10.二人きりの観劇
新学期が始まって、ラファエルお兄様とアルベルト様とアンリエットお義姉様とユリウス様とレティシア嬢は六年生になった。
学園の最終学年である。
学園を卒業した後、ラファエルお兄様とアルベルト様とアンリエットお義姉様とユリウス様はアカデミーに進学するので、もう少し学生の時期が続くのだが、それでも学園を卒業するというのは貴族や皇族にとって一区切りになるだろう。
卒業式にはわたくしもお祝いをしたいと思っていた。
七歳になって、わたくしは勉強時間が長くなった。
午前中二時間とピアノと声楽の練習が一時間、午後に二時間と礼儀作法やダンスの稽古が一時間。
わたくしは忙しくなったが、ミカにはダニエル殿がいるのでそれほど寂しそうでなかったのは安心した。
学園が休みになる週末は、わたくしも勉強はお休みで、家族とゆっくり過ごしていた。
アルベルト様がわたくしを歌劇団の公演に誘ってくれたのは、学園の新学年が始まって最初の週末だった。
わたくしはお母様に相談してドレスを準備した。
「観劇に行くのでしたら、お茶会で着るようなドレスよりももう少し簡略化された動きやすいものがいいでしょうね」
「お母様はどれがいいと思いますか?」
「この葡萄色のドレスなど、秋らしくていいのではないですか?」
お母様に選ぶのを手伝ってもらってわたくしが準備をしていると、ミカがわたくしの部屋に来て目を潤ませていた。
「おねえさま、かげきだんのミュージカルをみにいくのでしょう? わたしもいきたい!」
「アルベルトお兄様は二人きりで行きたいと言っていたような……」
「わたしもいきたいー!」
駄々をこねるミカに、お母様が提案する。
「ミカエルはラファエルに連れて行ってもらいましょうね」
「おにいさまに?」
「ヘリオドール様にチケットを手配してもらうようにお願いします」
「それなら、がまんします」
ミカを泣かせるのは忍びなかったので、わたくしはお母様が提案してくれて、ミカに泣かれなくて安堵した。
観劇の日、わたくしは葡萄色のドレスを着てアルベルト様の迎えを待っていた。
アルベルト様はベルンハルト公爵家のタウンハウスから宮殿に来て、わたくしを迎えに来てくれた。
「セラフィナ、とても素敵なドレスだね。今日はよろしく」
「アルベルトお兄様、よろしくお願いします」
アルベルト様に手を貸してもらって馬車のステップを上がり、一緒に馬車に乗って、わたくしは帝国劇場に行った。
特別なお客様のための入り口を通って、ボックス席に入る。
ボックス席は広いので、ミカが来ても問題なさそうな気もしたが、アルベルト様がわたくしと二人きりで観劇したいという言葉にわたくしは少し浮かれていた。
席に座るとアルベルト様が今回のパンフレットを見せてくれた。
今回は妖精の世界を描いた幻想的な演目のようだった。
妖精の世界なんて絵本でしか見たことがないので、それがミュージカルでどのように表現されるか、わたくしはとても楽しみにしていた。
開演のベルが鳴って、演目が始まる。
妖精の王が悪戯な妖精に命じて、妖精の妃が人間に恋をするように魔法をかける。人間に恋をした妃は人間を追いかけるのだが、そこに様々なコメディ要素があって、笑って楽しめる演目だった。
休憩時間になるとアルベルト様はわたくしに問いかけた。
「二人きりで出かけるのをデートというようなのだけど、婚約者なのでデートくらいした方がいいのかと思って」
「わたくしはみんなと出かけるのも楽しいですわ」
「セラフィナはまだ小さいからそうだよね。セラフィナが賢いから、つい、もっと年齢が上のような気がしてしまう」
そう言いながら苦笑するアルベルト様の目に、クラリッサであるわたくしが映っているような気がして、わたくしはどきりとした。
アルベルト様は今十七歳。クラリッサは死んだときに十五歳。
これくらいならば、年齢差としてちょうどよかったのかもしれない。
わたくしは残念ながらアルベルト様よりも十歳も年下になってしまったけれど、アルベルト様が最初に好きだったのはクラリッサなので、アルベルト様が十歳のときに十五歳のクラリッサが好きだとすると、年上の女性が好きだったのかもしれない。
「アルベルトお兄様、かつて好きだった方について教えてくれますか?」
「彼女は……亡くなってしまったのだけれど、セラフィナと同じくらいのころに両親の愛を信じられなかったわたしに両親の愛を教えてくれて、両親と和解させてくれた素晴らしいメイドだった」
「今もお好きなのですか?」
「今でも……多分、ずっと彼女のことはわたしの心の中にあると思う。彼女はわたしを庇って死んでしまったからね。セラフィナに対する気持ちとは全然違うものだよ。セラフィナとはこれから気持ちを育てていきたいと思っている」
アルベルト様の言葉に、わたくしは静かに頷く。
わたくしも前世は恋愛に縁がなかったし、アルベルト様のことは弟のようにしか思っていなかった。
今世ではまだ体が幼いし、心も成長していないので、恋心というのがよく分からない。
それでも、アルベルト様がわたくしにとって特別な存在というのは間違いなかった。
「アルベルト様が誰を好きでも、アルベルト様の心に誰がいても、わたくしは気にしません。自分を庇って亡くなった方を忘れられないのは当然だと思います。わたくしは、アルベルト様との関係をゆっくりと育てていきたいと思っています」
「ありがとう、セラフィナ。セラフィナの方がわたしよりも大人みたいだね。女の子は大人になるのが早いというけれど、そうなのかもしれない」
話していると休憩時間が終わった。
ベルが鳴って後半のミュージカルが始まる。
恋に落ちる魔法をかけられた妃が魔法を解かれて正気に返って、それは全て夢だったかのような終わりだった。
幻想的な世界にわたくしは魅了されて、拍手を送っていた。
公演が終わるとアルベルト様はわたくしを宮殿まで送って帰ってくれた。
そのときに、ミカのお願いもあってアルベルト様はわたくしとミカとお茶をした。
「ミュージカルはどうでしたか? わたしもみにいくので、くわしいところはふせて、おおまかなところをおしえてください」
金色の目を輝かせてミカが質問してくる。
わたくしとアルベルト様は、ネタバレにならないように配慮しながらミカに話してあげることにした。
「コメディ調のとても面白いミュージカルでした」
「途中で笑いが漏れたよ」
「妖精の世界の話で、幻想的でしたよ」
わたくしとアルベルト様が教えると、ミカはそれを聞いて、ちょっとがっかりした様子だった。
「たたかいはないのですね」
「戦いはなかったですね」
「笑える楽しいミュージカルだったよ」
ミカは戦いを見たい年齢のようだ。
自分でも戦いごっこをしていたし、ルカ様からもらった木剣を大事にしている。
「わたしは、『ブシ』がでてくる、たたかいのあるミュージカルがみたいです」
「『ブシ』は難しいんじゃないでしょうか」
「殺陣のあるミュージカルは公演されるかもしれないね」
「たてって、なんですか?」
「戦いのことだよ。騎士が戦ったり、兵士が戦ったりするミュージカルなら公演されるかもしれない」
アルベルト様の言葉に、ミカが期待に目を輝かせている。
「そのときには、ぜひみたいです」
「アンリエット嬢に頼まないといけないね」
「はい!」
今回は妖精の世界の幻想的なコメディミュージカルだった。残念ながら殺陣はないだろう。
それでもとても楽しかったので、わたくしはミカもきっと気に入ると思っていた。
ミカの見たい演目が公演される日が来るように、わたくしは願っていた。
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