リンの瞳に映る記憶
ネイベル達が小屋へと戻ると、全員既に起きていた。
「ネイベル! お前がどうしてもと言うからな、俺はぐっすり快眠したぞ! あっはっは!」
色々と思い悩んでいると、ソーマの単純さが時々うらやましくなる。
周囲の人間も、顔色が大分良くなった。やはりネイベル達に合わせて、少し無理をしていたようだ。
「おぅ、ネイベル。どうした、そんなに焦った様子でよ」
「ああ。それなんだが、ちょっと外の雰囲気が気になるんだ」
そう言うと、全員を連れて小屋の外へ出る。
カルーダは、鼻をクンクンとさせながら、目を瞑って何か考えている。
「――あぁ! 思い出した」
「ちょっと何よ! 急に大きい声を出さないで頂戴」
ミネルヴァが迷惑そうな顔をしている。
「いや、まぁそうだな。すまねぇ」
カルーダは頭を撫でながらそう言った。
「それでネイベル。これはちょっと穏やかじゃないな」
「どういう意味だよ」
「恐らくこれは、人の焼ける臭いだ」
その場にいた人間が、全員カルーダへとすばやく振り向いた。
「あんた、冗談じゃ済まないわよ?」
「随分前に何回か嗅いだきりだからな、思い出すのに時間がかかった。だが、間違いないだろう」
ミネルヴァが必死に鼻をヒクつかせているのが、ちょっと可愛い。
「何も分からないわね。あなた本当に人間なの?」
動物並みの臭覚ね、と言って呆れている。
「もしカルーダさんの言う通りなら、大変だねぃ」
カルロスが不適に微笑んだ。
「すぐそこだから、調べにいきましょう」
そう言うキャミィは、既にボンを連れて準備万端だ。
「そうだね、急ごう。十分に休憩は取れただろう?」
ネイベルが冒険者達を見回すと、彼らは嬉しそうに頷いた。
「おぃ、ネイベル! 急ぐぞ!」
カルーダが切羽詰った様な声を上げている。
いよいよ、全員が確信を持つに至った。貧民街が、何者かに襲撃を受けている。
すれ違う人間はいないので、全員が出口へと向かったのだろう。
――待ち伏せされていなければ良いが。
ネイベルの心に不安が募っていく。
それに釣られる様に、駆ける速度が増していった。
そこは地獄絵図だった。
「なんて酷い……」
リンが絶句している。それも無理はないと思った。
森が燃えている。
静寂が佇む不思議な空間はもう存在しない。
至るところから声が聞こえてくる。
バチバチと、木々が炎を纏い、火花を散らしていく。
「全員で水魔法だ! 火を消して回るぞ! 戦闘になりそうなら、一旦必ず退いてくれ!」
ネイベルがすぐに指示を出す。
「カルロス! ショウを連れて左回りだ! 行け! ソーマ! カルーダに付いて右回りだ! ロンメルさんとカドとアルは、逃げ遅れた人間の救出を最優先!」
影法師の拠点は近くにないのか、とカドに聞くと、『貧民街の外周にあたる谷底に隠されています』と言っていたので、そこに匿ってもらうつもりだ。
「リン、ミネルヴァ、キャミィはボンさんを連れて! 俺と一緒に来て!」
「どうするの? ネイベル」
キャミィが心配そうに聞いてきた。
――カッカッカ
ボンも、もしかしたら何か感じる事があるのかもしれない。
「とりあえず、中央へ行く。左右は彼らに任せて大丈夫だ」
森の中を走るのには、少し技術がいる。
ダンジョンでの経験が、ここでも活きている。
左右に回った冒険者組は、どんどんと火を消して回っている様だ。戦闘音は聞こえてこない。
ネイベルも、目に見えた炎めがけて、ドンドンと水球をぶつけてく。
「すご……」
そちらへチラリと視線を動かすと、キャミィが呆然としながら驚いていた。
ネイベルは、両手を前に出しながら、二十にも三十にもなろうか、という数の水球を打ち出している。
冒険者組には全力での魔法を見せた事がないので、間髪入れずに消化を進めていく姿は、確かに衝撃的かもしれない。
「ネイベル、カドの言っていた目印はアレじゃないかしら」
リンが少し遠くを指してそう言う。
記録してある貧民街の地図と照らし合わせると、おそらく間違いない。
「行けば分かります、なんてカドが言うのは珍しいと思ったけどさ。確かにその通りだったね」
「すごい神聖な感じがするわ」
「歴史が詰まっていそうで、とても素敵ね」
「ミネルヴァさんは本当にブレないですね」
「どういう意味よ」
「そのまんまですよ」
「骨好きのあんたに言われたくないわね」
――カッカッカ
ネイベル達の目指す先には、頭一つ、二つ、抜けた大きさの木が、堂々と存在感を放っていた。
「ネイベル、誰かいるわよ!」
リンの示す先を見る。
「ああ、ちょっとまずいな」
ようやく巨大な木の根元が見える所まで来たネイベル達だが、その大木の周辺には、必死に火を点けようとしている集団がいた。
「おい! お前ら! 今すぐやめろ!」
しかし、彼らは全く聞こうともしない。全身にボロを纏っている。
――嫌な予感がする。
「貧民街の住人が、あんな事をするかしら」
「いや、ミネルヴァ。あれは恐らく、狂人だ」
あぁ、幻梅香のアレね、と彼女は走りながら頷く。
「出来れば命は取りたくない。気絶させて時間を稼ぐ」
「でも、カドは意味がないって……」
「少し、考えがある。命を刈り取るのは、本当に最後の手段にするべきだ」
命はそんなに軽いものじゃない、とネイベルは考えている。刈り取る決意をする時だって、相当時間がかかったのだ。
ネイベルにとって、とても大切な考え方だ。
「ボンさん、意味が分かるかな? 止めを刺したら駄目だ。気絶させるだけだよ!」
そう言って、窪んだ眼窩の奥をのぞく。
吸い込まれそうな、不思議な闇が広がっている。
「ネイベル?」
キャミィが不思議そうに呼びかけてきた。
「あ、ああ。大丈夫。ボンさんを任せるよ」
一瞬、気を取られてしまったが、彼女にボンを預けると、ネイベルも一目散に駆け寄った。
「ミネルヴァとリン、これを使おう」
現在のネイベル達は、まともな装備をしていない。フウロで適当に買い揃えた武器と防具を使っている。
「これはスルーレの骨じゃない」
「魔力の伝わり方が、尋常じゃなく良いんだ。意識を刈り取るだけなら、雷魔法を帯びた状態で殴れば良いだけだしね」
二人にとっては、その方がやり易いでしょ? と笑顔で言った。
「そう、そうね! 私にも出来ると思うわ!」
ミネルヴァが顔を少し紅潮させている。
「ああ、しっかりと鍛錬の成果を出してくれ! リンも頼むよ。二十人くらいかな」
「ネイベルはどうするの?」
「少しやる事があるんだ」
そう言って、それぞれが分担作業に取り掛かった。
狂人は、何をされようと、火を点ける作業を続けるだけだ。どこかで遠隔操作をされない限り、恐らく行動は変わらない。
ネイベルは彼女達に全てを任せると、巨大な木に近づいて、目を瞑る。
そして立ったまま、全力で集中を始めた。
――深く、深く、心の中に落ちていく様に。
神経の全てを集中させ、魔力を丁寧に、丁寧に、練り上げていく。
魔法はイメージだ。想像力だ。しっかりと、思い浮かべるんだ。
ネイベルは、雷鳴轟く大地で降り続けていた豪雨を再現しようとしている。
雨粒の一滴まで、細部に意識を払う。
すると、腰のやかんが妖しく光りだしたが、それに気づく者はいない。
濃い紫色の光が、ゆっくりとネイベルを覆っていく。
「お尻をぶん殴ってやれば良いかしら」
「ミネルヴァがいつも、カルーダにやってるみたいにやれば良いのよ」
普段の光景を思い出しながら、リンはそう言った。すこし羨望が混じっている。
「そうね、分かりやすいわ」
「それじゃあ、二人は反対側をお願いね」
リンはキャミィにそう告げる。
「私達は反対側ですって。ボン様、行きますよ!」
キャミィとボンが駆け出すのを見送ると、リンは心がチクリと痛むの感じた。思わずネイベルを見るが、彼はずっと集中している様だ。
寂しい気持ちを追いやって、スルーレの骨へと雷魔法を纏った。
そして次々に、勢い良く狂人のお尻を叩いて行く。
どうやら彼らは、手に持った魔道具で着火しようとしている様だ。
「あっ!」
リンはそれを良く見ると、気づいてしまった。
「ミネルヴァ! 彼らの持っているこれは!」
「え? ……あっ!」
狂人は、黒い魔道具――いや、呪具を持っていた。
彼らの意識を完全に奪うことは出来ないのだから、その手から呪具を外すことは不可能だろう。
リンはそこまで一気に考えて、とても気の毒に感じてしまった。
目の前にいる狂人達は、呪具の影響すら受けている様子がないのだ。
ただ、ひたすらに催眠の影響しか受けていない。延々と大木に着火をし続けている。
「なんて惨い……」
それでも休む事は出来ない。
何人かの意識を一時的に刈り取っていると、初めの方に倒れた人間から、どんどんと起き上がってくる。
そして再び彼らを地面へと沈めて行く。
延々とその作業を繰り返し続けると、ミネルヴァがついに口を開いた。
「これは……ちょっとキツイわね」
「心に来る物があるのは確かだわ」
リンは彼女の気持ちが分かる。何度倒しても、血走った恐ろしい目で同じ行動を繰り返すのだ。
意識を刈り取って楽にしてやる事も出来ない。呪具が手から離れない。
そうやってしばらく時間が経っただろうか、リンは、恐ろしい魔力を察知して、そちらへと視線を送った。
直立するネイベルの周囲に、強烈な妖しい紫光がどんどんと広がっている。
「んな、何よアレは!」
ミネルヴァが、顎が落ちそうな位に大きく口を開けて驚いている。
リンには、見覚えがある光景だ。
「ケトの王族でも極々一部しかここまで扱えなかったわね。元を正せば、ただのやかん魔法よ」
「普段使っている魔法でしょう? それにしても、いつもとは全然違うわ」
「正しく使うには、あれだけ集中し続ける必要があるのよ。極限状態までね」
そうやって言葉を交わす間も、光は益々強くなっていく。
まるで意思を持っているかの様に、紫炎はゆらゆらとうごめいている。
リンの記憶が、チリチリと焦がされる様な感覚があり、ひどく心が痛んだ。
――あなたも止まらないのね。
そしてネイベルは、両手をゆっくり天へと掲げた。
後半はリンの視点になっています(念のため)
細心の注意を払っていますが、恐らくどっかで矛盾等でると思います。なんとなく見逃しておいて下さい。




