第二十七話【第五属性魔法研究部】
◇◇◇◇第二十七話【第五属性魔法研究部】◇◇◇◇
「でもこれ課題は合格してますねぇ」
エルダガス・ノバは可愛らしく胸を張りこう言いました。
これを聞いてエーリュシエルはけげんな顔をし、壁に寄りかかって成り行きを眺めていたテルベルトも腕組みを解いてエルダガス・ノバ殿に目を向けました。
正座をして静かに目を閉じていたサクラさんも思わず目を向けたのですから、その驚きは大きいものだったのでしょう。
わたくしも驚いて尋ねました。
「このような毒の汚泥が課題に合格するというのですか」
「ええ……?」
信じられないという表情をするわたくしたちにエルダガス・ノバ殿は言葉を続けます。
「課題は『カップ一杯のお湯を作ろう』ですねぇ。
この課題は三つの命題を達成することで要求が満たされますねぇ。
まず一つ目、量の命題である『カップに一杯』。
ピピル殿下、これ一回の魔法で作ったものですよねぇ?
そうであるならばこぼれてもいないし少なすぎもしないこの量は、基準を満たしていますねぇ。
二つ目、生成する物質の命題である『お湯』まあ要するに水ですよねぇ?
別の生成物が混入しているとはいえ生成されたものは液体つまり『水』。
これで二つ目の命題も達成ですねぇ。
三つ目、生成物の温度ですが煮立つ状態の高い温度を発する物体が生成されていますねぇ。
これで三つ目の命題が達成ですねぇ」
指を折り、考えながら話すエルダガス・ノバ殿はひどく知的に見えました。
最初に教室に入ってきた時の慌てた様子が嘘のようです。
「どうです?
『カップ一杯のお湯を作ろう』、成功していると思いませんかねぇ?」
詭弁にも聞こえますが…
なるほど、そう考えればわたくしは課題をクリアしたといえますわ。
「素晴らしいですわ!
なるほど魔法の使用はそういったことを考えるのですね」
「はい、ピピル殿下。
魔法は成功させるための条件をどのように考えるかで難易度が大きく変わりますねぇ。
まず、どのような状態になったら成功なのか。
それを達成するためにはどのような命題があるのか。
その命題はどのように魔力を操作すれば達成できるのか。
成功の条件を細かくすればするほど一つ一つの条件は簡単になっていきます。
一見難しいと思える魔法も細かい簡単な条件を揃えることができれば成功することができます、ただ呪文が長くなってしまいますがねぇ」
「とはいえ熟練の魔法使いは大雑把な条件でも魔法を発動できるだけの大きな魔力があったり、細かい条件付けが早かったりしますけどねぇ。
ちなみに一般的に言われているマジックブックやスクロールは読み上げることでイメージを明確にし決まった効果を得られるものですねぇ。
まぁ材料も特殊だったりするのですから一般的には出回りませんけどねぇ」
「また、スペルは言葉にすることで魔法の定義を明確にすることができますねぇ。
なので慣れると無詠唱で魔法を発動することができるようになりますねぇ。
魔法の鍛錬方法に瞑想があるのはこのためですねぇ」
「ではピピル殿下、試しにもう一回課題に挑戦してみませんかねぇ?
今度は詠唱前に紙に魔法の定義を書き出して、それを読み上げる形で試してみるということでいかがですかねぇ?」
理屈が目的に沿えば魔法は正しく発動するということでしょうか……?
「わかりました、試してみましょう」
わたくしもまともな魔法が使えるようになりたい。
「先ほどボクが言った命題を思い出してもらえればできると思います。
書き出してみるといいですねぇ」
わたくしはエルダガス・ノバ殿の差し出す手帳の切れ端とペンを手に取ります。
「課題『カップ一杯のお湯を作ろう』の三つの命題ですわね……」
まずは量、『カップに一杯』。
次に物質、『水』。
最後に温度『熱い』。
これで……いいのかしら?
なんだかぎこちない文章になった気がしますけど。
「あ、ピピル殿下、こことここの前後を入れ替えると命題が定義しやすいと思います」
「なるほど、ここをこうして、できましたわ!
これでいかがでしょうエルダガス・ノバ殿」
「多分大丈夫だと思います。
それではこの紙に書いたものが『カップ一杯のお湯を作る』魔法のスクロールです。
紙もインクもボク特製ですから。
ではこの紙に魔力を通すように念じながら詠唱してみてください」
エーリュシエルが用意してくれた新しいカップに魔法で生成したお湯で満たす魔法をかけます。
うまくいきますように。
「はい、わかりましたわ。
すー、はー。
なんだか緊張しますわね。
『水よ、熱い温度でカップを満たしたまえ!』」
先ほどイメージのみで行ったものとはけた外れに澄んだ魔力がカップを満たします。
手ごたえからして違うその感触から生み出されたものは……?
「あ、出来てますねぇ。
どれどれ?
カップからこぼれていない、温度は暖かい、ここまでは大丈夫。
果たしてこれは何ですかねぇ?」
エルダガス・ノバ殿は帯に止めてある物入からスポイトを取り出して数滴分吸い取ります。
「透明度はちょっと濁りあり。
では飲んでみましょうかねぇ。
毒消しの魔法も使えるから平気ですよ、ボク」
そういうと迷いなくスポイトの水を舌に乗せます。
「あ、間違いありませんねぇ、お湯ですこれ。
ちょっと舌に刺激がありますが、間違いなくお湯ですねぇ。
これで課題は合格、文句なしですねぇ」
「この感じだとお風呂に満たしたら殺菌効果でお肌が綺麗になるかもしれませんねぇ。
確認して大丈夫だったらお知らせしますねぇ」
また物入からフラスコを取り出すとわたくしが止める間もなく生成したお湯で満たして栓をするとまたしまい込みます。
「あれか、殺菌効果ということはピピル殿下の魔法温泉は怪我人の治療に役立ちそうってことか?」
「ピピル様の生成したお風呂に入ると肌が美しくなるのですか!?」
「姫~、美肌の湯、まず私が実験しようと思いますがいかがでしょうか~」
え、ええーなんですか皆のその食い付きっぷりは。
それから、わたくしは天然温泉ピピルの湯ではございません。
そして一番まともそうな問いかけがテルベルトというのは、女の業の凄まじさでしょうか。
「これでお湯を作る魔法はイメージできたかと思いますねぇ。
今回は魔力を通す紙に特殊なインクを使っているので魔法のイメージを具現化しやすかったと思いますけどねぇ。
魔法を使うイメージの固定が出来るまでは使える魔法のスクロールを使って練習した方が良いでしょうねぇ。
あ、このメモ帳とペン、ペン軸にインクが詰めてあってキャップを外すとすぐに書くことができる優れもののペンです。
ボクの研究の端材でできたものなのでサービスしておきますねぇ
もちろん下心ありですけどねぇ」
度の強そうな眼鏡を中指でクイクイと直しながらエルダガス・ノバ殿は話を続けます。
「初めては簡単な魔法で練習するのがセオリーといえばセオリーなんですが、ピピル殿下の場合闇魔法の大きな魔力を使う方が上達は早いかもしれませんねぇ」
と、ここまでで考察終了とばかりにエルダガス・ノバ殿はわたくしに向き直ります。
「で、どうでしょう、ボクに協力いただけないでしょうか。
代わりに殿下の魔法の上達をサポートをしますよ。
ボクが言うのもなんですけど属性が五種類使える魔法使いはそういませんよ?」
「大げさでなく、わたくしの悩みの一つを解決してくださったあなたに協力するのは望むところではありますが……
協力、といってもどの程度の協力でしょうか?
さすがに命をかけた人体実験とかは付き合えませんが?」
「さすがに人体実験はしませんよ。
そうですね、いまボクの研究室では『第五属性魔法研究部』というクラブ活動をしていまして、そこに所属して一緒に活動してもらえればいいなと思ってます」
「クラブ活動ですか?」
わたくしが問いかけると、
「はい、クラブというのは空いた時間や課業後、あるいは休日などに活動する同好の者の集まりでして。
学校に届け出れば活動費やら物資やらを融通してもらえるのです。
冒険者ギルドに所属して、冒険者としてお小遣いや学費を稼いでいる人もいるようですよ」
お小遣いがあればお菓子がいっぱい買えますわね……
「それで『第五属性魔法研究部』は、ボクが一人でやっているクラブ活動なんです。
なにしろボクは魔法、それも魔法科学しか能がないうえに、それ以外に興味がありません。
なのにほとんどの魔法科講義は今年度も飛び級してしまいましてねぇ」
なるほど、良い成績を取ったことによる不幸ですわね。
「さすがに講義がほぼないというのは学園都市にいる意味がなくなってしまいますからねぇ。
学園に相談したら、研究棟の部屋を一つ貸してやるから、研究に励みなさいと言われましてねぇ。
そういうわけで『第五属性魔法研究部』はボクの研究室で魔法の研究、主な目的は『雷』魔法の研究が主な目的なんですねぇ。
他人がどのように魔法を行使するかとかですねぇ、観察したり魔法についての討論をしたりするわけですねぇ。
つまり他の方の魔法の腕を磨くこともボクの目的のうちに入るんですねぇ」
わたくしを見る目は好悪どちらでもありません。
なんというか観察する対象を眺める目というかなんというか。
「特にピピル殿下の使う闇属性魔法はボクには使えない属性なので、あなたの魔力の制御の上達や修練を観察したりすることが、ボクの刺激になってくれるんじゃないかなと考えていますけどねぇ」
「あとはまぁ、これは正直に言っちゃいますけれどねぇ。
ピピル殿下と親しくなれれば学園都市の闇魔法の随一の使い手、アルガ殿下とお近づきになることもできるかなーと思ってもいますがねぇ」
そうですわね、確かにわたくしが所属するクラブの部長ならばヴィクシア寮に出入りできるかもしれませんしね。
それはよろしいでしょう。
「事情と理由は分かりました。
わたくしでよろしければ可能な限り協力させていただきますわ」
「ホントですか!やったー、よろしくお願いしますねぇ、ピピル殿下」
「その研究会、私も参加してよろしいでしょうか」
サクラさんが手をあげクラブへの参加を表明します。
「私は当然姫様のおそばに居ますよ~」
エーリュシエルは当然の権利を行使するかのように宣言しました。
「はい、皆さんも歓迎します!
こちらこそよろしくお願いします。
あ、ボクのことはエルと呼んでください。
二回生ですけど遠慮はいりませんから」
こうしてわたくしは、魔法の腕を磨くため、クラブ活動をすることになったのでした。




