第23話【次鋒戦エーリュシエルVsグルーン・コルシュ】
◇◇◇◇第二十三話【次鋒戦エーリュシエルVsグルーン・コルシュ】◇◇◇◇
「女の友情は麗しいですねぇ。
怒鳴る男もみっともないですしね~。
さーて私の出番ですよ。
姫様応援よろしくで~す」
エーリュシエル今日は言うなれば重装戦闘メイドスタイルです。
丈の短めのメイド服に革の胸当て、腰に短剣を二振り。
籠手と脛当に手には弓……
いいえ今日はいつもの弓ではありませんね。
あれは一体……
「では次鋒戦を始める。
先ほどと同じように僕が挙げた手を振り下ろしたら試合開始だ、いいね?」
「次鋒戦、ヴィクシア連合王国エーリュシエル一回生対ヘールジャニア教国グルーン・コルシュ一回生」
「はじめぇ!るrrrrr」
ミロル会長も乗ってきているようで気合の入った良い声を出します。
でもなにか唸っているような声が混ざるのは、ちょっとどうかと思いますわ。
開始の合図があったと思ったらエーリュシエルが回れ右をして走り出しました。
全力で。
え?
ええ?
えええーーーーっ!?
「逃げた…?
え?」
「なにをしているのであるか!
追いかけるのである!グルーン!」
何が起こったのかわからないグルーン・コルシュはしばらく呆然としていましたが、ロート・キーンの怒鳴り声に我に返ると、慌ててエーリュシエルを追いかけます。
たったっ、がしゃがしゃ。
たったっ、がしゃがしゃ。
競技場の外周を大きく回るように走るエーリュシエルと全身鎧のグルーン・コルシュの追いかけっこが始まりました。
息を荒げてフルプレートの鎧を鳴らして疾走するグルーン・コルシュですが、軽装のエーリュシエルとはトップスピードがだいぶ違うようで徐々に離されていきます。
しかしエーリュシエルも胸当てからこぼれんばかりのものを誇る身。
決して楽に引き離すわけにはいかないようです。
我々には見慣れたものでもヘールジャニアの方々には刺激が強かったようで目を見開いています。
先ほどまで怒られてしょげていたルカ・キーンは、氷のように冷たい目で自軍の男どもとエーリュシエルの双方を睨んでいます。
ちょっと距離が開いたかなぁと思ったその時、突然エーリュシエルが立ち止まり、振り返ると手に持った弓のようなものの弦を引き絞ります。
弦を引く手を放すと白い塊がまっすぐに飛び、グルーン・コルシュの兜に当たり白い煙のようになって消えていきました。
あれは一体……?
「ぺっぺっ!
なんだこれは?
しょっぱ!
塩!?」
白い塊は塩を固めたものらしく、硬いものに当たるとあっけなく砕けるだけ。
グルーン・コルシュの兜の波型の外を見るための覗き穴から入り込んだ塩。
それはなめてしょっぱいといわせるだけの威力しかありません。
相手を倒すにはいかにも力不足に見えますわ。
「お兄様、エーリュシエルの使っている武器は何ですの?
わたくしはあのような武器は見たことがありませんわ」
「そうなのかい?
あれはねピピル、弾弓と言って、本当だったら塩の塊なんかではなく鉄の玉とかを飛ばすものなんだ。
エーリュシエルも勝つためにいろいろ考えていたのさ。
どういう勝負になるかはわからないけれど、負けないための手筈はできる限りしていたみたいだよ」
「そうなのですか。
しかし塩の塊をぶつけてもフルプレートの相手を倒せそうにありませんけれど……」
「そうだね、どうするつもりかな。
想像すると楽しいよね」
「まぁ、お兄様はご存じのことを教えてはくださらないおつもりですわね。
いじわるですわ」
「そうかな、自分で考えることも必要だよピピル」
「それはそうですけれども……」
「まぁ見ているがいいさ、あの装備でどうやってフルプレートの鎧を相手にどう料理するか」
「わかりましたわ、お兄様。
今は観察と応援ですわね」
「ピピル直下の護衛メイドの腕前、全部は出せないまでもどう戦うのか見ものだと思うよ」
「え、エーリュシエルは手段さえ選ばなければこの勝負を容易に勝つことができるとお思いですの?」
「そうだね、でなければ魔王の娘であるピピルの護衛は務まらないよ。
少なくとも今の腕前はエーリュシエルの方がピピルより上なのは確実だよ」
「はぁそうなのですか、あまり心当たりがありませんが……」
そうつぶやくとお兄様は微笑みを浮かべるばかりでした。
たったっ、がっしゃがっしゃ。
たったっ、がっしゃがっしゃ。
追いかけっこは続きます。
しかしだんだん様相が変わってきました。
フルプレートの鎧を着て兜で呼吸が制限されるグルーン・コルシュの息が上がってきたのです。
苦しさにに顎が上がって必死で息を吸おうとしましたが追いつきません。
ついに立ち止まってガランと音を立ててメイスを落とすと、兜のあご紐をほどいてしまいました。
「だーやってられねぇ」
「こらグルーン!
なにをしているであるか、狙われているのである」
「隊長、よく考えてみれば盾で受ければよかったんですよねぇ。
飛んでくるのが塩の塊なら盾で受ければ被害はない判定ですし」
「そうであるが、積極的に戦っていないというのも減点対象であるぞ!」
「あーそこは何とかします。
無限に弾があるわけでもないでしょうし」
がなるロート・キーンをあしらうと、グルーン・コルシュはエーリュシエルに向き直ると盾をかざしながら
「女、覚悟しろよ、さんざん塩なんざぶつけてくれやがったお礼はキッチリさせて貰うからな」
そういうとエーリュシエルが横に動こうとするのを止めるように近づいていきます。
競技場の一番狭い円が今回の決闘審判の対決する範囲と決められています。
横に動けなくなると機動力を生かしたエーリュシエルの戦法は封じられてしまいます。
ニギニギと動かす手はいったい何のためでしょうか。
これはまずいですわよ……
塩弾も盾に阻まれて飛沫をあげて多少かかるだけ。
やがて追いつめられるエーリュシエルは今回の試合で使える範囲の境界線を踏みしめ
「ここまでですわね……」
そう呟くように言うと塩弾をつがえ、
「へへへ。もう逃がさねぇぞ」
と追い詰めた確信とともに、油断なく横をすり抜けられないように接近して来るグルーン・コルシュを見つめます。
エーリュシエルの弾弓からひゅんと風を切って塩弾が射出されると、これまでと同じように、いえ倍ぐらいの大きさの塩弾が盾ではじけ、大きく塩のしぶきが散らばって……
エーリュシエルが弾弓を手放し、地面すれすれの下手投げで物入から取り出した何かを投げつけました!
グルーン・コルシュは先の塩弾のしぶきでまったく反応できていません。
ぺしょ
エールシエルの投げつけたものは今までの塩の塊とは違い軽く湿った音を立ててグルーン・コルシュの顔面にさく裂しました。
その色は赤。
風に乗って強烈に漂ってくるこの匂いはからしですわ!
粘つくようなとろみのついたからしのペーストが顔面直撃したグルーン・コルシュは
「うぎゃぁぁぁぁ!いてぇぇぇ!」
魂消るような悲鳴を上げます。
多分はじけたからしが目に入ったのでしょう。
「ふふ~んどうかしら聖騎士見習のボク?
夕べ私が作った卵の殻の中にからしを練りこんだ特製弾のお味は?
私の手料理を食べられるなんてシアワセなんですよ?ボク。
私は料理の腕は大したことはありませんが、メイドの嗜みとして調味料を一通り持っていますので、このような真似もお手の物という訳です」
「さて、まだ試合終了の声はかからないようですので、ボクがわが姫を侮った罪、その身に刻んで差し上げましょう」
「くっそが!」
目にもからしが入ってしまったのでしょう、痛みをこらえるため目をつぶり顔をしかめながら、盾を振り回してエーリュシエルを間合いに入れまいとするグルーン・コルシュですが、まるで見当違いの方向を向いています。
す……とエーリュシエルが間合いに入り軽く
「塩と香辛料をよく振ったら、よいしょ」
といって腕をまたぐと、
ごきゅん
という背筋に響く音を立ててグルーン・コルシュの盾を持つ左手がプランとぶら下がります。
「軽く畳んでこの後の料理をしやすくします。
折ってませんよ―。ちゃんと手当すればすぐよくなりまちゅからねー」
どうやら脱臼させたようですが……
ある意味切ったりするよりひどくありませんか、あれ。
痛みに口を開け、真っ赤なからし入りのよだれを垂らしながら
「あ……がっ……!」
と呻くことしかできないグルーン・コルシェはもはや戦闘不能に見えました。
「やめぃ!
勝負あり!
次鋒戦勝者!
エーリュシエル!」
「あら、もうお終いですか、バランスをとって反対側も外して差し上げようと思ったのに。
まぁいいです、姫様ー勝ちましたよー」
のほほんと手を振りながら告げるエーリュシエルに、わたくしは大きく手を振り喜びを伝えます。
「やりましたわ!エーリュシエルの勝利ですわ!」
「ッション!
ハナムズムズスル……
ヘックション!」
鼻が敏感なヴェルガがくしゃみをしています。
わたくしもちょっとからしが鼻にしみますが我慢できます。
ありがとうエーリュシエル、戦いは好きではないあなたの働き、わたくし忘れませんわ。
そしてよほどのことがない限り彼女には逆らうまいと誓ったのです。
戻ってきたエーリュシエルはまずお兄様に報告しています。
「殿下。
御覧の通り勝利を得られました。
これにて私めの失点は贖えましたでしょうか?」
「よろしい、引き続き務めるよう」
「はっありがたき幸せ。
今後も励みたいと存じます」
あ……
わたくしが怪我を負ったこと、事前に離れることは判っていたけれど気にしてくれていたのですね。
わたくしには実りのある経験ではありましたが、アルガお兄様とエーリュシエルの間ではモニカさんの件や勇者志望のなんとかの件が失点として扱われていたのですね。
わたくしの行動一つで罪を問われることになるものも出るというのは、今まで以上によくわきまえて考えて行動しないといけませんね。
「姫様、勝ちましたよ」
「はい、ありがとう。
エーリュシエル」
「ネェサン、スゴイ!
カッタ!エライ!」
あら、いつのまにかヴェルガとエーリュシエルの関係にも変化があったようですわね。
きっかけは何かしら、昨日の夕食でしょうか。
良い方向に関係が変わっていくのなら大歓迎ですわ。
さぁ、これから折り返し、中堅戦ですわ。
我らヴィクシア王国の二勝零敗です。
勢いに乗って勝負を決めてしまいましょう!
「中堅戦、ヴィクシア連合王国カスパー・バルトーン二回生対ヘールジャニア教国ゲルブ・ユンゲ二回生」
「はじめぇ!」
「参った……」
あら……?




