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609. 検証戦、開始

「私たちの力を……奪っている、ですか!?」


 こちらの撤退指示に従い、フェレスが驚きつつも『防壁』を解除して影人から距離を取る。

 

「なるほど。それならばこの不可解な現象にも、一応の説明はつくが……」

 

 やや遠巻きにして頭上で羽ばたいていたカラスもまた、少女の傍らへと舞い降りていた。

 

「それならば、こちらがアトマを奪い尽される前にこの『成り損ない』を『精神領域の境目に作った歪みに成り損ないブッとばすぞ作戦』で仕留めてしまうべきではないかね?」

「いや長ぇからそこは『精神領域作戦』にしとけって……じゃなくてだな!」

 

 一気に脅威度を増してきた敵に対して、一気に勝負をつけにゆく。

 シンプルイズベストとも言える提案を行ってきたカラスに対して、俺は眼前の影人を見据えたまま、言葉を続けた。

 

「狙ってやったのかどうかまではわかんないけどさ。今ここは、こいつが滅茶苦茶な出力の『大地変成』でアトマのバランスが激変してる筈だろ」 

 

 言いつつ、右手の手甲に仕込まれていた『探知』の霊銀盤を作動させようと試みるも、それは叶わない。

 それは正しく、自分のアトマを体外に放つことが不可能であるという、証左だ。

 そして同時に、それこそが二人にこの場を任せて下がれと言い放った理由でもある。

 

「むぅ。たしかにこちらの『探知』で確認してみたところ、その様だ。これでは折角の適性地点におびき寄せたところで、十分な術効が発揮できない可能性が高いね。となると、プランの練り直しになるか――」

「もしくは、この場で俺がコイツをブッ飛ばして、直接的に抵抗力を削りまくるかですね」

「それは……成立するか怪しくはないかね? 既に君には、その『成り損ない』の回復力が異常値にあると伝えた筈だが」

「ああ。たしかに聞かせてもらっていたな。だけどさ……」


 グルゥ、と威嚇の唸り声を発してくる影人と対峙しながら、反問一つ。

 

「二人とも、コイツが俺の真似事をし始めて術法を使い始めてから、一度でも大きなダメージを与えていたか? こっちの見立てじゃ、あれやこれやと繰り出してくるコイツに引っ掻き回されて、そこまで漕ぎつけていなかったんじゃないか?」 

「それは……」

「たしかに、フラムくんの言うとおりです」


 その問いに口籠るカラスに代わって返答を行ってきたのは、こちらの背後に回ったフェレスだった。


「さっきも赤い光をビーッ! って撃ちまくってきたり、ピカッと光っておめめ見えなくさせようとしてきたりで、大変でした……!」

「でしょうね。サーセン」


 身振り手振り、術法を操る影人に手を焼かされたことに関する報告を受けて、思わず謝ってしまう俺。

 いやまあ、こっちのせいではないのだが……

 

「とにかくコイツさ。いま飛び蹴りくらわせてからじっとしてるだろ?」

「おぉ……それも、たしかにです! 痛かったんでしょうか?」

「多分な。そんでもって、すぐに動けていないってことは……あの灰色鶏冠野郎状態のときみたいな、あの出鱈目な回復力は備わっていないんだよ。模倣元の俺に、そんな能力はないからさ」


 じわりと影人に向かい距離を詰める。

 ただそれだけで、ヤツが唸り声と共に半歩退いた。

 

「うむ。変化の代償という奴だね。どうやら君の推測は当たっているようだ。アトマを奪う力と再生力は二律背反。所謂トレードオフの関係だったと」

「それか、両方あるけど片方に寄せたか、だな。そもそも俺が最初に見た影人はアトマを奪って姿と能力を模倣していたからさ。今までは出てこれなくて、単純にアトマを奪う対象もなかったから、生存力特化だったって考え方もできるし」

「はわわ……なんだか私、わけがわからなくなってきました。うぅー」

「ああ、悪い悪い」


 そこまで言って、俺は二人に手を上げ蒼き刃にて戦意を示す。

 それはフラム・アルバレットがフェレシーラ・シェットフレンより預かっていた、蒼鉄の短剣。

 

「とにかく、二人には離れてのサポートを頼む。その上で、チャンスがあれば『精神領域作戦』を決行しにいくつもりでいてくれ」


 いくら渾身の跳び蹴り、奇襲攻撃にて相手を怯ませたといっても、威圧効果にも限界はある。

 となればここから先、やるべき事は絞られていた。

 

「どうやら君には、考えがあるようだね。ここはお手並み拝見といこう。それに離れて見ていればこそ、気付けることもあるだろう」

「了解しました! ちょっと疲れたのでおやすみさせてもらいますが……フェレスも、あぶない時は援護します! フラムくん、あまり無茶して転ばないでくださいね!」 

「ああ。頼む」 


 刃を突きつけて影人を制しつつ、二人が修練場の草原地帯まで移動するのを見届ける。

 影人に動きはない。

 今の今まで暴れまくっていたらしいのに、ピクリとも動かない。

 

 俺はそれを『警戒』からくるものでなく、『執着』からくるものだと感じていた。

 

「よお」


 気安い、それでいて敵意を隠さぬその呼びかけに、影人が僅かに上半身を沈めてきた。

 

「初めまして、ってのもおかしな感じだな? 前に見たヤツに比べて見た目もそれなりで、力も強い。お前、ずっとここで……人様の庭で、力を蓄えていやがったな? ヴォルツクロウのヤツですら存在に気付いていなかった、この精神世界でさ」

「ギルオゥ……ッ!」

 

 こちらの言っている言葉の意味がわかるのか、それとも本能的な恐れや衝動がそうさせるのか……

 

「まあ、お前なんかにごちゃごちゃと言ったところで、意味もないだろうから――よっと!」

「ッ!?」

 

 今にもこちらに飛び掛からんとしていた影人の顔面、その右目に向けて、俺は右手を振るっていた。

 短剣が、アンダースローとなる形でそこから撃ち出される。 

 吸い込まれるようにして蒼き刃が鳶色の瞳に迫るも、寸でのところで身を捻り、ヤツはそれを回避していた。

 

「残念! 前のと違って、それなりに素早いな!」

 

 再びの先手。

 そして荒れ地を蹴っての再びの肉薄。 

 まずは接近戦にて、コイツに対する検証を行う。


「せぁッ!」


 短剣も用いた投擲攻撃にて崩れたところに、助走をつけてこれまた再度の飛び蹴り。

 威力はあれど、隙も甚大な蹴撃だ。

 案の定、これは慌てて地に転がった影人に避け切られてしまう。

 

 しかしその動きは大きく、即座にこちらの隙を突くにまでは至らない。

 その理由は明白だ。 


「ははッ! 思ったとおり、結構効いてたみたいだな! さっきの蹴りがよ!」


 着地の勢いを殺し切らず、そのまま前傾姿勢となって地を駆けつつ。

 むしろそれを活かし直線的に加速して、短剣の回収を済ませる。

 

 一連の動きを終えたところで、影人が両の掌をこちらに向けて突き出してきた。

 明らかな警戒からの、露骨な牽制の構え。

 如何にも知能は高くない化け物に、そんな消極的な行動を選択させた理由は明白だ。

 

「おいおい。さっきまで随分と威勢よく暴れてたらしいのに、蹴り一発でブルッちまったか? あ?」

 

 そう。

 こいつは俺の攻撃を怖れている。

 それも体内で練り上げたアトマの力を乗せた物理打撃を、だ。


 現状、こちらはアトマを体外に放つことは出来ない。

 だがしかし、それが = アトマを活かせない、ということではない。

 以前、フェレシーラが教えてくれた『魂源論アーマトロジー』にあるアトマの原理。

 この地上に生きるものが秘めた魂源の力は、それを備えた者の頑健さに繋がるということが、今ここで証明されていたのだ。

 

「ま、これはほんの序の口、ってヤツだがな」

 

 数えて大股で五歩きっちり。

 そこまで距離を詰めて、相手の攻撃を誘う。

 

 魔術による攻撃は、そうそう簡単には当てられない。

 とは言え、自ら距離を詰めれば投擲や蹴りを喰らう危険性が一気に高まる。

 そんな絶妙な歯痒さを抱かせる距離。

 

「悪いがテメェにゃ、ここまでのストレス解消も兼ねてよ」 

 

 残るその空間を、アトマを籠めた両脚にて一瞬にして削り殺し――

   

「色々と試させてもらうぜ、コソ泥猿真似野郎!」

 

 蒼鉄の短剣を手に、俺はヤツの喉元へと迫っていた。

 


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