第12話【剣術教官 エドモンド・シドリー】
◇◇◇◇第十二話 【剣術教官 エドモンド・シドリー】◇◇◇◇
今日は初級剣術講義の初日。
昨日まで、いえ今朝までの成果を見せるときですわ。
入学以来いくつか講義を受けてきましたが、やっとわたくしの得意な講義の日がまいりました。
初級剣術を選択するものは多く、男性のみならず女性の姿も結構な数いらっしゃるのではないでしょうか?
木剣がたくさん入った樽を運びながらそろそろ中年の域に入ったと思われる男性が剣技場に入ってくました。
よっと声をかけて中央に進むと、重い音を立てて樽が置かれました。
「諸君、初めまして。
私が初級剣術講義の担当教官、エドモンド・シドリーだ。
ひとまず今日は皆がどのくらい剣術に習熟しているか私に見せてもらいたい」
剣術の教官というから、老師のようなお年寄り?を勝手に想像していましたけれど、思っていたより若い講師が参りましたわねぇ……
あの樽を置いた時の音の感じ、教官殿は少し細身に見えるけれど相当な腕力がありそうですわね。
「一組とはいえ初級剣術講義だ、もしかすると剣を持つのも初めてという者もいるかもしれない。
手元に練習用の剣がないものは、ここにある樽から自分に合う素振り用の木剣を選んで、横に広がってもらいたい。
剣にあまり自信のない者はなるべく大きめに間隔を置いて欲しい」
剣術をやってみたいけれど家の方針などで剣に触ることもなく成長された方もいらっしゃるのね。
なるほどなるほど……
などと考えていたらわたくしの周りはすっかり空いて、剣どころか槍を振り回しても平気なほど間隔があいていましたわ。
なんだか観察されているようなのは気のせいではありませんね。
まぁわたくしが注目を集めるのは仕方ありませんわね、もうそろそろいつものことになってきましたわ。
いつかわたくしがわたくしとして注目される日は来るのでしょうか。
まぁ先のことは置いておいて、今は周りのイケメンに目をやりつつ教官に自分の剣技を見せることにしましょう。
基本に忠実に参りましょう。
いつものように中段横構えをとる。
老師の教えの通り斬線を外さないようになるべくゆっくりと剣を振る。
他人のいるところでは少し早く振った方がよかったのですわよね?
あぁ、周りからクスクスと笑い声が聞こえる。
聞こえよがしに「豚…」とかのささやき声や、豚の鳴きまねが聞こえる。
真正面から来ない悪意には取り合わないに限りますわねぇ。
何人かイケメンが女子に俺ってこんなに剣が使えるんだぜドヤぁなんて風切り音をヒュンヒュンならしながらアピールするという甘酸っぱい空気を醸し出す寸前のことが起こっているのに全くもう……
わたくしの素振りがユニークなのは私自身が知っています。
ようやっと教官がわたくしのところにお越しになった。
私で最後かしら、たぶん最後ですわね。
「ピピル君であっているよね?いったん素振りをやめてもらっていいかな?」
「はい教官殿」
軽く上気した頬が火照る。
まだまだいつもの何分の一も入り込めていないのに。
「君は正式に誰かから剣術を習っているかい?」
そこでわたくしは、はてと考えこみました。
『正式に』入門して習ってはいないわね。
なので、こう答えた。
「武術やルール、マナーなどは老師から教えを受けています」
「ん?老師?
それは年季の入ったフード付きローブをまとった黒いリザードマンかい?」
「老師をご存じなのですか?」
「あ、あぁ、講師で彼のことを知らない者はいないんじゃないかな?
うん、そうかぁ、老師のお弟子さんかぁ……いいなぁ……」
おぉ~老師有名人ではありませんか、しかも評判高い方向らしいですわね。
でもシドリー教官の答え方が歯切れ悪いですわね、先ほども後半は独り言用の小声でしたし、どうしたのでしょう。
ちなみにわたくし結構な地獄耳ですの、魔王ジョークですけれど。
「うーんどうしようかな……あまりこっちであれこれ教えられないからなぁ……」
今度は教官殿は眉間を揉みながら悩み始めましたわね。
わたくしの剣術はあまりに異質なものなのでお邪魔でしょうからね、気持ちはわかる気がいたします。
わたくし剣技場の隅の方で素振りしていれば出席、にしていただければ結構ですのよ?
「よし!全体止めぇ!
これより私とピピル君で手合わせを行う。
各自見学するように!」
もともとわたくしの周りには人はおりませんでしたがさらに五~六歩輪が広がりました。
ざわめきが止まないのですが……
急に手合わせとか言われても困ってしまいますわ……
でも講義の中での指導となれば、まぁ仕方ないでしょう。
「では始めようか」
シドリー教官は腰に下げた剣を抜くと、お互いの間合いからいったん外れました。
相対して立つと小声で私だけに聞こえるように
「この剣は刃引きしてあるから切れない、心配しないでいいよ。
あくまで手合わせで、体に当てるつもりもないからお互い怪我はしないよ。
でも本気で来てくれないと事故が起きるかもしれないから気を付けて」
そう囁いてきましたわ。
確かになんの変哲もない歯引きした剣のようですが、きちんと手入れがなされていますわね。
どこぞの盗賊の剣とは大違いですわ。
道具に最高のパフォーマンスを発揮させるのは、持ち主の務めですからね。
さすが教官殿、道具の取り扱いにはとても好感が持てますわ。
ちょっととうがたっているけれど、なかなかのダンディーぶりですし。
さて、向うの準備は整ったようですしわたくしも構えましょうか。
望むところです、今のわたくし自身のの実力しっかり確かめさせていただきましょう。
「無斬流、ピピル・マ・ピピル。
いざ!」
「やっぱり老師の流派か!二天日月流、エドモンド・シドリー。
一手仕る!」
そういえば流派を名乗ってよいということは、老師の正式な弟子、少なくとも門下生扱いということで良いということでしょうか、後で確認しなくては。
さて、手合いの方はジリ…ジリと間合いを近づけて行きます。
教官の構えはオーソドックスな中段の構え、隙が見つかりませんわ……
これは勝ち筋がなかなか難しいですわね…
というより正直今のわたくしでは勝利はできないと感じます。
教官からかけられるプレッシャーに負けぬよう呼吸を抑えながら変化に対応できるように視覚を広げるように集中いたします。
今のところわたくしの剣は守りの構えからの剣技ですからね…
構えは山のごとく、しかし気概は燃え盛る炎のように……
「おや、こないのかい?じゃあ僕から行くね」
来ますわ!
無造作にわたくしの間合いに入ると右上方から斬撃!
手加減はされているのでしょうが、これほどの斬撃は老師とお兄様以来ですわ!
でもこの勢いなら「弾く」ことができますわ!
カィィーン!
互いの得物がなまくらの鉄板と刃びきの剣で打ち合ったとは思えない、澄んだ刃合わせの音を立てます。
一瞬で教官殿がバックステップで間合いから外れると
「止めー!」
と声をかけ剣を鞘に納めました。
「あらもうおしまいですの?」
「あぁ、最初に言った通り今日は受講した人間の力量確認だからね」
シドリ-教官殿はそういうと帳簿のようなものに何か書きつけるとその紙を帳簿から外してわたくしに手渡しました。
「教官殿、これはなんですの?」
わたくしの疑問に教官殿は
「これはね、年次出席免除の書類。
本年度の初級剣術講座は単位取得済みで以後出席には及ばないっていう書付だね。
教務棟の履修課に提出するんだよ。
まさか初日から発行するとは思わなかったよ……
さっきももうちょっとで折られるところだったし、というか鞘の中で折れてるよこれ、割と気に入ってたのに。
さすが老師の弟子なだけはあるよね、アハハハ……」
こう答えて乾いた笑いを上げる教官殿ですが、今回の手合い程度のことで初級をクリアできるものなのですね。
まぁ剣を触ったこともない人間が、一年でどのくらいできるかということを考えるならば、剣を持って構えてちゃんと振れる、で最低限度の資格取得ということに異論は出ないでしょうね。
書類にはわたくしの名前と教官殿の署名、並びに初級剣術講座、成績:Sと記入されていました。
「では本日の講義はここまでとする。
以後の空き時間は科目自由の自習とする!」
そういうと
「ピピル君は個別で鍛錬を積んでまた来年、今度は中級講座あるいは飛び級試験で会おう。
飛び級試験のことは知っているよね?
楽しみにしているよ」
期待の入った視線をまっすぐに向けられ
「かしこまりましたわ。
来年は教官殿に少なくとも利き腕、できれば剣を二本使っていただけるように修練いたしますわ」
「まいったなぁ、俺が双剣使いだって気づいたんだ。
さすがだね。
本当は一年間老師の剣を学んだ子の成長が見たかったりもしたんだけど、お互いのためにならないからね……
だからまた来年。
ひょっとすると来年も免除になるかもしれないけどな…ハハハ」
口調を崩し、頭に手をやってぼやくシドリー教官にわたくしはこう答えたのですわ。
「二天日月流の名前と腰の左右に下げた剣。
これだけの材料があれば教官殿が双剣使いであることは自明ですわよ?
しかも今回は利き腕ではない方でお相手いただいたようですし。
本気で鍛錬する理由が出来したわ」




