えた。
以前、今のメタル数で銃弾の効かない者はいないと言ったが『あれは嘘』だ。
1人だけ、例外がいる。それが巨人だ。
デカいやつほど生命力がある。少なくともハンドガンの弾が心臓まで届く事はないだろう。
そもそも、メタルナアイーツの身体能力向上と巨大化の異常能力は相性がヤバい。
子供向け番組な巨大ロボや大怪獣もいい。
だが、そういう体積の連中が考えもなく、人類最高峰の新体操の選手のようにアクロバットに、短距離走選手の様に駆けるのは......ダメだろう。
「巨人説得の進捗は?」
巨人が倒せないなら、兵器利用すればいいじゃない。
そういう計画もある。
あるにはあるのだが、局長の虚無な顔が全てを物語っている。
どう物語っているのか。
その場の職員は全員が察する。あ、これはダメ元で聞いてるヤツだと。
「要領を得ない彼から、漸く聞き出すことは出来ました。彼の友達と形容する存在、恐らく大富豪の歓迎以上のことをすれば、或いは、というところです」
「それは?」
局長の目は、まだ死んでいる。
「高級な肉を満腹まで、美女に全身を洗われ風呂に入り、上質な服を着ることの様ですね」
「なるほど、国家予算でも足りない事だけは……分かった」
局長はピシャリと、自分の頭を叩いた。
ランディを政府が表立って処理すること自体は、まぁ出来なくはない。
肌感ではあるが、恐らく某大国もそれに異論を挟む余力はないはずだ。
しかし、毒殺はリスクが高すぎる。
万が一にも彼が生存した場合、何をしでかすかは考えたくもない。
巨人を誘導して交戦させることも難しい......となると、残された手段は、あまりにも限定的だ。
「やむを得まいか……」
こうして、賽は投げられた。




