21.アルベルトの卒業式のパーティー
夏になって、日に日に気温が高くなってくる。
わたくしとミカはあまり外には行けなくなって、エリカだけが飼育員に連れられてお散歩に行くのだが、暑さを避けた早朝や日が落ちてからの夕方になっていた。
わたくしはお気に入りの背中にリボンが付いたサマードレスを着て、ミカは半袖シャツにハーフ丈のズボン姿で過ごしていた。
学園の卒業式の日、わたくしはお母様からプレゼントをいただいた。
それは銀色の小さなティアラだった。
「セラフィナはまだ小さいですが、もう婚約しているので必要かと思って作らせました。今日はこれをつけて卒業式のパーティーに行ってきてください」
「素敵なティアラ……ありがとうございます」
小さな銀色のティアラには煌めく透明の人工ダイヤがはめられている。わたくしの年齢では本物のダイヤは早いと思われたので人工ダイヤなのだろうが、それでも十分に美しくて、わたくしは葡萄色のドレスに着替えて、ドキドキしながらティアラを頭に乗せた。
ティアラは髪に固定できるので落ちる心配はない。
わたくしの準備が整って、お腹が空かないように軽食を摘まんでいると、アルベルト様が迎えに来てくれた。
アルベルト様は爽やかな空色のフロックコートを着ていた。
「セラフィナ、一緒に学園の卒業パーティーに出てくれる?」
「はい! もちろんです」
わたくしが喜んでアルベルト様の手を取ると、お母様がアルベルト様に言い聞かせている。
「卒業のパーティーではアルコールが出ると聞いています。セラフィナが間違えて飲まないように気を付けてください」
「はい、分かりました」
「一応、お腹が空かないように軽食を食べさせてはいるのですが、途中でお腹が空くかもしれません。そのときには何か食べやすいものを見繕ってあげてください」
「はい、皇后陛下」
「セラフィナは夜九時には眠ります。それまでに宮殿に送り届けてください」
「間違いなく送り届けることをお約束します」
本来ならば卒業のパーティーは夜遅くまで続くのだろうが、わたくしは小さいので体力が持たない。それをお母様は心配してくれていて、早めに帰ることをアルベルト様にお願いしていた。
お母様の注意をよく聞いてから、アルベルト様はわたくしをエスコートして馬車まで連れて行ってくれた。馬車に乗ると、護衛の兵士が馬で周囲を固めているのが分かる。
わたくしが宮殿の外に出るときにはいつもそうであるし、一度襲われているアルベルト様も警護はしっかりとしているのだろう。
学園について、わたくしは講堂に案内された。
学園に来るのは、体育祭を見に来たとき以来である。
講堂には音楽隊が準備されていて、ダンスの音楽を奏でている。わたくしはどうすればいいのか分からなかったが、最初にアルベルト様が飲み物を給仕から受け取ってくれた。
「これは炭酸の果実水だよ。喉が乾いているだろう?」
「ありがとうございます」
アルベルト様に言われて、わたくしは緊張で喉がカラカラになっていることに気付いた。炭酸の果実水は冷たく、心地よく喉を通っていく。
飲んでしまうと、アルベルト様とわたくしに話しかけてくる方がいた。
ラファエルお兄様とアンリエットお義姉様、ユリウス様とレティシア嬢だった。
「アルベルトは無事にセラフィナを攫ってこれたようだね」
「攫ってとは人聞きが悪い。皇后陛下に許可を得て連れて来たよ」
「セラフィナ殿下、ティアラをつけているのですね。とてもよくお似合いですよ」
「ありがとうございます」
ラファエルお兄様とアンリエットお義姉様と話していると、ユリウス様とレティシア嬢が飲み物を飲みながら声をかけてくる。
「セラフィナ殿下はドレスもティアラもとてもよくお似合いですね」
「セリーヌもここに来られればよかったですわ。セラフィナ殿下と楽しくお喋りできましたのに」
セリーヌ嬢はまだ婚約もしていないし、誰かのパートナーとして卒業式のパーティーに出ることはない。わたくしもセリーヌ嬢がいてくれたらきっと心強かったと思うのだが、レティシア嬢もいるし、アンリエットお義姉様もいるので、少しは緊張がほぐれて来た。
「セラフィナ、あちらに軽食の置いてあるコーナーがあるから、お腹が空いたらアルベルトに連れて行ってもらうんだよ。アルベルトとはぐれたら、給仕に声をかけて探してもらうといい。何か困ったことがあったらいつでもわたしに声をかけていいからね」
ラファエルお兄様はもうすぐ結婚するアンリエットお義姉様がいるというのに、わたくしにとても過保護だった。呆れてしまうが、それだけわたくしが愛されているということなのだろうと自分を納得させる。
「わたくしの婚約者は、わたくしよりもかわいい妹君に夢中のようですね。妬けますわ」
くすくすと笑いながらアンリエットお義姉様が言うのを、ラファエルお兄様は「セラフィナは小さいので仕方がないのです」と返していた。
ラファエルお兄様とアンリエットお義姉様、ユリウス様とレティシア嬢がダンスに行くのを見て、わたくしがそわそわしているのにアルベルト様も気付いたのだろう、手を差し伸べて来られた。
「踊りましょう、セラフィナ」
「はい、アルベルトお兄様」
手を取り合って踊りの輪に入ると、わたくしを引き寄せるようにしてアルベルト様が密やかな声で言ってきた。
「婚約者なのだから、『お兄様』というのはやめにしない?」
「アルベルト様と呼べばいいですか?」
「本当ならば『アルベルト』と呼んでほしいけれど、それはセラフィナが成人して結婚するまで待つよ」
「アルベルト様……」
わたくしが成人して結婚できるようになるには、これから十年以上の年月が必要だ。
それを考えると長らくアルベルト様をお待たせしてしまうことになるが、年の差が十歳あるのだから仕方がない。
もしも、クラリッサのままわたくしが生きていたら、皇女のセラフィナは死産で、アルベルト様はクラリッサを結婚相手に望んでいたかもしれない。身分の差はあるが、クラリッサはアルベルト様に望まれたら、頷いていただろう。
そんな未来もあったかもしれないと思うと、不思議な気持ちになる。
クラリッサとしてのわたくしはセラフィナとしてのわたくしが成長していくにつれて薄れていく感覚があるのだが、それでも、アルベルト様と過ごした日々はわたくしの胸の中に残っていた。
「アルベルト様は、本当にわたくしでよかったのですか?」
思わず出てしまった疑問に、アルベルト様が静かに微笑んだ。
「わたしに好きなひとがいたというのは話したよね? そのひとは亡くなって、わたしは生涯結婚しないと心に決めた。でも、セラフィナがそんなわたしの心を癒してくれた。セラフィナとならば未来を考えてもいいと思ったんだ」
「わたくしはアルベルト様より十歳も年下です」
「だからこそ、かな。わたしも気持ちを切り替えるのにまだ時間がかかると思う。完全に彼女のことを忘れる日は生涯来ないと思う。それでも、セラフィナが成人するまでに、セラフィナとの人生を考えられるようになっていると思うんだ」
アルベルト様にとっては、わたくしを待つ十年は、必要な時間のようだった。
アルベルト様にとっても、わたくしにとっても、その十年間は特別なものになりそうだった。
卒業式のパーティーで踊って、飲み物を飲んで、軽食を摘まんで、わたくしは九時までにはアルベルト様の手によって宮殿に送り届けられた。
いつもよりも遅い時間になっていたので、アルベルト様を見送ってから、わたくしはマティルダさんにドレスを脱がせてもらって、ティアラも外してもらって、お風呂に入った。
お風呂の中で寝てしまいそうになるわたくしを起こして、マティルダさんは髪を乾かしてベッドに運んでくれた。
ベッドの中でわたくしは夢を見た。
クラリッサがアルベルト様の卒業式のパーティーにパートナーとして招待されて、踊っている夢だった。
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