描かれた化け物達
建物の中は、少し埃っぽい空気が充満している。
「だめだ、窓を開けよう。空気を入れ替えないと、落ち着いて話も出来やしない」
ネイベルの言葉を聞いた面々が、備え付けられた窓を全開にしていく。
その度に、情けない叫び声がする。きっと金具が錆びているのだろう。
「盟主さん、部屋割りはどうするんだぃ?」
カルロスが隣に近づいてきて、そう尋ねてきたので、ネイベルは少し笑いながら答えた。
「する必要がないんだ。ちょっと寒いから、みんな暖炉のそばに集まってよ」
窓を開け放った建物の中は、冷えた空気が澱みを吹き飛ばしている。
少し緩んでいた雰囲気も、一気に引き締まった。
「よし、とりあえず日が落ちる前に始めよう」
――カッカッカ
ボンはキャミィに連れられて、行儀良く座っている。あんな姿は初めて見るので、ネイベルは少し驚いた。
――現在の日時は2月10日17時だ。
フウロの街を出てから一月程をかけて、周辺の村をまわりながらゆっくりと王都まで来た。
とは言っても、ネイベル達は全員が戦闘員とも言えるほど、しっかりと鍛えているので、恐らくかなり早い旅路であっただろう。
「ひとまず、現在の俺達には情報が不足しすぎている」
ネイベルはそう切り出した。
「ウィングさん達からもらった情報にも、燦々会の事は書いていなかった。フウロまで情報が届かないような裏の組織なのかもしれない。カド達も知らないくらいだから、最近出来た可能性もある」
そこで一旦区切ると、全員の顔をうかがった。
するとリンが、何かに気づいたようにネイベルへと質問をする。
「そういえば、そのカドはどこにいるのかしら」
「ああ、彼女には少し特別な事を任せてあるので、今は別行動だ。アルもそっちに付いている」
そうなのね、と言って、リンは少し瞳を揺らしながら、切ない表情をこちらへ向けてくる。
ネイベルの心が、なぜかチクリと痛んだ。
「ロンメルさんと話し合った結果、アルにとっても良い機会だから、カドのそばについて勉強してくる様に伝えてあるんだ。彼女達には、コトの追跡と貧民街の調査を任せてある」
ネイベルは、落ち着かない感情を一旦棚に上げると、話を続ける。
「そしてこの建物についてだが、当然罠だろう。しかし、あえて踏み込もうと思う。そこから相手の思惑や、手駒、他にも色々な事が知れると考えている」
「まぁ、この地形じゃあな。罠ですって言ってるようなもんだろ」
カルーダの言う通りだ。この建物の背後は見晴らしの良い荒地になっており、奥へ歩くと、幅の広くて深い川が流れている。
その川は、建物を挟み込む様に二つの支流へ分岐しており、この建物へ踏み入るには、入り口前方の陸地から歩いてくる他ない。
つまり、ここは陸の孤島のような状態なのだ。
「それで、どう動くつもりだぃ」
カルロスが朗らかに、しかし鋭い視線を向けてくる。周辺の調査が終わって、建物の中へと戻ってきた所だ。
「別に大した事はしないよ。普通に戦うだけさ」
「お前がどうしてもっていうなら、従ってやっても良いけどな?」
ソーマが大きな声でそう言うと、全員が苦笑いする。
初めはその偉そうな態度で、皆から少し距離を取られていたが、最近では何だかんだと受け入れられつつある。
「ああ、頼むよ。俺達に休む時間を与える理由もないだろうからね、きっと今晩すぐに攻めて来るよ」
そしてネイベルは、細かい陣形や、万が一の時の退路について、全員と詰めていった。
「それじゃあ今日の動きはそれで良いとして、残りの時間は私から少し話があるわ」
ミネルヴァがそう言って、全員の注目をさらっていく。
「あの絵巻物についてだけど――書かれている魔獣や怪物は、全て実在する可能性が高いわ。その存在や危険性を後世へ伝える為に、ああして遺されたのでしょうね」
ネイベル達は特に驚きもしなかったのだが、カルロス達にとっては未だに信じられない様だ。
鍛錬の合間に、カルーダが色々な冒険譚を聞かせてやった様だが、初めは緊張をほぐすための冗談だと思われていたらしい。
そもそもカルーダ本人が、地下にある王国出身だという話でさえ、最後まで半信半疑だった冒険者もいたくらいだ。
「俺が確認した限りでは、書かれていた化け物は、スルーレ、プシーラ、雷鳥、それに屋敷の罠かな、と思わされる物があったね」
ネイベルが記憶を手繰りながら、丁寧に確認を取ると、ミネルヴァも同意する様に話を引き継いだ。
「ええ、そうね。やかんを用いた儀式の様子も描かれていたけど、あれは何巻か集めて本当の意味が分かる類の物かもしれないわ」
「なるほど、それもそうか」
文字がなかったし、絵だけでは不完全だという事だろうか。
「そ、その……今あがった名前って、全部が御伽噺とか神話になっている怪物なんだけど――」
キャミィがそう言うと、付いてきた冒険者組は全員が頷いている。
「それにガルガッド王国の話なんてしたら、ひどく馬鹿にされて笑われるよ」
あれは希望の灯火で盾役を務めていた人だ。
「全部真実よ」
リンが真顔でそう言った。
「鍛錬の間にした話の内容は、全て真実なのよ」
彼らは少し狼狽した様子を見せたが、やがてゆっくりと、その意味を飲み込んでいった。
「それで、いくつか分からない内容の物があったのよ」
ミネルヴァが頃合を見計らって、話を続ける。
「この二つを見て頂戴」
広げて見せた絵巻物は、全員で見るには少し小さかった。
「ああ、ミネルヴァ。俺が拡大するよ」
ネイベルは地面に指輪を向けて、ミネルヴァが選んだ巻物を映し出しす。
「ずいぶんとその宝具も出世したよなぁ」
カルーダが嬉しそうにそう言った。
「えっ!」
――冒険者組は全員が息を呑んでいる。
「盟主さん、それは魔道具じゃなくて宝具だったのかぃ?」
カルロスが取り繕った様な笑顔を浮かべて、聞いてくる。
まわりの人間は、皆聞き入るようにネイベルを見つめている。
「あ、ああ。そうだけど……言ってなかったっけ」
サーッと周囲の熱が引いていくのが分かる。
宝具を個人で所有する人間は、現代にもそれなりに居るのではないか、という話だったのだが――。
「はっはっは、ネイベルよ、どうしても俺に渡したければ、もらってやらない事もないぞ! 仕方ないからなぁ!」
ソーマだけはいつも元気だ。
「これはとても大切な宝具なんだ。だからだめだよ」
やっぱりネイベルは、この男の一風変わった性格が好きだと思った。
「さて、こいつらだけど」
地面に映された絵巻物には、顔が雪狼で、雪虎の牙が生えており、全身が茶色の毛むくじゃらの化け物が描かれていた。首から下は人間の形に近い。
一方で、並べて映し出したもう片方の絵巻物には、背中から蝙蝠を思わせる黒い羽が左右へ大きく伸びた、赤い目をした化け物が描かれている。どうやら空中に浮いている様だ。
気取った服なんかを着たりして、こちらは完全に人間の姿をしている。
「どっちも見た事ねぇな」
カルーダがそう呟くと、全員が顔を見合わせながら、なにやら小声で雑談をし始めた。
「ですが、名前はかなり有名ですね。こっちの毛むくじゃら、こいつはアロンドと言われています。人間を食らう為に村や街を襲い続けましたが、退治しようとしても、誰一人として適わなかったと伝えられています」
ロンメルの言葉に全員が耳を傾け、時折頷いている。
「こちらの空を飛んでいるものは、ナイトバロンという通り名が有名です。一見すると上品な紳士に見えるのですが、闇に紛れ人里に下りて来ては、血を吸ってまわるという話が有名ですな」
「さすがにロンメルは詳しいわね」
ミネルヴァが笑顔を向けると、恐縮です、とロンメルは頭を下げていた。
「小さい頃に色々と言い聞かされて育ちましたね。悪い事をすると、アロンドに食われるとか」
「俺らの街では、夜遅くまで起きていると、バロンに血を吸われるぞ、とかいう話が多かったな」
希望の灯火と、英雄の一撃の冒険者同士が、そうやって雑談をしている。
そう言われてみると、ネイベルも聞き覚えがあるような気がしてきた。
「それで、ネイベル」
ミネルヴァが呼ぶので、思考を打ち切ってそちらを見る。
「たぶん、こういった絵巻物は他の王国にもあるでしょうから、見てまわるのが良いんじゃないかしら」
「ミネルヴァが知りたいだけじゃないの?」
「違うわよ」
「本当に?」
「当然じゃない」
視線をそらしたミネルヴァの、美しい横顔を見ながらもネイベルは、結局そうするべきなんだろうな、と思った。
「ネイベル様」
ショウが耳打ちしてくる。
結局、なかなか攻め入ってこないので、窓を閉めて暖炉のまわりで各々が雑談をしたり、横になって休んだりしている。
「ん、ついに来たかな」
ショウにも休む様に言ったのだが、彼は落ち着かないからといって、周囲の警戒にあたっていた。
「はい。松明の明かりが遠方に見えております。そして、川の上に木片を浮かべながら、誘眠香も炊いている様です」
「ああ、この建物って少し隙間があるもんね」
建物全体を風魔法で覆っているので、全く意味がない事なのだが、こちらの行動を伺っているのだろう。
「さっきした話し合いの通り、わざと囲まれてから動こう」
「ですが、少し不穏な気配も感じます」
ショウがそう言うのなら、何かあるかもしれない。
「ふむ……それじゃあ、少し早いけど作戦を実行に移そうか」
ネイベルはそう言うと、全員に声をかけて、準備を始める様に言った。
準備万端です。




