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転生皇女セラフィナ  作者: 秋月真鳥
五章 セラフィナとベルンハルト公爵領

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4.ミカエルの侍従ローラン

 ミカの乳母であるオレリアさんがお暇をするということになったのは、季節が春に入ろうとしているころだった。


「申し訳ありません、わたくし、結婚が決まりました」


 オレリアさんも若い女性なので、そういうこともあるのだろう。

 わたくしがどうなるのか考えていると、お父様とお母様はミカにオレリアさんがいなくなることを伝えた。


「ミカエル、オレリアは結婚して宮殿での仕事を退くことになった」

「ミカエルはもう六歳になるので、自分の部屋に移りましょうか」


 ミカはオレリアさんが乳母を辞めることになって、自分の部屋に移ることが決まった。

 今後は子ども部屋はエリカのための部屋になるだろう。


「わたし、早く一人部屋になりたかったんです。ありがとうございます」


 寂しさを一切見せず、お父様とお母様にお礼を言っていたミカだったが、オレリアさんが辞める日には、庭に咲いた花で花束を作って渡していた。


「オレリアさんのおかげでわたしは大きくなれました。今までありがとうございました」

「ミカエル殿下……わたくしもミカエル殿下のおかげで成長できました。ミカエル殿下と過ごした日々はわたくしにとってかけがえのない愛しい日々でした。これからも健康で成長なさることをお祈りしています」

「オレリアさん、大好きです」


 涙で目を潤ませているオレリアさんに、ミカは花束を渡しながら泣きそうになっていた。

 生まれたときから五年間もずっと一緒にいて、育ててくれた乳母がいなくなるのは、やはり寂しいのだろう。

 わたくしも不安になってマティルダさんに聞いてしまった。


「マティルダさんは結婚はしないのですか?」

「わたくしは貧乏貴族の娘で、わたくしが働いていないと弟妹が学園に通えないと頑張っているうちに結婚など考えない年になりました。このままセラフィナ殿下のおそばに置いていただければ嬉しいです」

「マティルダさん、ずっとそばにいてください」


 お母様もルクレール公爵家でずっと育ててくれていた乳母を、宮殿にも連れてきていて、乳母は今はお母様の侍女頭になっているというのだから、わたくしもできれば結婚するときにマティルダさんはベルンハルト公爵家までついてきてほしいと思っていた。


「わたくし、思うのです。結婚するだけが女性の幸せではないと。わたくしは幸運にもセラフィナ殿下の乳母になりましたが、この仕事がとても好きです。セラフィナ殿下の成長を見守れることがわたくしの誇りです。わたくし、結婚よりも仕事に生きたいのです」


 マティルダさんのように結婚ではなく、仕事に幸せを見出す女性もいるのだとわたくしは知る。わたくしは皇女として生まれ、当然誰かと結婚するものだと思って生きてきたが、そうでない生き方をする女性もいる。

 この国では女性の社会進出が問題になってきているが、マティルダさんのように仕事を持ってそれを誇りに生き続けるというのも、一つの人生の形なのではないかとわたくしは学んだ。


 オレリアさんがいなくなってから、ミカには男性の侍従がつくことになった。

 ミカはわたくしの隣の部屋で生活するようになり、男性の侍従と仲良くしている様子である。


「お姉様にご紹介します。わたしの侍従のローランです」

「ローラン・アゼマと申します。アゼマ男爵家の三男です」


 ミカが紹介してくれた侍従はとても若かった。

 年齢を聞くと、十二歳だと答えてくれた。


「学園に行くだけのお金はありませんし、宮殿ではミカエル殿下と年の近い侍従を探しているということでしたので、応募しました」


 ローランを見てわたくしは思い出す。

 わたくしがアルベルト様のメイドになったのも、十二歳のときだった。

 わたくしは学園に進学したかったが、それを両親は許さず、売るようにしてベルンハルト公爵家に奉公に出させた。わたくしとは少し事情は違うかもしれないが、ローランも学園に行きたかったが行けなかった男の子だった。


「年は十二ですが、マナーは叩き込まれていますし、ミカエル殿下のお世話はできます」

「ローランは年が近いので、お兄様が増えたような気がします」

「それは光栄です」


 微笑んで答えるローランに、わたくしはローランを学園に通わせてあげたいと思うのだが、それはわたくしの力では無理そうだった。

 何より、ローランはミカにとって必要な侍従になっている。

 わたくしはよく考えて、アルベルト様に相談してみた。


「ミカの従者のローランなのですが、十二歳で学園に通えないのでミカの従者になったと聞きました。ローランが勉強をする方法がないのでしょうか」


 わたくしはローランを前世のクラリッサと重ねていたのだ。

 わたくしの相談に、アルベルト様はクラリッサのことを思い出したのが、少し痛ましく目を伏せていたが、静かに話し出す。


「わたしのメイドも十二歳のときにベルンハルト公爵家に来た。学園には通えないようだった。両親に愛されていないのではないかと思っていたわたしを両親と和解させてくれたお礼に、わたしはメイドをわたしと一緒に家庭教師の授業が受けられるようにしたんだ。学園への入学は少し遅れても構わない。わたしは自分が学園に入学することになったら、メイドも一緒に入学させてもらおうと思っていたよ」


 アルベルト様がクラリッサに対してそんな風に思っていてくれたなんて知らなかった。

 わたくしは五年遅れで学園に入学できていたかもしれない。五年遅れでは学園で目立ったかもしれないが、勉強ができるのならばわたくしは喜んで学園に通っただろう。


「それと同じことをローランにすれば……」

「高貴な身分の者が、従者を伴って学園に通学するのは何もおかしくないよ。ミカエル殿下が学園に入学するときに、ローランも伴って行けば、ローランは七年遅れですが、学園で勉強できるのではないかな」


 学園には十二歳で入学して、十八歳で卒業するものだとわたくしは凝り固まっていたようだ。勉強をするのに遅いことは何もないのだ。少し年齢が高くなっても、勉強できるならばクラリッサだったころのわたくしならば、喜んでアルベルト様と一緒に学園に通っただろう。


「アルベルト様はわたくしの思い込みを正してくれる素晴らしい方です」

「そうかな? わたしはただ、クラリッサ……彼女が好きで、彼女と将来結婚するのならば、彼女には相応の教養が必要だと思った。ただの打算だったんだ」


 アルベルト様はわたくしと結婚まで考えてくれていた。ただの男爵家のクラリッサがアルベルト様と結婚なんて現実的ではなかったかもしれないが、当時のアルベルト様はそれだけ真剣にわたくしのことを考えてくれていたのだ。


「婚約者に前の想いびとの話をするなんて、わたしはデリカシーがないかな」

「そんなことはないです。アルベルト様が好きだったその方は亡くなっていると聞きました。亡くなった方のことを忘れられないのは当然と思います。その方がいるからアルベルト様が今生きているのだと思えば、その方なしにはアルベルト様のことは語れないと思っています」


 それは今のセラフィナとしての正直な感想だった。

 アルベルト様がクラリッサを心に思い続けていても構わない。わたくしがクラリッサであったこともあるのだが、それだけ大事に思った相手がアルベルト様にはいるということが、わたくしには素晴らしいことのように思えた。

 アルベルト様とわたくしには十歳の年の差があるのだ。

 わたくしと同じような経験しかしていないはずはないのだ。


「わたくしは恋とか愛とか、まだ難しくて分かりません。でも、アルベルト様がその方を想っていた気持ちはとても尊いように思えるのです」


 嫉妬するべきなのかもしれないが、相手が死んでいることを考えれば、わたくしの前世でなくても嫉妬しても無駄だということは分かっている。


「セラフィナはいい子過ぎて心配になるよ」

「そうですか?」

「もっと感情を露わにしてもいいのに」


 わたくしがいい子で大人しく見えるのは、十五歳まで生きた前世のクラリッサの記憶があるからに違いなかった。クラリッサとして、わたくしは色んなものを諦めて生きて来た。

 十二歳で働き始めて、学園に行って学ぶこともできなかった。両親の愛もなかった。その日の食事にすら飢えていた。

 それが皇女セラフィナとして生まれ変わったら、全て満たされるのだから、今の状態が贅沢すぎるように感じてしまっても仕方がないだろう。


「わたくしは、今、とても幸せなのです」

「セラフィナ……」

「お父様とお母様とお兄様とミカに愛されて、好きな勉強をたくさんできて、歌もピアノも練習できて、毎日美味しいご飯も食べられて……」

「それは当然のことではないのかな?」

「いいえ、多分当然のことではないのです。ローランを見て思いました。学園に入学できずに十二歳で奉公に出さなければいけないような家もある。貴族でそれなのですから、平民ではもっと酷い家があるでしょう」

「それは、そうだね。わたしの考えが浅慮だった」


 わたくしの言葉に、アルベルト様はすぐに考えを改めてくださる。

 アルベルト様のこういう思慮深いところがわたくしは大好きだった。


「ローランのこと、また考えてみます。アルベルト様に相談に乗ってもらえてよかったです」

「わたしで役に立ったなら嬉しいよ、セラフィナ」


 アルベルト様はわたくしの頭の固い考えを取り去ってくれる。アルベルト様と話していると、世界が開けるような気がするのだ。

 もっとアルベルト様と話をしたい。

 そうすれば、大人になるまでにわたくしは思慮深い淑女になれるのではないかと思っていた。


読んでいただきありがとうございました。

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