決戦前夜
ここで1つ、もしもマダオが大金を持っていたらという話しをしよう。
マダオが大金を得た場合、彼の人格は今ほど歪みに歪む事もなく平和な人生を送った……とは思い難い。
彼にはやや深刻な散財癖がある。
例えば課金ガチャのあるゲームにのめり込めば、気になるキャラクターを引くまで課金を怠らない。それを運良く引けたとして、次は複数集めての限界突破した方が強いだとか、強くなれば今後の課金を控えてもランキング報酬が得られるとか……何かにつけて言い訳をして課金ガチャを回し続ける。彼はそういう意味でもどうしようもない男だった。
「はぁ……いいね。君は最高だ!!」
既に相当数のメタルナアイーツを降らせたマダオ。
悪徳を得ていない彼に残された魔力は、少々底をみせていた……にも関わらずである。
リリムが去った子供部屋。
マダオの机の上には小さな妖精がいた。名前はピクシー。メタルナアイーツと同様の最下級の魔物である。
はっきり言って無害。
腕力は藪蚊並み、魔法は使えるが扇風機以下の風を起こすのが関の山。しかし、マダオはそれを見てニタニタと笑う。
「はぁ……いいよ。最高だ」
「ヤニ、ヤニはいい。喫煙は荒んだ心に良いものだ」
マダオはピクシーの羽から溢れる鱗粉を鼻から吸引し、至極恍惚な表情を浮かべる。
口煩い女が消えたのは好都合。
マダオはピクシーの鱗粉が誘う謎の高揚感に酔いしれていた。
……
制圧した東部某県で、黒木影人が自身を魔王と宣言した。
宣言はSNSの新設アカウントだったが、拡散数は凄まじく、その知らせは半日を待たずして異常対策本部が事実確認を済ませた。
「矢継ぎ早、だな……」
局長が肩を落とす。
既に疲労は限界か、部下の前でそれを隠す余裕もない。
「幸い、私達には世道虚の情報があります……」
目の焦点がズレた副局長が言う。
「不審人物からの、未確認情報だけどな!!」
それはそう。
疲れた頭でも、それには全員が同意する。しかし、事態は深刻だ。
加えて虚の情報は動画だった。
文章や言葉と映像では信用度がまるで違う。映像の中ではサイコキネシスの様な方法でバールを宙に浮かべて動かす黒木と、人を操る名前の無い娼婦の様子が映っていた。
「黒木一味の戦力は6人、内1名が飛行能力。黒木自身がバールを操る能力、問題は娼婦風の女性ですが……恐らく目が合う事で人を操る能力と見られます」
弱々しい声で副局長が言う。多分、彼は寝た方がいい。
「…………その情報を、頼るのか?」
完全否定の言葉を何度も飲み込み、そう言った。
「それしかありません。黒木は既に国家転覆罪を言い渡すべき巨悪です……」
「局長! この映像はフェイクではありません。何度もチェックを済ませました」
「局長……黒木と飛行する部下の能力は我々が集めた情報とも一致します」
堰を切ったように部下達が叫ぶ。
メタルナアイーツを降らせたど外道は誰か検討もつかない。
だが、それに乗じて県1つを制圧し、魔王などと名乗るこの男も大概だ。
とはいえ、本音のところでは、半ば八つ当たりである。
「奇襲部隊にアイシールドを用意しましょう。入念に目を合わせない様に指示……万全を期し、長距離射撃部隊を増員、不穏な動きを見せた場合の仲間への発砲も許可!! この娼婦風の女性さえ無力化すれば……やりましょう!!」
副局長が声を荒げるのは、珍しい。
局長は本部の最大権力者には似合わず、しばしば感情的になる。時には憶測での決断を優先もさせる。物腰は柔らかくも、それを受け止めていなすのがいつもの副局長だった。その彼が今、声を荒げ……局長がそれを静止している。
「時間がないのは分かっている。だが……」
何か、とても嫌な予感がする。
頭では分かる。かなり非人道的ではあるが、副局長の作戦なら娼婦風の女性は脅威ではない。少々予測より適応範囲が広い異常能力であっても対応できるだろう。
メタラーとて人間だ。
少なくとも今のメタル数で、銃弾の効かない者はいない。
だがなにか……なにか重大な見落としを感じる。
それが何かは、分からない。真っ先に脳裏によぎるのは、やはりあの男『世道虚』の情報を信じるべきかという不安。しかし、それは何度も議論した事だ。
現実的に考えるならば、既にその議論を掘り返して良いフェイズではない。残りの不安は鵜呑みにして、適当な戦力で彼らを鎮圧すべきだ……いや、だが、しかし……。
因みに、ペリカン目ウ科の鳥類である鵜は単為生殖ができる……知らんけど。
……
東部某県某所。
黒木の臨時拠点。
「ねえ黒木、お散歩」
妙に甘い声で名前の無い娼婦が言う。
黒のベビードールに純白の下着。大人びた体躯だが、表情ない。薄く割れた腹筋は、娼館に囚われた歴史そのものの様だ。
長く赤い髪を束ねた状態、俗にポニーテールという髪型は、その揺れが男の性欲を煽るのだとか。娼館の人間に決められてから、変える理由がないのでそのままである。
「ああ、行ってこい」
黒木は無関心にそう言った。
ネジの切れかけたオルゴールの様な鼻歌を歌いながら、娼婦が日の中に消える。
「……」
「……」
部下達がへたり込む。
正直、怖かった。幾ら何度も修羅場を抜けた悪党でも、怖いものは怖い。なんならば、怖いものを怖いと思えない奴から死ぬんだと黒木さんが言っていた。
「黒木さん、あの女は流石に……」
ヤバすぎませんか……私もそう思う。
だが、黒木は悲しげな微笑を浮かべた。
「できるだけ関わるな……あれはもう、戻らない」
それを聞いて部下達が顔を見合わせる。
そして、ボソりと呟いた。
「……それは、なんか……」
可哀想ですね。
もしくは彼に学があれば哀れですねと言えたところか。
部下達は彼女の過去を知っている。
その上でも本人を前にすれば当然怖い。だが、いないところでその悲劇的な人生を思えば、やはり哀れだという感情は、湧く。
「あの女、一生幸せになれないんスかね……」
また、別の部下が呟く。
「……それは違う。善人悪人、誰にでも幸せはある……感情や心が壊れた奴にも、壊れた奴の幸せはある」
それは、恐らく本人にしか分からない幸せだが……黒木はそう付け加えた。
「……時間だ」
黒木の頬を、一筋の汗が伝った。




