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転生皇女セラフィナ  作者: 秋月真鳥
五章 セラフィナとベルンハルト公爵領

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2.セラフィナと将来の夢

 ミカの六歳のお誕生日の演奏会について、オトテール先生と話し合った日の夕食でお父様とお母様が話題に出してくれた。


「オトテールから聞いたよ。ミカエルが六歳の誕生日に演奏会をやりたいのだって?」

「わたくしにも参加してほしいと言われて、わたくしも楽しみにしていますわ。執務の合間を見つけて、わたくしも練習に参加しますからね」


 お父様もお母様も賛成してくれていて、わたくしはほっと胸を撫で下ろす。

 一番喜んでいるのはミカだろう。

 ミカはお父様とお母様に報告していた。


「リヴィア嬢とセリーヌ嬢がバイオリンとピアノを演奏してくれると約束してくれました。お姉様もお母様も一緒に歌うのです。わたし、とても楽しみ」

「リヴィアとセリーヌも一緒に演奏するのか」

「二人はバイオリンとピアノがとても上手ですからね。楽しみですね」


 リヴィア嬢とセリーヌ嬢が一緒に演奏することについても、お父様とお母様は快く受け入れてくれている。

 わたくしはお父様とお母様に聞いてみた。


「ミカは皇族で皇子です。声楽家になってもいいのですか?」


 その問いかけにお父様とお母様が反対にわたくしに聞いてくる。


「皇族で皇子だと声楽家にはなれないと思うのかな?」

「アルベルト殿も皇族ですが医者になります。皇族ということが将来の職業になにか関係がありますか?」

「皇族だと公務がありますよね?」

「公務はこなしながらも、声楽家としてやっていけば何も問題はないのではないかな」

「わたくしも、できることなら声楽を続けたかったのです。ミカエルが声楽家になりたいというのだったら、わたくしは応援します」


 やはり、わたくしは頭が固かったようだ。

 皇族で皇子だから職業が狭められるなどということはないのだ。ミカが声楽家になりたいというのであればお父様もお母様もそれを応援してくれる。お父様もお母様も、自分たちが皇帝と皇后という立場に早くなってしまったので、自分の夢は叶えられなかった。その分、ラファエルお兄様にはアカデミーに進学することを許しているし、ミカには声楽家になることを許すのだろう。


「セラフィナは将来なりたい職業はないのかな?」

「セラフィナが皇女であっても、なりたいものになっていいのですよ」


 わたくしは問われて、一度も考えたことがなかったので答えられなかった。

 前世ではわたくしは職業を選ぶ権利などなかった。ほとんど売られるようにしてベルンハルト公爵家のメイドになったし、それ以外に働く場所も職業も考えられなかった。

 ベルンハルト公爵家でメイドになってから、わたくしは三食食べられるようになったし、暖かい布団で眠れるようになったので、それ以上のことは望んでいなかったのだ。


「わたくしがなりたい職業……」


 皇女としてベルンハルト公爵家に嫁いで、将来はベルンハルト公爵夫人になることしか考えていなかったので、わたくしがなりたい職業があるかと問われれば何も思い付かない。


「わたくし、ベルンハルト公爵夫人になることしか考えていませんでした」

「コンラートはわたしの一つ年下で、まだ若い。アルベルトがベルンハルト公爵を継ぐのはまだまだ先になるだろう」

「セラフィナはすぐに公爵夫人になることはないのですよ」

「そうでした」


 お父様は学園を卒業してから一年後にお母様と結婚していて、その一年後にラファエルお兄様が生まれているので、まだ三十八歳だ。お母様も一つ年下の三十七歳である。まだまだ若くて、皇帝位を譲ることはない。

 だからこそラファエルお兄様がゆっくりとアカデミーで勉強していられるのだ。

 アルベルト様も父親のベルンハルト公爵がまだ三十七歳で、十年経っても四十七歳。わたくしが結婚できる年になっても、アルベルト様はベルンハルト公爵を譲られることはないだろう。

 そんなこと考えもしていなかった。


「ベルンハルト公爵家は、わたしが即位したときに、コンラートが公爵になるために作った侯爵家だから、コンラートが一代目なのだ。それでコンラートは結婚してすぐから公爵になっているが、アルベルトはそのようなことはないだろう」


 この国にはベルンハルト公爵家とルクレール公爵家とアルマンドール公爵家の三つの公爵家があるが、その一つ、ベルンハルト公爵家はお父様が即位されたときに、ベルンハルト公爵家の叔父様が公爵となるために立てられた公爵家だったのだ。そういうこともわたくしは全く知らなかった。


「わたくしがなりたい職業……わたくしにはまだ分かりません」


 わたくしが正直に答えると、お父様もお母様も優しい表情になる。


「セラフィナはまだ八歳だ、決められなくても仕方がない」

「これから色んな経験をして、考えていくといいですよ」


 わたくしがクラリッサだったころに、なりたかった職業はあっただろうか。

 あのときには、その日の食べるものにも困っていて、お腹がいっぱいになればなんでもすると思っていた。

 クラリッサだったころに特に好きだったことはないし、セラフィナとして生まれ変わっても、特に好きなことといえば勉強をすることくらいだった。


「わたくし、勉強は好きですが、勉強が職業になるのでしょうか?」


 クラリッサだったころに学べなかった知識を得るのはとても楽しくて、毎日の勉強がわくわくして大好きなのだが、それが職業になるとは思えなかった。

 わたくしの問いかけに、お父様とお母様が答えてくれる。


「アカデミーに進めば、教授になることができるよ。そうでなくても、学園を卒業していれば、教師になる道もある」

「研究職もいいですね。一つの分野を突き詰めていくのです」


 教授や教師や研究職。

 それはわたくしは全く考えたことのない分野だった。


「教授になるとアカデミーで教鞭を取れるのですか?」

「女性の教授はまだ非常に少ないけれど、セラフィナがなりたいと思うのならば、不可能ではないよ」

「教鞭をとるだけではなく、研究もできますよ。論文を書いたりして」


 それはそれで非常に魅力的な職業ではある。

 でも、わたくしは教授になりたいのだろうか。

 まだわたくしにはよく分からない。


「将来なりたい職業については、ゆっくり考えます」

「急ぐことはないよ、セラフィナ」

「あなたはまだ八歳なのですからね」


 お父様もお母様もわたくしに対してとても優しかった。


 数日後にアルベルト様とお茶をしたときに、わたくしはアルベルト様に聞いてみたいことがあった。以前にも聞いたかもしれないが、わたくしが将来の職業を決めるという観点に立ってみて、もう一度確かめたかったのだ。


「アルベルト様は、どうして医者になりたいのですか?」

「前にも話したかもしれないけれど、わたしは大切なひとに庇われて今の命がある。そのひとのことはもう救えないけれど、もう一度目の前で大切なひとが傷を負ったときに、わたしはそのひとを助けられる技術が欲しかった。わたしに医療の心得があったら、そのひとは死なずにすんだかもしれないからね」


 アルベルト様が医者を志したきっかけはクラリッサの死だったようだ。

 わたくしはクラリッサの死に囚われてほしくない気持ちはあったが、アルベルト様の中では医者になることでしか心が救われないところもあるのだろう。


「改めてこの話を聞きたがるなんて、どうしたの、セラフィナ?」


 問いかけられて、わたくしはカップの中の紅茶を一口飲む。話を聞いている間に、紅茶は飲みやすい温度に冷めていた。


「ラファエルお兄様は皇帝になるためにアカデミーに進学して、アルベルト様は医者になりたくて、ミカは声楽家になりたい……わたくしは、なりたいものがないのです」

「セラフィナはまだ八歳だからゆっくり考えていいと思うけどな」

「わたくし、最近よく思うのです。女性の曲を男の子であるミカが歌うのはおかしいと思ってしまったり、ミカは皇族で皇子なのだから声楽家になれないと思ってしまったり、わたくし、頭が固すぎるのではないかと」

「そうなの?」

「わたくしの感性は古いのではないかと思ってしまうのです」


 正直に最近感じていたことを口にすると、アルベルト様は笑い出してしまった。


「八歳のセラフィナの感性が古かったら、わたしの感性なんて老人並みかもしれないね」

「わ、笑わないでください」

「セラフィナの感性は古いのでもないし、頭が固いのでもないと思うよ。セラフィナはまだ色んなことを経験していなくて、知らないことが多いだけなんだ。これから色んなことを経験して、世界が広がって行けば、セラフィナの感性も変わっていくと思う。セラフィナは自分を卑下することはないよ」


 アルベルト様に言われて、わたくしは自分の感性が古いとか、頭が固いとか、自分のことを無意識に卑下してしまっていたことに気付いた。

 わたくしはまだ八歳で知らないことが多い。世界が狭いから判断する材料が少ないだけで、これから世界が広がって行けば、わたくしはもっと色んなことを知って、感性が変わっていくとアルベルト様は言ってくれている。


「わたくし、もっと勉強したいです」

「セラフィナは勉強が好き?」

「はい、大好きです。知らないことを知ると、わくわくします」


 これだけは胸を張って言えることだったのでアルベルト様に言えば、アルベルト様は手を伸ばしてわたくしの髪を撫でた。


「今はそれでいいと思う。たくさん勉強して、新しいことを知って、世界を広げて、その先で将来のことは決めていいと思うよ」


 アルベルト様の言葉に、わたくしは目の前が開けていくような気持になっていた。

読んでいただきありがとうございました。

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