1.初めての演奏会
リヴィア嬢のお誕生日の演奏が大成功したからではないが、わたくしはピアノの練習に特に力を入れていた。セリーヌ嬢の見事な演奏を聞いて、やはりわたくしも上手になりたいと思わずにはいられなかったのだ。
わたくしがピアノの練習に一生懸命になっているというのは、お父様とお母様にもすぐに知られてしまった。お父様とお母様はわたくしに提案してくださった。
「セラフィナ、声楽を初めてみないか?」
「歌を歌うのは、音楽性を高めるのに最適です。わたくしも学園で声楽の授業を受けていました」
学園では音楽の授業が分かれていて、楽器を選ぶか声楽を選ぶか自分で決められるのだ。お母様が声楽をしていたというのは初めて聞いた。
「ラファエルがピアノを弾けるので、わたくしとセラフィナで合唱をしたり、セラフィナがピアノの弾き語りをしたりしてもいいのではないでしょうか」
前世のわたくしはピアノに触ることすらできなかった。今世ではピアノを習う機会に恵まれたし、声楽まで習えるのだったら、わたくしはしてみたいと思っていた。
午前中二時間、午後二時間のバロワン先生の授業があって、それにピアノと声楽まで加えると忙しくはなりそうだが、わたくしはやる気に満ち溢れていた。
「お母様、わたくし、声楽も始めたいです」
「セラフィナのやる気は十分のようだね」
「セラフィナ、声楽をオトテール先生から習うようにしましょう」
「オトテール先生は声楽も教えてくださるのですか?」
「オトテール先生は音楽のプロフェッショナルで、どんな楽器も、声楽にも精通しているのです」
オトテール先生がそんな素晴らしい方だなんて知らなかった。
そんな先生に教えていただけてわたくしはとても光栄だった。
翌日からわたくしはオトテール先生に声楽を基礎から教えてもらっていた。最初は音を覚えるための曲を歌う。階名で歌うその曲は、難しくはないのだが、楽譜をしっかりと読めないと歌うことができない。
ピアノを始めたばかりのわたくしは楽譜を読むことがまだ難しかったので、声楽の練習は楽譜を読む練習にもなった。
わたくしが覚えるために子ども部屋でも口ずさんでいると、ミカがそれに反応した。
「おねえたま、すてきなこえ! わたちもうたいたい」
「ミカも歌いたいのですか?」
「あい!」
ミカは三歳だが歌いたい気持ちがあるのならば歌わせてあげたい。
そのことをお父様とお母様に伝えると、お父様とお母様は表情を明るくした。
「ミカエルをギマールに任せてよかったな」
「ギマール夫人は様々な楽器を奏で、声楽でも素晴らしい成績を修めた方なのです」
「ギマールに頼んでみよう」
ミカはギマール先生から音楽を教えてもらえるようだった。
わたくしはピアノを習うという考えがなかったので習い始めるのが遅かったが、セリーヌ嬢は二歳からピアノを習っているという。ミカも三歳でピアノを始め、声楽を始めるのはいいことなのではないだろうか。
詩の才能はよく分からないが、ミカには芸術的な才能があるようにわたくしは思うのだ。
姉バカなのかもしれないけれど。
オトテール先生に声楽を習っていると、お母様とラファエルお兄様が練習に顔を出してくることがあった。ラファエルお兄様もオトテール先生にピアノを習っていたので、オトテール先生とは知り合いだし、ラファエルお兄様が習っていた時期にお母様もオトテール先生と知り合っている。
「オトテール先生、今日はわたしが伴奏を弾いて、母上とセラフィナに歌わせてください」
「それはいいですね。セラフィナ殿下にそろそろ簡単な歌をお教えしようと思っていたのです」
「オトテール先生、よろしくお願いします」
ラファエルお兄様が伴奏をすると言ってくださって、わたくしは楽譜を渡されてお母様と一緒に歌う。初めての歌だったので最初は上手に歌えなかったが、お母様の歌声に合わせていくうちに上手に歌えるようになってくる。
お母様は澄んだ高いソプラノで歌っている。
わたくしは子どもなので声が安定しないが、同じ音を歌えているはずだ。
歌い終わると、オトテール先生が拍手をしていた。
「ラファエル殿下はピアノの腕が上がりましたね。皇后陛下の歌の素晴らしいこと。セラフィナ殿下も初めての曲なのによく歌えていました」
「ありがとうございます」
「時々合唱の練習もしましょう。セラフィナ殿下が上達してきたら、パートで分かれるのもいいでしょう」
「パートで分かれる?」
「女性二部の曲を歌うのです。上のパートと下のパートで分かれて」
上のパートと下のパートで別々の音を出しても、曲として成り立つのだろうか。
歌というものをしっかりと聞いたことのないわたくしが戸惑っていると、オトテール先生がピアノを奏でた。
「この音とこの音、合わせると和音になりますね?」
「はい」
「この二つの音を一度に出しても美しい音色が奏でられているでしょう?」
「はい、美しいです」
「このように、二つ合わせても美しい音色になるような音を選んでパート分けするのです」
ピアノを交えての説明に、わたくしはやっと理解することができた。
「セラフィナ、音楽の勉強のためにも一度、楽曲を聞きましょうか? 楽団を宮殿に呼び寄せて」
「いいですね、母上。セラフィナの学友のリヴィア嬢とセリーヌ嬢、わたしの婚約者のアンリエット嬢、学友のアルベルトとユリウスとその家族も呼べばいいのではないですか?」
「楽しい楽団の演奏会になりそうですね」
演奏会などわたくしは初めてだ。
ピアノを始めて、声楽も始めたことで、楽団の演奏を聞けるだなんて考えてもみなかった。
前世のわたくしにはそんな機会は一度もなかったし、今世でも幼かったのでまだそういう機会に恵まれていなかった。
わたくしのために楽団が演奏をする。わたくしのために音楽のプロが演奏会を開く。
皇女として生まれてよかったと思わずにはいられなかった。
楽団の演奏会の日程はすぐに決められて、春の始めに宮殿のホールで演奏会が開かれた。
わたくしとラファエルお兄様とお父様とお母様とミカ、それにベルンハルト公爵家のご一家、アルマンドール公爵家のご一家、ルクレール公爵家のご一家、ロズベルク侯爵家のご一家が招かれて、一緒に演奏を聞いた。
わたくしはその日はリヴィア嬢とセリーヌ嬢の間に挟まれて座った。
二人とも演奏会にわくわくしている様子である。
「わたくし、演奏会は初めてです。リヴィア嬢とセリーヌ嬢は?」
「わたくしも初めてです」
「わたくしは何度か鑑賞したことがあります」
リヴィア嬢も初めての様子だが、セリーヌ嬢は何度か経験があった。
「どのように鑑賞すればいいのですか?」
「注意点はありますか?」
わたくしとリヴィア嬢がセリーヌ嬢に教えを請えば、セリーヌ嬢は少し考えてから、答えてくれた。
「演奏中は静かにします。お喋りは厳禁です。演奏が終わって、最後の一音が消えた後で拍手を送ります」
「最後の一音が消えたと分かるのはどのようにすればいいですか?」
「分からなかったら、指揮者がこちらを向いて一礼するまで待つといいですよ」
「そうなのですね、ありがとうございます、セリーヌ嬢」
セリーヌ嬢のおかげでわたくしもリヴィア嬢もマナーを守って演奏を聞けそうだったので、安心していた。
ホールの照明が落とされて、演奏が始まる。
オーケストラと声楽家の共演だが、声楽家は最初は女性一人だった。
一曲目が終わって、指揮者がこちらを向いて一礼したので、わたくしは慌てて拍手をする。
曲が素晴らしくて胸がいっぱいになっていて、拍手を忘れそうだった。
続いて、男性の声楽家に変わる。
男性の声楽家の低い声での歌はとても素晴らしく、ホールによく響いた。
曲が終わって拍手をすると、続いて数名の声楽家が現れた。
今度は合唱のようだ。
合唱を聞いていると、確かに音が違うのにきれいなハーモニーが出来上がっている。オトテール先生が教えてくれたように、和音のような違和感のない音で歌っているのだろう。
合唱の素晴らしい響きにもわたくしは拍手を送っていた。
幼いミカも聞いているので、演奏会は一時間くらいで終わってしまった。
演奏会の後に、ホールに明かりがついて、指揮者が深く頭を下げると、お父様が立ち上がって指揮者を労いに行っていた。
わたくしも指揮者や演奏者と話をしたかったが行っていいのか分からずにいると、いつの間にかホールで一緒に聞いていたオトテール先生がわたくしを伴って楽団に近付いていった。
オトテール先生に気付いて、指揮者が笑顔になる。
「オトテール様、聞いていてくださったのですね」
「皇帝陛下から楽団の演奏を聞く許可を得ました。今日の演奏は素晴らしかったですね」
「ありがとうございます。皇帝陛下のために、最高の楽団と声楽家を揃えました」
親しげに話しているオトテール先生と指揮者に、わたくしがきょとんとしていると、オトテール先生が教えてくれる。
「彼は、わたしの教え子なのですよ」
「オトテール様にはお世話になりました」
「オトテール先生の教え子なのですか!?」
楽団の指揮者はオトテール先生の教え子だった!
オトテール先生がそんなにすごい方だなんて驚いてしまうが、楽団の指揮者は笑顔でわたくしに声をかける。
「今回は皇帝陛下がセラフィナ殿下のために開いた演奏会ということで、楽曲もセラフィナ殿下の興味の持ちそうなものを揃えてみました。いかがでしたでしょうか?」
「とても素晴らしかったです。わたくし、演奏会に初めてきたのですが、こんなに素晴らしいものだなんて思いませんでした」
「どの曲が気に入りましたか?」
「どれも素晴らしかったのですが、わたくし、合唱曲に今興味があって、声楽家の皆様が合唱しているところがとても興味をひかれました。違う音でもあんなに美しく響くのですね」
「セラフィナ殿下は合唱曲に興味がおありでしたか。演奏の中に取り入れてよかったです」
楽団の指揮者が答えてくれるのに、わたくしはどれだけでも演奏の素晴らしさを語りたかったけれど、胸がいっぱいになってしまっていて、それ以上うまく言葉が出てこなかった。
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