610. 蒼刃疾走、影を薙ぐ
まずは一度、確認をしておく必要があった。
「ギルル――グオゥ!」
「おいおい……!」
修練場に響く唸り声に、呆れつつも――
「この間合いで、唸ってる場合かよ!」
そんな指摘と共に、目指すは赤きアトマを手に灯した影人の、その喉首。
逆手に構えた蒼鉄の短剣を、握った拳で直に殴りつけるようにして打ち放つ。
影人が抱えた力の源流が、火の煌めきとなり瞬く。
急接近を敢行してきた標的に対する、最速最短の術理の発露。
即ち、無詠唱による『熱線』の発動。
「おっとぉ!」
突進してくる目標を焼き貫かんとして放たれたそれを、俺はサイドステップ一つでもって余裕で捌ききっていた。
そしてそこから、然したる溜めもなく再度の前進。
「てんでなっちゃいないな。攻撃魔術の使い方、ってヤツがよッ!」
「ギャゥ!?」
難なく影人へと肉薄を果たして短剣の刃を影人の首筋に叩き込むと、まるでうたた寝中に尻尾を踏まれてしまった犬猫のような悲鳴が、こちらの耳朶を打ってきた。
その結果を受けて、俺は一度ヤツとの間合いを取る。
短剣を保持した右腕には、軽い痺れ。
つまりは致命の一打を狙って繰り出したこちらの攻撃が、ろくすっぽ効果を上げることなく弾き飛ばされていたという証左だ。
うん。
やっぱ今の反応・結果も想定していた通り。
では一体、何が想定通りなのかといえば、だ。
まずは『成り損ない』ことフラム・アルバレットの猿真似に及んできた影人の動きに関して、ここまでの動きから断定できることが、一つ。
「どうにもテメェは、肉体とアトマの再現と、術法式の組み方自体は模倣可能でも……肝心要の、それを扱うオツムの方がちょいとばかし足りていねぇみたいだな」
一言で表すのであれば、宝の持ち腐れ。
いま使用した無詠唱の『熱線』一つとっても、カウンターとしてはタイミングが雑も雑。
こちらが回避不能となる瞬間までの引きつけもなければ、そもそもアトマの視認性を抑えるという考えすらない。
そんなことでは、『今から攻撃しますよ』とご丁寧に教えてくれているようなものだ。
敵が明確な行動に至るまでの、一つ一つの細かな動作、ないし、その予兆。
それが見えてさえいれば、逆にこちらは殆どジャストといえるタイミングで対応し続けられる。
「折角の無詠唱も、そんなんじゃアトマの無駄使いだぜ? ま、勝手に消耗してくれる分には大助かりだけどよ」
「グゥゥ……ガァッ!」
強大なアトマを手にしておきながら、知能がそれに追いついていない。
正しく力を有り余らせるだけの、愚鈍なる獣。
そんな煽りを込めた寸評を突きつけられたことは理解できたのか、『成り代わり』を企んでいた影人が吼えかかってきた。
「はは! 図星だったかよ、上辺をなぞるしか能のないバケモンが、一丁前によ! そらそら、どうしたよ! そんなすっとろい魔術だけじゃ、一生かかっても俺には追いつけないぜ!」
「グル! ギルオォォゥ!」
短剣を手に「鬼さんこちら」とばかりに拍子を刻むと、咆哮と共に閃光が瞬いてきた。
間断なく叩きつけられてくるアトマの暴威。
荒れ狂う獣の猛攻を、俺は安い挑発と共に円を描く動きにて捌き続ける。
一見して易々と行われてゆくそれは、しかしそれなりの集中と消耗を強いられる代物だ。
実際口にしたとおりに、こうした動きを繰り返すだけで相手が疲弊してくれるなら、随分と楽ができる筈なのだが……
「ま、そっちは期待薄、ってところか。この猿真似野郎……まーじで、辺りからアトマを吸収し続けてんのかよ……!」
「ガァッ! グルゥ!」
元々修練場の荒野として『大地変成』で錬成されていたフィールドが、わずかながらそこに点在していた雑草の類が、見る間に萎れて枯死し始めている。
「ったく……テメェで生み出しておいて、テメェで潰すだなんざ、傍迷惑なこった!」
抵抗力を殆どもたない、弱者からの一方的搾取。
その無益さ滑稽さに思わず悪態をついてしまうも、影人相手にそんなものが通じる筈もない。
というかそもそもの話、何故コイツがミストピアの神殿を丸々再現する、規格外の『大地変成』を発動させていたのか、という疑問が残っているワケなのだが――
「お……!」
そこに思考を及ばせたところで、不意に輝く光の壁がこちらの眼前に出現してきた。
その術法には大いに見覚えがある。
護りの奇跡、『防壁』だ。
最もポピュラーな防御術であり、フェレシーラも得意とする神術だ。
それが突然こちらと影人の間に打ち立てられてきたのだ。
当たり前だが、それは現状攻撃を控えている俺にとって、何の障害もならない。
輝度を増すなりして隠れ蓑とし、別の術法を発動するまでの布石としてでも用いるだとか、そんな駆け引きを仕掛けてくるわけでもない。
ただ、ポンと設置されたまま、むしろそれを生み出した影人からも邪魔だとばかりに『光弾』を叩き込まれているそれを目の前にして……
俺はある確信を得るに至っていた。
「カラス! それにフェレス! ちょっとそのままそこで、聞いておいてくれ!」
「なんだね、フラムくん!」
「フラムくん、なんでしょう!」
いまのところ、アトマの吸収が及んではいない草原地帯。
そこへと向けて声を張り上げると、すぐに一羽と一人が返答を寄越してきてくれた。
「コイツはほぼほぼ確実に、手当たり次第に再現できる術法を使ってきている! 今の無意味な『防壁』といい、ここを生み出した『大地変成』といい……理論上、俺が修得している術法はすべて使用可能だと思ったほうがいい! そしてこの猿真似野郎は、そうすることで学習していると想定しておくべきだ!」
「え。それって――」
「うむ。とてもとても不味い状況だね。私が君から聞いていた限りの話でも、かなり不味い」
影人は俺から模倣した力を、実際に使用することで学んでいる。
威力のわりに(俺個人としては)使い勝手の良い『熱線』や、『光弾』を軸にこちらを攻め立ててきていることからも、それは明確だ。
そしてそうした学びの材料の中には、『爆炎』のような手に負えない術法も存在している。
「どうしますか、フラムくん!」
「ああ。正直、もう少し試したかったんだけどな。さすがに無詠唱の『爆炎』を出力を維持して撃たれたら洒落になんないからな。わるいが二人とも、もう少し離れていてくれ! んでもって『爆炎』クラスにヤバいのが飛んできたら、まずは自分の身を最優先で守ってくれ! 俺もそうするからさ!」
「……わかりました! ですが、可能な限りはサポートしますね!」
「やれやれ。想像していた以上に厄介な状況になってきたね。私は一応、『成り損ない』が無理攻めを続けて、アトマの吸収量が追いつかなくなった際に備えておこう」
「ああ! 助かる、フェレス! それとカラス! 作戦移行のタイミングこっちからも要求していく! 二人とも、頼むぞ!」
流石に状況が状況、チンタラとしている場合ではないだけに、急ぎ方針の変更から実行に移してゆく。
本音を言えば、もう少ししっかりと情報を集めてから、対策を練って行きたいところだ。
だがしかし、今回ばかりはそう悠長なことも言っていられない。
と、なればだ。
「ぶっつけ本番なんて真似は、正直、御免被りたいところだけどな……!」
一度は弾かれた短剣を順手にて握り締め、己を追い込みにかかる。
そんな似合いもしないやり方が、今は必要なのだろう。
迷っている時間はない。
可能な限り相手を攻め立てて、危険性の高い術法を使わせる余裕を与えずにいくより、他に手はない。
それが出来なければ、この簒奪の使徒を相手に尻尾を巻いて逃げ出すことになる。
それだけは、例え死んでも嫌だと感じていた。
気息を整え、雑念を払いにかかる。
決死の猛攻を完遂するために必須となる集中、心の過程。
「フェレシーラ……」
それに身を委ねる中、自然、その名を口にのぼらせながら、
「どうか俺に……力を与えてくれ!」
風を切り裂く蒼刃と共に、疾走が始まった。




