1.ミュージカルの楽曲
新年のパーティーが終わってから、わたくしはリヴィア嬢のお誕生日のお茶会のために練習を始めた。
オトテール先生に指導を受けながら、ミュージカルの楽曲を歌う。
今回はミュージカルの楽曲ということで、ミカも興味津々で見学に来ていた。
「お姉様、素敵! とても上手」
「まだまだ練習しないと」
「わたしも歌いたい!」
五歳のミカは自分も歌いたくなっているが、これは女性が男性を想って歌う楽曲なのである。ミカには少し相応しくない気がする。
歌わせていいものなのかわたくしがオトテール先生の方を見れば、オトテール先生はミカに楽譜を渡していた。
「本番では歌えませんが、練習するだけはいいと思います」
「女性の曲なのにいいのですか?」
「ミカエル殿下は声変わりをしていないのでこの音域でも十分に歌えます。それに、音楽に性別は関係ないのですよ」
オトテール先生の説明にわたくしは納得する。
わたくしの頭が固かった。音楽に性別など関係ない。音域として歌えれば女性の曲でも男性の曲でも歌っていいのだ。
楽譜をもらったミカは、わたくしとリヴィア嬢とセリーヌ嬢の休憩時間に、オトテール先生に伴奏を弾いてもらって歌っていた。
高く愛らしい声にわたくしたちは顔を見合わせる。
「ミカ、上手ですね」
「これは披露しないのはもったいないのではないでしょうか」
「ミカエル殿下もご一緒に歌いたいですね」
わたくしたちの演奏にミカも参加させたいが、ミカはまだ五歳なのでお茶会に招かれない。
「ミカはまだ五歳ですからね」
「お茶会に招かれる年齢ではないですよね」
「演奏に参加させて差し上げたいのですが年齢が……」
リヴィア嬢もセリーヌ嬢もミカを参加させたい気持ちは同じようだ。けれど、年齢の壁がどうしても立ちはだかる。
わたくしたちが考えていると、オトテール先生が助言をしてくれた。
「ミカエル殿下の六歳の誕生日に演奏会を開いてはいかがですか?」
「わたしの六歳の誕生日は演奏会?」
「それまでにこの曲を含めて色んな曲を練習しておいて、六歳の誕生日で何曲か披露するのです」
「お姉様、リヴィア嬢、セリーヌ嬢、一緒に演奏してくれますか?」
ミカに頼まれてわたくしたちは快く了承した。
「わたくしもミカと歌いたかったのです」
「もちろん、ご一緒させてください」
「喜んで」
わたくしたちの返事に、ミカは飛び跳ねて喜んでいた。
六歳は区切りの年。
乳幼児死亡率が高かったかつてのこの国において、六歳まで生き延びるということは、大人になるための一歩を踏み出したと考えられるのだ。六歳まで生きられたら、成人まで生きられる確率が高くなる。それだけ、六歳までの乳幼児は死にやすかったのだ。
今は医学も発達してそれほどではなくなったが、それでも六歳の誕生日が特別だというのは変わっていなかった。
その特別な六歳の誕生日に、ミカは歌でお披露目をする。
「お父様とお母様は何と仰るでしょう?」
「その件に関しては、わたしの方から話をしておきます」
「お願いします、オトテール先生」
お父様とお母様の反応を気にするわたくしに、オトテール先生は自分が伝えておいてくれると言ってくださった。
ミカはもう歌う気満々でピアノの横に立っている。
「しばらくはセラフィナ殿下が歌うのと同じ曲を練習しましょう。セラフィナ殿下とリヴィア嬢とセリーヌ嬢が演奏した後で、六歳の誕生日に向けて、曲を増やしていきましょう」
「あの、オトテール先生」
「なんでしょう、ミカエル殿下?」
「わたし、お姉様とお母様と歌いたいの」
そういえば、ミカは小さなころからわたくしとお母様と歌っていた。お母様が最近忙しくなってから一緒に歌う機会が少なくなってしまったが、ミカの気持ちとしてはお母様も一緒に歌いたいのだろう。
「とてもいいと思います。皇后陛下にもご一緒していただきましょう」
「オトテール先生がお願いしてくれる?」
「はい、ミカエル殿下のためですからね、皇后陛下も喜んで参加してくださると思いますよ」
オトテール先生が快く請け負ってくれて、ミカは飛び跳ねて喜んでいた。
その日から、ミカもわたくしと一緒に歌うようになった。
小さなころから声楽家になりたいと言っていたミカ。
これはその夢の第一歩かもしれない。
そう思うと、わたくしも練習を一緒に頑張ろうと思っていた。
皇太子の弟が声楽家になることができるのだろうか。
そういう疑問はある。
お父様もお母様もミカが声楽家になると言ったときに、反対しないどころか、喜んでいた記憶がある。皇族から声楽家が出ても悪くないのではないかとわたくしも思っていた。
練習が忙しいときでも、アルベルト様が訪ねて来てくれたら、わたくしは一緒にお茶をすることにしている。
アルベルト様とのお茶に、リヴィア嬢とセリーヌ嬢とミカが一緒になることもある。
「わたくし、まだ婚約のことは考えられないのですが、セラフィナ殿下とアルベルト様がこんなに仲がいいのを見ていると、こんな風になりたいと思います」
「わたくしもセラフィナ殿下とアルベルト様の関係に憧れます」
今日はお土産を持って来てくれたアルベルト様に、リヴィア嬢とセリーヌ嬢がお土産を受け取りながらうっとりと言う。お土産は丸い小さな砂糖菓子がたくさん入ったきれいで可愛い缶だった。
缶を開けると、中に白っぽい半透明の小さな丸い砂糖菓子が入っている。
摘まんで一つ食べてみると、外側がほろりと崩れて、中から甘い香りのいいシロップが出てくる。
「これ、桃の香りがします」
「セラフィナは桃、ミカエルは苺、リヴィア嬢とセリーヌ嬢はオレンジのシロップが入ったものを選びました」
「味が違うのですね」
「セラフィナ殿下、わたくしのを一粒差し上げますから、取り換えてくれませんか?」
「わたくしも」
「わたしも、お姉様!」
それぞれに取り換えて色んな味を味わう。どれも香りがよくてとても美味しい。
口の中でほろりと崩れる感触と、中のシロップが香り高く溢れ出てくるのが素晴らしくて、わたくしたちは夢中になってしまった。
「全部食べてしまうのはもったいないので、少しずつ味わいます」
「わたくしも」
「わたくしも少しずつ食べますわ」
「わたしも」
大喜びしているわたくしたちに、アルベルト様が微笑む。
「食べ終わったらまた買ってきます」
「他の味もありましたか?」
「はい。色んなフルーツのシロップが入っているものがありました」
「違う味も食べてみたいです」
特にミカが体を乗り出してアルベルト様に言っていた。
アルベルト様は微笑みながらわたくしに視線を向ける。わたくしもアルベルト様に微笑んでみせた。
「セラフィナにプレゼントするものをいつも考えているんだ。宝石や装飾品は早すぎるし、特別なときでないとプレゼントできない。リボンは前にプレゼントしたから、セラフィナはたくさん持っているし」
「いつもお土産を持って来なくてもいいのですよ」
「わたしがセラフィナの喜んだ顔を見たいんだ」
アルベルト様はいつもお土産を持って来なくてもいいのに、頻繁にお土産を持ってきてくれる。わたくしはそれが嬉しいのだが、心苦しくもあった。
わたくしはアルベルト様にプレゼントなんてほとんどできていない。お誕生日のときに花をプレゼントするくらいだ。
「アルベルトお兄様、わたし、苺が欲しいです」
「次は苺を持ってこようね、ミカエル」
「ありがとうございます!」
苺をおねだりしているミカは、苺味の砂糖菓子をもらったように苺が大好きなようだ。
ベルンハルト公爵家の領地で採れる苺は甘くて真っ赤で大きくて美味しいので、わたくしも大好きだ。
「苺を持って来られるときにわたくしもご一緒できるでしょうか」
「リヴィア嬢、気持ちは分かりますが、セラフィナ殿下とアルベルト様のお邪魔をしてはいけませんよ」
「そ、そうでした、セリーヌ嬢」
わたくしとアルベルト様のために遠慮してくれようとするリヴィア嬢とセリーヌ嬢に、わたくしはそんなことをしなくていいと伝える。
「苺はみんなで食べた方が美味しいです。アルベルト様もそう思いますよね?」
「もちろん。リヴィア嬢もセリーヌ嬢もご一緒してくださった方が嬉しいですよ」
微笑むアルベルト様に、リヴィア嬢もセリーヌ嬢も嬉しそうにしている。
そういえば、アルベルト様は今日リヴィア嬢とセリーヌ嬢が来ているか分からなかったのに、二人の分まで砂糖菓子を用意してくれていた。そういう心遣いができるのがアルベルト様なのだ。
「リヴィア嬢のお誕生日のお茶会には演奏をするのですよね。今年はどんな楽曲を選びましたか?」
「それは……言っていいですか、セリーヌ嬢?」
「はい。内緒にしておくことでもないと思います」
「それでは。今回歌うのは、前にアルベルト様を見に行った歌劇団のミュージカルで歌われた楽曲なのです」
「悲恋の話だったよね、悲しい歌かな?」
「いえ、悲恋になる前の女性が男性と出会って、自分が心惹かれていることに気付いて、愛を歌う場面です」
わたくしが説明すると、アルベルト様は一緒に行った歌劇団のミュージカルを思い出しているようだった。
思い出そうとしているのだが、完璧には思い出せない様子だ。
「どんな楽曲だったかな?」
「それは……内緒にしておいた方が本番が楽しみになるかもしれません」
「それなら、聞かないでおこう」
詳しいところまでは伝えないでおくと、アルベルト様は本番を楽しみにしていてくださるようだった。
読んでいただきありがとうございました。
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