29.セラフィナの涙
アカデミーに入学して、アルベルト様もラファエルお兄様もアンリエットお義姉様も忙しくなった。学園に在学中は、お茶の時間が終わった後にはラファエルお兄様は帰って来れていたのだが、アカデミーは午後の授業もしっかりとあるようだった。
平日は朝食をラファエルお兄様とアンリエットお義姉様とミカと一緒に食べて、夕食の時間ギリギリに帰ってくるようになったラファエルお兄様に、ミカは少し寂しそうだった。
週末の休みにも、ラファエルお兄様とアンリエットお義姉様は忙しくアカデミーのレポートや提出物を作成していたので、わたくしとミカと遊ぶ時間はほとんどなくなってしまった。
「わたし、ラファエルお兄様と遊びたい」
ずっと我慢をしていたミカが限界を迎えたのは、冬休みの前だった。
ラファエルお兄様はミカを抱き締めて約束をした。
「冬休みに入ったら少しは時間がとれるようになるから、一緒に遊ぼうね」
「本当?」
「うん、約束するよ」
「約束だよ、お兄様」
本来ならばラファエルお兄様が結婚してしまった時点で、ミカやわたくしとは違う宮殿の離れで暮らすことになっていただろうから、今の状態はわたくしやミカにとってはとても贅沢なのだが、そういうことは五歳のミカに言ってもよく分からない。
一緒に暮らしているのだから遊んでほしいと思うのはミカが幼いから仕方のないことだった。
そういうわたくしもアルベルト様と会えていない。
最後にアルベルト様に会ったのは、アカデミーの入学式の日だった。
あれから季節が変わって、冬になっている。
そんなに長い間会わなかったのは初めてなので、わたくしも寂しくないわけではなかった。それでも、わたくしはミカと違って八歳なのだし、前世の記憶があるのだから大丈夫だと思おうとしていた。
アカデミーが冬休みになってアルベルト様が箱いっぱいの苺を持って訪ねて来てくれたときに、わたくしは寂しさが決壊してしまった。
アルベルト様の顔を見た瞬間、泣きたくなどないのに涙が出てきてしまって、わたくしはティールームから逃げ出そうとした。
苺の箱をテーブルに置いたアルベルト様が素早くわたくしの手を掴んで引き留めて、椅子に座らせる。ハンカチを差し出されて、わたくしは涙を拭いた。
「どうしたの、セラフィナ? 悲しいことがあった?」
優しく聞いてくれるアルベルト様に、わたくしは正直に自分の気持ちを話した。
「アルベルト様は学園に在学中は週末によく宮殿に来てくださることがあって、わたくしはそれが楽しみだったのです。アカデミーは忙しいと分かっていても、アルベルト様とずっと会えなくて、寂しかった……」
「セラフィナ……ずっと会いに来られなくてすまなかったね」
「アルベルト様のせいではないのは分かっているのです。ラファエルお兄様もアンリエットお義姉様もとても忙しくしています。アカデミーがそれだけ忙しいということがわたくしは分かっているのです。分かっているのに、泣いてしまって恥ずかしいです」
分かっていたはずなのに、小さな子どものように泣いてしまったことを恥じていると、アルベルト様が指先でわたくしの涙を拭う。アルベルト様の手は大きくて、触れられていると安心する。
「わたしもアカデミーがこんなに忙しいなんて思わなかった。最初だから慣れていないだけで、冬休み明けからはもう少し上手に立ち回れると思っている。セラフィナに寂しい思いをさせないように、頻繁には無理だけれど、月に一度くらいは時間をとれるように努力してみるよ」
「無理をさせていませんか?」
「無理ではないよ。今はアカデミーに入学してすぐだから慣れていないだけで、慣れてくれば時間も取れるようになると思うんだ。待っていてね、セラフィナ」
「はい、アルベルト様」
アルベルト様はわたくしのために時間を取ってくれようとしている。そのことが何よりも嬉しくて、わたくしの涙は引っ込んだ。
遅れて来たミカが、ティールームに来たときには、わたくしはすっかりと泣き止んでいた。
「アルベルトお兄様、つやつやの美味しそうな苺!」
「ベルンハルト公爵領で採れた苺だよ。よかったら食べてね」
「ありがとうございます!」
テーブルの上の苺の箱に釘付けになっているミカは、わたくしが泣いたことなど全く気付いていない様子だった。
苺の箱が下げられて、厨房に持って行かれてお茶菓子が作られている間に、ラファエルお兄様とアンリエットお義姉様もティールームに来ていた。
「やっと冬休みだ。アカデミーの課題は難しいものが多くて、休む暇がなかったよ」
「医学科は三年生から実習も入るのでしょう? アルベルト様はますます忙しくなりますね」
「今はまだ教養の範囲なので、余裕があります。冬休みは宮殿に来る回数も増やそうと思っています」
「わたしはミカエルと遊ぶと約束したからね。アルベルトも一緒に遊ばないか?」
「ミカエルと? セラフィナも一緒ならいいよ」
どこまでもわたくしを一番に考えてくださるアルベルト様に、わたくしは心の中で感謝する。泣いてしまったのは恥ずかしかったが、寂しい気持ちがあったのは確かで、それがアルベルト様に伝わったのはよかったと思う。
「お兄様、アルベルトお兄様、外で遊びましょう! わたし、雪で遊びたいです」
「いいね。雪合戦なら負けないよ」
「ラファエル、大人げないことはしないことだね」
「真剣に勝負しないと楽しくないだろう?」
にやりと笑ったラファエルお兄様をアルベルト様が窘めている。十八歳のラファエルお兄様と五歳のミカでは勝負にならないと思うのだが、手を抜かれた方がミカは嫌がるというのをわたくしも分かっていた。
「アルベルト様はわたくしと雪だるまを作りましょう。雪ウサギも」
「いいね、一緒に作ろう」
「わたくしもそっちに混ぜてくださいますか?」
「アンリエット、裏切るの!?」
わたくしの誘いに快く了承してくれるアルベルト様に、アンリエットお義姉様も雪合戦ではなくて雪だるま作りがしたいと主張すれば、ラファエルお兄様が拗ねたようになっている。
「お兄様はわたしと一騎打ちです!」
「よし、言ったな! 負けても泣くんじゃないよ?」
「泣きません!」
ミカに一騎打ちを申し込まれて、ラファエルお兄様はにこにこしながらそれを受けていた。
数日後、わたくしたちは宮殿の庭で雪遊びをした。
ミカとラファエルお兄様が雪合戦をして、わたくしとアルベルト様とアンリエットお義姉様が雪だるまと雪ウサギを作った。
ミカの雪玉は無茶苦茶な方向に飛んで行って、ラファエルお兄様に全然当たらなくて、ラファエルお兄様は的確にミカに当てるので、ミカはついに戦法を変えた。
「エリカ、突撃だ!」
「わふ!」
エリカをラファエルお兄様に突撃させて、ラファエルお兄様の動きを封じてしまって、近距離から雪玉を当てて喜んでいた。エリカはラファエルお兄様にじゃれついて遊ぶのだと思っているようで、尻尾を振りながらラファエルお兄様に圧し掛かっていた。
「あーもう! 降参だよ! 降参!」
「わたしの勝ちですね!」
「エリカを使うなんてずるいけど、使っちゃいけないとは言わなかったからね」
「我らの勝利~♪」
雪の庭に、ミカの勝利の歌声が響いていた。
わたくしとアルベルト様とアンリエットお義姉様はその間に大小の雪だるまを作り、雪ウサギも作った。雪だるまの目は小石で、口は葉っぱで作った。
出来上がった雪だるまと雪ウサギは、冬なので水の止まった噴水の近くに飾っておいた。
「お兄様、とっても楽しかったです!」
「それはよかった」
「明日は部屋でミュージカルごっこをしましょう! お兄様は悪い奴です」
「悪役なんだ」
話しながら手を繋いで部屋に戻っていくミカとラファエルお兄様を見て、ミカが満足しているようで本当によかったと思った。
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