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興奮と冷静のあいだ

「おぃ! そっちだ! 敵がいるから気をつけろや!」


「あっはっは! 大丈夫だ! 俺は無敵だからな! 全く問題ない!」


 カルーダは、このソーマという男をいまいち理解し切れないでいた。


「あ、あぁ、そうかよ。それじゃあ火を点けようとしてる奴らは頼んだぜ!」


 俺は敵を追い払っておくからよ、と言ってカルーダは一気に駆け出した。


「あぁ! 仕方ないな! じじぃがどうしてもって言うからよ!」


 背後からはそんな声が聞こえる。


 カルーダは、何故だか自分でも分からないうちに、少し口角が上がってしまった。






「ふぅ、とりあえず無駄な交戦は控えろって話だったからな。そっちはどうだ」


 カルーダは、地図を見ながら現在地を確認している。


「あ、カルーダさん。お疲れ様です。こいつら、カドさんが言ってた幻梅香ってやつのアレですよ」


 ソーマの冒険者パーティの男がそう言った。この男は確か後衛だったはずだ。


 彼らが意識を奪うそばから、どんどんと起き上がって行く。二十人以上はいるようだ。


 その時カルーダは、視界に映った物を認識すると、一気に頭が沸騰しそうになった。


「おいっ! それに触れるな!」


「えっ、この魔道具ですか?」


「間に合ったか。あぶねぇ。それは魔道具じゃねぇよ、呪具ってやつだ」


 二人の反応はイマイチ危険性を理解していないようなものだった。


「いいか、これに触れるとな、普通の人間は一瞬で意識を持って行かれる。あいつらと同じ様になるって事だ。絶対に触るな」


「は、はい……」


 少し語気が強かったかもしれない。彼らを萎縮させてしまった。


 カルーダは、涙を流しながら震えていたミネルヴァの姿が、未だに脳裏へ焼き付いて離れないでいた。


 一つ深呼吸をすると、冷静に指示をだす。


「おぃ、岩の柱を出せるか? 燃えない奴なら岩でも何でも良いんだが」


「は、はい。出来ます」


 後衛の男が、指示された場所へ魔力を込めていく。


「よし、それじゃあお前は、一時的に意識を奪った奴から順番に、これで柱へ繋いでおけ」


 敵を捕まえる為の縄だったが、もうここで使ってしまう事にした。


 そこまで指示を出し終えると、ソーマの方を見る。


「あーっはっは! ケツを出せ! お前、そこでケツを出せや!」


 全力で楽しんでいる様だ。


「――はぁ、あいつは良いや。好きにさせておくか」


 ソーマ以外の二人は、比較的まともだし話も通じる。


 それだけに、この二人が何故あの男に付いているのか、カルーダには少し疑問だった。


「お、出来たか。なかなかやるじゃねぇか」


 カルーダの目の前には、頑丈そうな茶色い岩の柱がそびえ立っている。高さは人が二人分くらいって所だろう。


 ネイベルの魔法を見慣れているので、当然物足りないのだが、十分の出来だ。


「よし、ここらへんの奴を纏めたら、あの馬鹿の方にいくぞ。倒れているやつを引きずって、ここに集めるんだ」






 そうして何箇所かを回った頃に、カルーダの鼻の頭へ雨粒が落ちて、弾けた。


「あ、カルーダさん! 雨ですよ! 消火作業が随分と楽になりますね」


 後衛の男は限界が近そうだったので、これは恵みの雨となるだろう。


 そしてカルーダは、上空を覆い尽くした雨雲を見つめながら呟いた。


「こりゃ、とんでもねぇな」


 











「カルロスさん、次はあの辺りが激しく燃え上がってます!」


「あいよぅ!」


 ショウの頭の中には、しっかりと地図が入っているので、カルロス達を先導する役目をしている。


 そして消火作業の手際を見ながら、真銀級パーティの実力を、改めて実感していた。


 特にカルロスは、個人の実力だけで言えば、十分にダンジョンで活躍出来るとカルーダが認めていた。ショウが魔力抜きで一対一の模擬戦をすると、半分も勝てない。


「ほら、そこにいるの、起き上がるよ!」


「あいよー」


「おい、黒いのは触るなってショウが言ってたろ!」


「ああ、分かってるって。それより、縄を持ってきてくれー」


「ああいいぜ、ちょっと待ってろ」


 カルロス以外の三人も、連携がしっかり取れている。そこに百戦錬磨の指揮官が加わっているのだ。遅れを取るわけがない。


「ショウ君、終わったよぅ。次、行こうか」


「はい!」






 そうやってショウ達は淡々と消火作業を繰り返し、いくつかの地点に狂人を纏めていった。


 すると上空に太い紫光が伸びていき、雲がものすごい勢いで広がっていく。


 やがてポツポツと、雨粒が降り注ぎ始めた。


「うぉお! カルロスさん、これは運が良かったですね!」


「大雨が期待出来そうですよ!」


「あの光は……?」


 口々に彼らがそう言う中で、カルロスだけは何やら思案している。


 ショウも、この光景は少し都合が良すぎると思った。それに、人間が作り出せる雨雲だとは到底考えられない。


 不気味な雨雲から落ちる雨粒は、なぜか少し、心をざわつかせた。











 ネイベルの心は激しく昂る一方で、冷静であり落ち着いていた。


 相反する感情がせめぎ合い、とても不思議な感覚だ。以前にも似たような気持ちになった事があるが、その時よりも心地良さを感じる。


 目を開かずとも、自身の練り上げた魔力が、周囲にどんどんと広がっていくのが分かる。


 そしてこの膨大な魔力に、自分の想いを乗せていく。


 幻梅香の影響を受け狂人となってしまう原因は、他人の魔力が、壊れた理性の隙間に潜んでいるからだ。


 

 ――それならば、その魔力を吸い取ってしまえば良い。


 

 ネイベルはそう考えた。


 必死にイメージを固めて練り上げた魔力は、この貧民街の広がる森全土に降り注ぐだろう。


 それだけの想いを込め切ったという、確かな自信がある。



 ――俺が絶対に君たちを解放してみせる。



 ネイベルは、しっかり目を開けると、上方を見据え、両手を空へと掲げた。


 うぞうぞと揺れていた紫炎は、もはやはっきりと意思を持っている様だ。


 ブワッと一陣の風が吹きすさび、四方へと走っていった。


 すると腰のやかんは激しく明滅し、紫炎が一気に天へと駆け上る。


 妖しい光が周辺一帯を満たしながら、上空には雨雲がどんどんと広がっていく。


 体から魔力がどんどんと抜けていくに従って、雨雲は信じられない程の大きさにまで育っていった。


「あはは……」


 ネイベルは、確かな手ごたえを感じる。


 まだ微かに傷跡が残る額に、一粒の水滴が落ちてきて、小さく跳ねた。











 もう十分だ、と判断したネイベルは、そっと下ろした自分の両手を見つめる。


 集中を深めれば深めるほど、魔力に自らの意思が乗っていく気がする。


「なんか、随分とうまく出来た気がする」


 思わずそう呟いてしまうと、駆け寄ってきたリン達に笑顔で頷かれた。ちょっとした気恥ずかしさを感じる。


「あんたね、とんでもないわよ。分かっていたけど、とんでもないわね」

 

 ミネルヴァは、彼女らしからぬ言葉選びをしながら、ネイベルを笑顔でほめている。


「見て、ネイベル。狂人達が、着火をしなくなったの。意識も完全に奪えたわ」


 そちらを見ると、ぐったりと横たわる人間が何人もいた。何者かによる催眠の効果は、どうやら上手に解けた様だ。


「うまくいく、という手ごたえはあったんだ。それくらい、上手に出来たという自覚があった」


 ネイベルは、まだ少し興奮している。そして冷静な気持ちが、自分自身を良くやった、とほめている。


「リンさんの言う事が、ようやく分かりましたよ。やばいですね」


 キャミィがボンを連れて、しみじみと頷いていた。


 ふわふわの茶色い髪が、雨に打たれて、少ししっとりとしている。


「どんどんと雨脚が強くなってきたわね」


 リンが上空を見上げながら、そう言った。


 大木の陰にいるので、そう濡れる事はないのだが、確かに地面を叩く音が大きくなっている。


 時折吹く風は、耳元を撫でる吐息の様に、湿り気を帯びている。


「そういえば、全員分の呪具を持って来ておいたわ」


「ああ、ありがとう」


 危険な物なので、すぐにやかんへと収納をする。


 するとリンの横で、ミネルヴァが森の奥を見つめながら、心配そうな表情を浮かべているのが目に入った。


「カルーダ達はどうしてるかしらね」


「問題ないよ、きっとうまくやってるさ」






 しばらく大木の陰で待っていると、ロンメル達が最初に合流してきた。


 ここを合流地点としているので、カルーダ達はしばらく時間がかかるだろう。


「ネイベル様、ただいま戻りました」


「ああ、お疲れ様」


 カドに笑顔で答える。


 しかし、何やら不穏な気配がした。彼女の顔色が、あまり良くない。


「何かあったみたいだね」


 すると、やや間を置いて、ロンメルが答えた。


「いえ、何もなかったのです」


「え、どういう事?」


 アルが暗い顔をしながら後に続く。


「消火を後回しにして、必死に貧民街の住人を探したんだけどよ。どこにもな、いなかったんだよ。ただの一人も、な」




ちょっと視点の移動多すぎたかな。


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