6.歌劇団
学園が夏休みに入るころ、わたくしたちは帝国劇場に歌劇団の舞台を見に行った。
初めての演奏会は宮殿のホールに楽団を招いてだったので、わたくしの方から行くのは初めてだ。
帝国劇場は宮殿のすぐ近くに建ててあって、特別な高貴な方が見に来るときには、別の入り口があって誰にも会わずにボックス席まで行ける設計になっていた。
わたくしはラファエルお兄様とミカと一緒の馬車で帝国劇場に乗り付けて、別の入り口から入って護衛に守られながらボックス席まで行った。
わたくしたちが二階のボックス席、ラファエルお兄様たちは三階のボックス席だった。
大きく張り出したボックス席からは舞台がよく見えた。
わたくしたちが到着すると、既にアンリエットお義姉様もリヴィア嬢もユリウス様もレティシア嬢もセリーヌ嬢もアルベルト様も到着していた。
「今日はよろしくお願いします」
「おねがいします」
わたくしとミカが挨拶をすると、アルベルト様が微笑んで答えてくれる。
「こちらこそよろしく。ミカエルはよく見えなかったら抱っこするから教えてね」
「ありがとうございます」
四歳になっていて、わたくしよりも背が高くなっているが、最年少ということでアルベルト様はミカに気を遣ってくれているようだった。
「セラフィナ、ミカエル、休憩時間には会いに行くからね」
「はい、お兄様」
「いってらっしゃい、おにいさま」
後ろ髪引かれる様子でラファエルお兄様は三階のボックス席に上がって行った。
わたくしはセリーヌ嬢とリヴィア嬢とご一緒できて嬉しくて、どの席に座るかを話し合って決めていた。
席は広々とした二人掛けのソファが三列に並んでいる。
一番前の席は手すりがあるが乗りだしたら危ないので、アルベルト様に座っていただく。
二番目の席に見やすいようにミカとわたくしが座って、三番目の席にリヴィア嬢とセリーヌ嬢が座ることになった。
入り口には護衛が立ち、給仕がわたくしたちに注文を聞く。
「何か飲み物はいかがですか?」
「どうしましょう? アンリエットお義姉様からどんなものを飲んでいいか聞いていますか、リヴィア嬢?」
「わたくしたちは果実水などを飲んだらいいと言われましたが、あまり飲むとお手洗いに行きたくなるから気を付けてとも言われました」
「わたし、のまなくていいです」
「ミカエル殿下はいりませんか?」
「おてあらいにいきたくなったら、ぜんぶみられないかもしれないから」
声楽家になりたいミカにとっては歌劇団の舞台は特別なのだろう。集中して見たい気持ちも分かる。
「わたくしも飲み物はいりません」
「それではわたくしも」
「わたくしもそうしますわ」
わたくしも飲み物を断れば、リヴィア嬢もセリーヌ嬢も飲まないことにしたようだった。
アルベルト様がわたくしたちに舞台のパンフレットを配ってくださる。
舞台のパンフレットには、舞台のあらすじとキャストが載っていた。
「家同士の諍いによって引き裂かれた恋人同士。二人の悲劇の物語……あら? これ、聞いたことがあるような気がします」
わたくしは前世でクラリッサだったときに行きたかったけれど行けなかったので歌劇団のチラシだけを大事に取っていた。その演目がこれではなかっただろうか。
わたくしが首を傾げていると、リヴィア嬢が教えてくれる。
「この演目はとても有名な作家が書いたもので、何度も再演されているようですよ。物語としても有名です。セラフィナ殿下は物語を読まれたのかもしれませんね」
「そうでしたか。知りませんでした」
リヴィア嬢はしっかりと予習してきているようだった。
アンリエットお義姉様に教えていただいたのだろう。
「はやくはじまらないかな」
待ちきれない様子のミカは目を輝かせて身を乗り出している。一番前だったら危なかっただろうが、前にアルベルト様が座っている一番前の席の背もたれがあるので安心だった。
開演のベルが鳴って、客席の照明が落とされる。
舞台が始まった。
争い合う二つの家があって、その家の女性と男性が仮面舞踏会で出会ってしまう。
顔を隠した二人は恋に落ちるのだが、相手が諍いのある家の子息令嬢だと気付いてしまって、引き離される。
男性は女性の家に忍んで行き、愛の歌を捧げる。
女性はそれを聞き、男性に愛の歌を返す。
悲劇だと聞いていたが、この二人がどうなるのかドキドキしながら見てしまった。
前半が終わると、休憩がある。
わたくしたちはお手洗いに行ったり、飲み物を飲んだりして一休みしていた。
休憩時間には、アンリエットお義姉様とラファエルお兄様とユリウス様とレティシア嬢が二階のボックス席に現れた。
アンリエットお義姉様はリヴィア嬢に聞いていた。
「わたくしと離れていましたが、平気でしたか? 楽しめましたか?」
「はい、セラフィナ殿下もセリーヌ嬢も一緒だったので楽しく見られました」
明るく答えているリヴィア嬢にアンリエットお義姉様は安心した表情をしていた。
「セリーヌ、いい子にしていましたか?」
「はい、お姉様。ヒロイン役の女性の歌声が素晴らしくて聞きほれていました」
「楽しそうでよかったです」
「お姉様はユリウス様とご一緒で楽しめましたか?」
「とても楽しかったですよ」
レティシア嬢もセリーヌ嬢が心配だったようだ。
「セラフィナ、ミカエル、楽しんでいるかな?」
「おにいさま、とてもたのしいです! うたがとてもじょうずで、オーケストラのえんそうもすばらしくて」
「ミカエルも集中して見ていたようです」
頬っぺたを真っ赤にしてラファエルお兄様に報告するミカは、本当に興奮して楽しそうだった。
わたくしもミカを見ていると嬉しくなる。
休憩が終わると後半が始まる。
教会で二人きりでひっそりと結婚式を挙げる男性と女性。
けれど、諍いは酷くなり、二人は引き裂かれてしまう。
諍いの中で殺し合いが起きて、二つの家は完全に断絶してしまう。
会うことができなくなった二人は、家を捨てて逃げ出そうとするが、仮死状態になる薬を飲んで死んだふりをして逃れようとした女性が本当に死んでしまったと思って、男性は命を絶つ。
仮死状態から覚めて男性が死んでいることに気付いた女性は後を追う。
二つの家が巻き起こした悲劇の物語。
暗転の後で役者が全員並んで深く礼をしているのを見て、わたくしは大きな拍手を送っていた。ミカもリヴィア嬢もセリーヌ嬢もアルベルト様も拍手を送っている。
「素晴らしかったですね」
「わたし、みにこられてほんとうによかった」
「アンリエットお義姉様に感謝しないと」
「アンリエットおねえさま、ありがとうございます」
見終わって興奮冷めやらぬわたくしとミカ。
リヴィア嬢とセリーヌ嬢も感動していた。
「わたくし、最後、泣きそうになりました」
「引き裂かれる二人……幸せになってほしかった」
感想を言い合いながらわたくしたちは三階席のラファエルお兄様たちと合流する。
「セラフィナは歌劇団が気に入った?」
アルベルト様に聞かれて、わたくしは大きく頷いた。
「とても気に入りました」
前世でも見たいと思っていたが、それがやっと果たされた。喜びに胸がいっぱいになっているわたくしにアルベルト様が優しく語り掛けてくれる。
「それならば、わたしがチケットを取るので、また行こうか?」
「行きたいです」
「わたしもいきたいです!」
甘い雰囲気が漂ってきたと思ったら、ミカが手を上げて話に入ってくる。
「ミカエルの分もチケットを取るよ」
「アルベルトおにいさま、ありがとうございます」
二人きりで行けるわけではなさそうだが、ミカが一緒でもきっと楽しいだろう。
わたくしはまた歌劇団を見に帝国劇場に来ることを考えていた。
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