28.アカデミーの入学式
アカデミーは学園と隣接して建てられている。
わたくしは学園には行ったことがあるので、アカデミーも同じようなものかと思っていた。
アカデミーの入学式の日、ベルンハルト公爵家の叔父様と叔母様が迎えに来てくれて、わたくしは馬車に乗った。アルベルト様とラファエルお兄様とアンリエットお義姉様は別の馬車で向かっているようだ。
寮と校庭と林と川のある広い学園を通り過ぎて、アカデミーの講堂に向かうと、アルベルト様の卒業式のパーティーで行った学園の講堂と同じくらい広かった。
保護者席に座ると、叔父様と叔母様がわたくしを挟むように座ってくれる。
ドキドキしながら待っていると、新入生が入場してきた。
通路側にいたのでわたくしはアルベルト様の姿を一生懸命探す。
アルベルト様は医学科の列に並んでいた。
通りすぎるときにアルベルト様がわたくしに気付いてくれて手を振ってくれた。わたくしも一生懸命手を振り返す。
続いてラファエルお兄様とアンリエットお義姉様が通路を通っていく。お二人も手を振ったら気付いてくれて手を振り返してくれた。
入学生代表が挨拶をする。
今回の代表はラファエルお兄様だった。
「学園を卒業し、アカデミーに進学できて本当に嬉しく思っています。これからアカデミーで学び、この国のために力を尽くせるようになりたいと思います。アカデミー卒業の日、今よりも一回り成長した自分が見せられるように努力していきます」
ラファエルお兄様の挨拶にわたくしは拍手を送っていた。
アカデミーの入学生の中には、貴族ではない方もいるようで、そういう方は学園のものとよく似た制服を着ている。学園の制服は一応正装と捉えられるので、貴族のお茶会などに招かれた際はそれを着ていても失礼には当たらないし、アカデミーの入学式でも着ていてもマナー違反にはならないのだろう。
アカデミーの学長の挨拶など聞きながら、大人しく座っていると、叔父様と叔母様がわたくしを気にかけてくださる。
「喉は乾いていませんか?」
「食事はできませんが、飴くらいならありますよ」
八歳の子どもにはアカデミーの入学式は退屈で長く感じられると思われているようだ。わたくしは前世で十五歳まで生きた記憶があるし、それに足して更に八年生きているので、そんなに退屈には思えなかった。
「ありがとうございます。大丈夫です」
お礼を言えば、叔父様と叔母様が感動している。
「セラフィナ殿下は本当に聡明で大人びていますね」
「こんな方がアルベルトの婚約者でよかったです」
一時期は婚約も結婚も拒んでいたアルベルト様。その期間、叔父様も叔母様もアルベルト様をものすごく心配していただろう。
アルベルト様と年の差はあるがわたくしが婚約することになって、叔父様も叔母様も安心しているのだと分かって、わたくしもほっとする。
長い入学式が終わるころには、時刻は昼前になっていた。
入学式から解放されたアルベルト様がわたくしたちのところにやってくる。
「父上、母上、セラフィナ、今日は来てくれてありがとうございます」
「アルベルトの立派な姿を見られて嬉しかったです」
「アカデミーでもしっかりと勉強してくださいね」
「アルベルト様、格好よかったです」
叔父様と叔母様とわたくしが口々に感想を言えば、アルベルト様は照れたように笑っていた。
「アルベルト、せっかくだから記念撮影をしないか? 叔父上、叔母上、アルベルトを借りて行っていいですか?」
「どうぞ、ラファエル殿下」
「行ってらっしゃい、アルベルト」
叔父様と叔母様に送り出されて、アルベルト様は宮殿に来てくださった。
応接間で写真撮影をするのだが、ラファエルお兄様もアンリエットお義姉様もアルベルト様もわたくしに写真に入ってほしいと言ってくれた。
「セラフィナも一緒に撮ろう」
「セラフィナも入学式に来てくれたのですから、記念に撮りましょう」
「ラファエルだけアンリエット皇太子妃殿下と撮って、わたしにパートナーがいないのは寂しいから一緒に写ってよ」
そこまで言われるとわたくしも写真に写らないわけにはいかなかった。
背が高いので写真のフレームに入らなくなるということで、ラファエルお兄様とアルベルト様が椅子に座って、アンリエットお義姉様がラファエルお兄様のそばに寄り添って、わたくしがアルベルト様のそばに寄り添う。
撮影班がやってきて、大きなカメラでわたくしたちを撮ってくれた。
現像して額に入れて届けてくれるというので、それを楽しみにしておく。
入学式の後はミカと約束したお茶会だった。
ミカは誰よりも早くティールームで待っていた。
お茶会にはアルマンドール公爵家のリヴィア嬢、ロズベルク侯爵家のセリーヌ嬢、ルクレール公爵家のルカ様も来ていて、初めて食べる月餅をお皿に取り分けていた。
月餅は丸いパイのような形をしているが、表面に飾りが押されている。
お祖父様とお祖母様のお屋敷で飲んだローズヒップティーに蜂蜜を入れて飲みながら食べると、中に入っている豆のジャムとナッツの食感が面白くて美味しい。
「豆のジャムは餡子というそうです」
「あんこ、ですか」
「アンリエットお義姉様、ブシもこれを食べたのかな?」
「食べたかもしれませんね」
マメのジャムの名称を教えてくれるアンリエットお義姉様にわたくしが名称を繰り返して覚えていると、ミカが無邪気に聞いてくる。ミカはまだ「ブシ」への興味は消えていなかった。
月餅とローズヒップティーを美味しくいただいていると、リヴィア嬢とセリーヌ嬢が興味津々でわたくしに聞いてきた。
「セラフィナ殿下は今日はアカデミーに行かれたのですよね?」
「アカデミーはどのようなところでしたか?」
聞かれてわたくしは返事に困ってしまう。
「講堂にしか行っていないので、全体は見ていないのです。講堂は学園の講堂と同じようなものでした」
「わたくし、学園にも行ったことがないのですよね」
「セラフィナ殿下は学園の講堂で踊ったのでしょう?」
セリーヌ嬢とリヴィア嬢にしてみれば、学園もアカデミーも憧れの場所なのかもしれない。
「学園の講堂で踊ったときは、緊張してあまり周囲が見えていませんでした。踊ること自体、わたくしにはほとんど経験がありませんでしたからね」
「セラフィナ殿下はアルベルト様という年上の婚約者がいるせいか、大人びて見えますわ」
「わたくしもセラフィナ殿下のように落ち着いた淑女になりたいです」
セリーヌ嬢とリヴィア嬢に言われて、わたくしはどきりとしてしまう。わたくしが落ち着いているのは前世でクラリッサとして十五歳まで生きた記憶があるからだし、それを見透かされたような気分になったのだ。
誰にもこの話はしていないので、バレているはずはない。
それでも、わたくしは騙しているような気分になって、少し罪悪感が胸に残った。
「セラフィナはわたしと婚約する前から聡明で大人びたところがあったね。セラフィナが二歳だったときだろうか、わたしが悲しい気持ちになっていたら、タンポポの花をくれたことがあった」
「そのときのことは、よく覚えていません」
「セラフィナは小さかったからね。でも、あの花にわたしは救われたよ。悲しいことがあったのに、現実を受け止められず、泣くこともできずにいたのが、あれで泣くことができた」
よく覚えていませんと嘘をついたが、わたくしはその日のことを鮮明に覚えている。
タンポポの花を渡したら、アルベルト様は一粒、涙を流した。アルベルト様がクラリッサを失ってから泣くこともできないくらい後悔して傷付いていたのを思えば、泣けたのは気持ちに区切りをつける一歩になったのだろう。
「アルベルト様のお力になれたのならばよかったです」
「セラフィナはずっとわたしの心を救ってくれているよ」
しみじみと呟くアルベルト様に、わたくしがそばにいることでアルベルト様の心が癒えるのならば、わたくしはずっとアルベルト様のそばにいようと思っていた。
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