期待という重荷
後書きに、お知らせがあります。
カドの衝撃的な告白を聞いたネイベルは、すっかり思考が固まってしまった。
なんせ、一国の王女の下で護衛を兼ねている配下が、その国の裏社会を牛耳るリーダーだ、なんていう話を信じられるわけがない。
たまに「私の手の者からの情報によりますと」なんて言いながら報告をしてくるので、てっきりイスト王国の諜報部隊の様な存在とつながりがあるのかと思っていた。
清濁併せ呑む、なんていう言葉をミネルヴァから習ったが、それにしたって呑み過ぎだ。
ネイベルが固まっていると、カドが申し訳なさそうに言葉を重ねてくる。
「イスト王国の最重要機密にあたるので、『血族以外には絶対に知られてはいけない』という決まりがありまして――」
そのまま下を向いて黙ってしまった。
暗闇の中、月明かりだけが彼女を照らしている。
「いや、うん、何と言うかそれは分かる」
ネイベルは無理やり言葉をひねり出している。分かるわけが無い。裏社会の組織で頂点にいる、という事実が公になれば、当然大問題になるだろう。
王国の暗部として、裏社会の人間と多少のつながりを持っている、くらいなら十分理解できるのだが。
カドはなおも話を続ける。
「影法師が裏社会を、ある意味で理想的に支配する事によって、イストは国が傾く様な危険な問題を、ことごとく回避出来ています」
それは確かにそうかもしれない。歴史の濁流に飲み込まれる事なく、イストは平和的に国家運営が出来ているのをネイベルは知っている。
だんだんと頭が冷静になってくると、色々と他の考えが浮かんできた。
「それにしたって、俺に言うのはまずかったんじゃない?」
「いえ、そんな事はありません。ネイベル様は、もはや血族という括りを超えてらっしゃいます」
「え、どういう事?」
カドは鋭くネイベルを見据える。
「ティボルという姓は、我々にとって特別なのです。マトージュの封印に至った結果、大陸は平和になりました。その中心となったのが、ケト王国だったと今の時代では知られていますね」
「ああ、そう聞いたね」
いよいよカドだけでなく、全員がネイベルを見ている。
儚い光が添えられた皆の表情は、どこか決意が込められている様に感じた。
「マトージュを封印した者の名は、ベリボッタ・ティボル。ケト王国で最後の国王です」
「えっ、そんな――え?」
一陣の風が、頬に刺さる。
森の木々が、ざわめく様にうるさい。心がひどく揺さぶられる様だ。
「イスト王国も彼に協力をしたという記録が残ってます。そして私達ハリ一族は、ベリボッタ国王が派遣した、ケト王族の末裔なのです」
今度こそ、ネイベルの思考は完全に固まった。
「信じられないかもしれません。ですが残された記録を読み解けば、間違いのない事実です」
グルグルと思考が渦を巻き、ネイベルの頭の中は大混乱に陥っている。
そういえば、ダンジョン内の遺跡だったか。
彼らに初めて自分の名前を名乗った時に、反応がおかしかった気がする。
今頃になって、ようやくその意味を知る事になった。
「つまり、僕のご先祖様はケト王国最後の国王で、マトージュを封印した偉人って事で良いのかな」
ネイベルはようやくその意味を飲み込み、言葉にすることが出来た。
「ええ、我々一族にはそう伝えられております」
今度はロンメルがはっきりと断言した。
先ほどまでは、あれほど寒さを感じたのに、なんだか体の芯から熱が沸き上がってくるような感覚がある。
大切な事を伝え終わったからだろう、凛とした空気が霧散する。
森の中は、柔らかい月明かりが夜陰に降り注ぎ、静謐な空気で包まれた。
「色々と腑に落ちたよ」
ネイベルはしっかりとそう言った。
「私も胸の内を吐き出せて、すっきりした、というのが正直な所です」
カドの言葉を聞いた他の面々も、爽やかな表情で頷いている。
「そういえば、アルは血族じゃないのに知っていても良いの? それとも王女は別とかあるのかな」
少し弛緩した空気の中、何気なくネイベルはそう尋ねた。
「これも公表されていない事なのですが、実はアル王女のお母上だけは、ハリ一族に連なる方なのですよ」
うかつに聞くんじゃなかった、と少し後悔するが手遅れだ。墓場まで持って行く秘密が、またひとつ増えてしまった。
アルが少し意地悪そうにニヤけている。本人は特に気にしたりはしていない様だ。
「それで王女の配下が裏社会の組織で頂点にいる、なんていう事態になったのかな」
そういう事になりますね、とカドが笑った。
この日初めて見る彼女の優しい表情は、ネイベルの心の中にゆっくりと重なってくる様な、心地良い暖かさを感じさせた。
するとその時、鋭い声がネイベル達に投げかけられる。
全員が、はっとした表情を浮かべる。
ロンメルとカドは、カチャリと音を立てて武器に手をかけた。
「そこまでにして頂戴」
あれ、この声は――。
急いでそちらを振り返ると、リンが無表情で立っている。こんなに感情が抜け落ちた様子なのは、初めて見るな、とネイベルは思った。
「あなた達がどこまで知り得ているのか、悪いけど聞かせてもらったわ」
声に温度を一切感じない。見慣れたはずのリンの顔が、まるで別人の様に思えた。
「ベリボッタの名前と偉業までは、しっかりと伝わっているのね」
リンの口調がいつもより強い気がする。
「え、えぇ。その通りです」
ロンメルが答える。
「なら、悲劇を繰り返そうとする自分達を恥じなさい」
悲劇? ネイベルにはさっぱり見当が付かない。
「あなた達は一体、どれほどの期待という重荷を、ネイベルに背負わせるつもりなのかしら」
「それは……」
ロンメルが口を開いて、すぐに閉じた。他の三人は、未だに動揺が隠せていない。
ネイベルもリンにこんな態度を取られると、どう反応して良いのか分からなかった。
「ケト王族の末裔を探して、イスト国内の不安を排除して、恐らく今後訪れる他の王国でも、ネイベルは同じ事をするわよ。そしてマトージュの封印までやれ、だなんて。あんまりだわ」
「それは……そうかもしれません。考えが甘かったと思います」
カドが謝罪の言葉を口にした。
なるほど、ネイベルはようやく理解した。リンは怒っているのだ。それも、恐らく相当の怒りを感じている様に思える。
「リン、でもこれは、俺が自分からやりたいと思う事でもあるんだ」
パッとこちらを振り返ったリンの表情が、一瞬で崩れた。
妖艶な雰囲気など微塵も感じられない。
そこにあるのは、ただ、ただ、一人の女性が悲嘆に暮れて、瞳に涙をためている姿だった。
「落ち着いた?」
ネイベルはそっと彼女に声をかける。
「うん、ありがとう」
弱っているんだろう。なんだか調子もおかしい。
叱責される形となったロンメルやカド達は、そわそわした様子を隠しきれていない。
結局、あのままリンは、その場に座り込んで、声を殺しながら泣き始めてしまった。
どうする事も出来ず、そのまま一緒になって座っている。
「その、ネイベル様……我々は、少し重荷を――」
カドが意を決して話しかけてきた。
「いや、良いんだ。俺にはダンジョンの中で、ゆっくり自分自身と対話する時間があったからね。これはもう決めた事なんだ」
それに笑顔で応える。
リンの表情には、やはり一瞬だけ影が差しているのを、ネイベルは見逃さなかった。
「リンに心配してもらえるだけで、俺は嬉しいよ。絶対、幸せにするから」
思わずそう言ってから、しまった、と思った。
今度はカドの表情が少し曇った。
これではまるで――。
「ふふっ、少し元気が出たわ。ありがとうネイベル」
約束したわよ、と言って彼女は涙をそっとぬぐった。
ネイベルの心が痛む。自分は一体どうしたいのだろう。
そんな事を考えていると、極僅かな違和感が、風にのって肌を撫でていった気がした。
「何か、心が落ち着かない」
ネイベルは思わずそう呟く。
「そりゃそうだろうよ」
アルが口角を僅かに上げて、ネイベルとリンとカドを見比べながらそう言った。
「おや……」
ロンメルだけが、ネイベルと同じ違和感を覚えたのかもしれない。小さな声をあげた。
だんだんと違和感が大きくなってきている。
「何かおかしくないか?」
すると、カドが何かに気づいた様な声を上げる。
「ネ、ネイベル様、これはもしや」
そう言われて、はっとした。
まさか、とは思うが――燦々会が追撃をしてきたのではないだろうか。
川を上って逃げたとなれば、その先に貧民街があるのは、地図を見れば誰にでも分かる事だ。
加えて王都に住まう人間にとって、こんな街はどうでも良いという思いもあるだろう。
「追っ手かもしれない。すぐに戻ろう」
そう言うと、ネイベルを先頭にして、全員で小屋へと急いだ。
活動報告にも少し書きましたが、今月末くらいまで、毎日更新が止まるかもしれません。
完結までの大まかなプロットは完成していますが、雑な内容で投稿したくない為、そうするべきだと判断したからです。長編を綺麗に完結させる難しさを初めて知って、信じられないくらい筆が進みません。
ネタバレはしませんが、後味の悪い終わり方には絶対にしません。追いかけて下さっている方が、満足して読み終えてもらえるような最後にしたつもりです。
なるべく更新は頑張りますが、書きたい短編もありますので、気持ちをすっきりさせたりする予定です。
少し更新が滞るかもしれないので、一応後書きにお知らせとして残しておきます。




