異常対策本部と黒木影人の戦い
「クソ過ぎて笑えねぇぞ……黒木さん! 政府の奴ら、ここの県民は全員死んでる想定で動いてやがる!!」
「くくく、黒木さん!! 指示下さいよ。特攻でも肉壁でもなんでもいいですから!!」
「バカな事を考えるなっ!! お前らは自分の命最優先で待機だ!!」
珍しくも、荒げた声だった。
しかし、効果的だ。暴走しかけた部下の興奮を一瞬にしてかき消した。それは彼の狙ったものなのか、それとも……焦りからくるものだったのだろうか。
……
『A〜E地点到着、狙撃体勢完了」』
『了解、突入班、ステータス・スタンバイ。以後作戦行動コード通り』
『標的視認……大型ショッピングモール一階。射界取れず、狙撃不可』
国軍、或いはそれ以上に高度に訓練された秘密部隊か。
黒木の籠城するモール入口を押さえる突入部隊は、統率の取れた三十名規模。アサルトライフルに閃光手榴弾、破城用ショットガン。
ただ一人の人間を相手取るには、控えめにいって過剰。そして、異様だ。
普段なら暴走した局長を止める副局長。
だが今回は、その副局長が先に暴走した。結果、局長はそれに輪をかけた『完全勝利の作戦』を描き上げてしまった。
『……作戦行動開始』
作戦は、単純。
突入班による殴り込み。同時に展開する5箇所からの狙撃。それでもダメなら、ガトリングを積んだ戦闘ヘリ三機と、大型戦車二輌の集中砲火で片付ける。
確実。そして、大人気ないほどの火力だ。
四方の入り口から回り込む突入隊。
「……いくらなんでも、過剰戦力だろ」
「作戦中だ。異常能力娼婦の事件は見ただろう?」
「でも実感湧きませんよ流石に……本当にここまで無人じゃなきゃフェイクニュースだって思いますもん」
「……フェイクニュース如きで、こんな騒動が起きてたまるか」
「それはごもっとも……とにかく、娼婦警戒は怠るな。イレギュラーが起きるとすればそこだけだ」
「了解。全方位視界確保、継続します」
しかし、彼らを待つ初めのイレギュラーは爆音だった。
爆音多数。方向は総じて上。
『本部より、狙撃班の配置フロアが崩落! 連絡途絶、安否不明!』
一瞬の動揺。
その隙を穿つ様に迫る風切音。視認する暇もなく飛来したバールが隊員の頭部に直撃した。隊員は痙攣し、頭上へ銃を乱射しながら崩れ落ちる。
「あっのやろう!!」
「待て、出すぎるな! 死角が出来る!」
「グッ…………っ」
さっきのバールは、見えていても反応できない。
そう言いたかったが、例え私語であっても彼らの口に『でも』『だけど』はない。事実を言う暇さえ、もうない。
『こちら北方突入班。標的・黒木と接触、負傷一名』
『本部了解。南方突入班、交戦後に連絡途絶。西方突入班は負傷者多数。東方突入班を向かわせる』
『……了解。家電エリアより標的が想定行動Aへ移行。物陰から鉄製棒による異常能力攻撃を確認』
「連絡途絶に、負傷者多……? は?」
「過剰戦力……違うぞこれは。これは過剰でもなんでもない」
「狩られているのは……俺たち、か?」
声が震えた。これは既に戦闘ではない。
処理されている......。その実感だけが、背筋を凍らせていく。
目下の脅威は、言うまでもなく黒木の攻撃だった。
だが、それを制圧するために陣形を崩せば、いつ名前の無い娼婦が精神支配を仕掛けてくるか分からない。
黒木を優先すれば娼婦のリスクが跳ね上がる。
娼婦を警戒すれば黒木への反応が致命的に遅れる。
しかし、しかし……
……
政府には、致命的な誤算があった。
1つに、黒木影人の計画性の質である。
彼にとって東部某県制圧は本意ではない。だからこそ感情を排し、後から襲ってくるあらゆるリスクを冷静に積算した。狙撃班が配置され得る地点へ、事前に爆弾を仕掛けていたのは、その数ある対策の1つに過ぎない。
2つ目。政府は、マダオからのメタルナ・アイーツ譲渡によって黒木影人が20メタルに達している事実を把握していなかった。
裏社会で鍛え込んだ身体に、20メタルの反射と筋力が上乗せされている。その動体視力は、銃口の向きやトリガーに触れる指の緊張で、撃たれる直前が分かる。つまり『射線を見てから回避』が出来る。
その身体能力と、黒木の異常能力が合わさる。
高速で軌道を変えるバール。
飛び回り続ける追尾攻撃。完全に破壊するまで、永遠に。
「全員一斉射撃!! 家電コーナーを面で狙え!!」
「……ヌルい」
北方突入班の銃口が家電エリアを捉えた瞬間には、黒木の姿はもう消えていた。
次の瞬間、1人の隊員の鳩尾に拳をめり込ませた黒木が現れ、1つの影が消える。
踏み込みから放たれたボディーブロー。しかし、20メタルの身体能力にとって『踏み込み』は2.3メートルを一気に詰める移動へと変質していた。隊員の目には、黒木が瞬間移動でもしたかのように見えただろう。
「うわっ、うわっ……うわあああああっ!!」
一人が錯乱し、黒木に向けて乱射する。それを見た隊員たちは背を屈め、口々に叫ぶ。
味方に当たる、撃つな、と。
だが、そもそも至近距離での乱射ほど、射線を読むだけで避けられる攻撃はない。今の黒木にとっては、雑音に近い。
「ダ、ダメだ……撤退!! 撤退だ!!」
「撤退か……好都合だ。生き残りがいれば、二度目はないだろう」
遁走する者に一瞥もなく、黒木は落ちたトランシーバーを手にした。
『突入班、全方連絡途絶——プランCに移行。突入班は速やかに退避せよ』
「プランCは……あれか」
黒木にも、誤算があった。
狙撃班の存在までは読んでいた。
しかし、その先、三機の戦闘ヘリと、大型戦車二輌による面制圧の集中砲火までは、完全に想定外だった。
さらに言えば、名前の無い娼婦はまだ『お散歩』から戻ってこない。爆弾の仕掛け位置は共有したが、生存しているかどうかも不明だ。
そこはもう、どうにもならない。
轟音と共に迫るヘリの影と、地面を震わせる戦車のキャタピラ。
それを見て、黒木は舌打ちし、憎々しげに吐き捨てた。
「……計画を下方修正だ。出し惜しみは、無しでいく」
……
2分と、13秒後。
対策本部では、局長が頭を抱えていた。
『戦闘ヘリ全機および大型戦車一輌大破。残る一輌は……消失。人的被害、甚大。……撤退します』
「……終わっ……た」
言葉が、それしか出なかった。
終わった。
国として、負けた。『圧倒的過剰戦力』を用いて負けた。読み合いに敗れ、戦力に敗れ、最後には、敵に慈悲をかけられた。
これを敗北と呼ばずして、何が敗北なのか。
政府の最大の誤算、そして黒木が最後まで隠し続けた本質である。
黒木影人の異常能力は『鉄操作』 という。
彼が視認する限り『全ての鉄』と『鉄を含むあらゆる構造物』は、黒木影人の舞う矛であり、忠実なる盾である。
銃器、戦車、戦闘機、巡航ミサイル……鉄である限りは例外ではない。
「……あれは、戦略兵器体系そのものを無効化し得る存在です。知られれば、他国は必ず警戒に動きます。この国は『戦略環境の変動要因』として真っ先に触れられるでしょう……」
床にヘタれた副局長の言葉に、局長が声を振り絞る。
「……ああ、遺憾だ。本日の全て、そして黒木影人の能力は、徹底的に隠蔽せねばならない……」
……
同時刻。
瓦礫の山を背もたれ代わりに、黒木影人は一人、静かに腰を下ろしていた。
彼に向かって、瓦礫の向こうから手を振るやけに陽気な影があった。
飄々とした仕草に、やけに細身な身体。
片手にいちごミルクのパックを持って駆け寄る男の丸メガネが、きらりと日光を反射した。




