僥倖
新しい章になります。
「ちょっと、放しなさいよ!」
ミネルヴァが衛兵に腕をつかまれている。
現在ネイベル達は、王都の正門前で取調べを受けている所だ。
「おい、おめぇ! 女に手を上げるなんて正気かよ!」
カルーダが憤慨している。
「フン。王国の薬缶と、その同盟に所属する者は捕らえておけ、というお達しでな。これも仕事だ」
衛兵はそう言って、ネイベル達を連行しようとする。
「カド、これはどうにもさ」
「ええ、事前に想定していた中でも、かなり悪い状況の様ですね」
ネイベル達は、こういった可能性も、一応頭の中に入れてはいた。
ただ、王女が所属するパーティを、こうも簡単に連行するだなんて思わなかった。なので、これは想定していた中でも、最悪に近い状況だ。
「ここは退くべきでしょうな」
ロンメルがそう提案する。
「馬鹿か。俺達は捕らえろと命令を受けているんだ。それにもう囲まれているんだぞ。周りを見てみろ」
衛兵がそう言って、気持ちの悪い笑みを浮かべる。
「おぃ! ネイベル!」
カルーダはミネルヴァを捕まえている衛兵を、今にも叩き潰しそうな顔をしている。
「だめだ。ここは戦うべきじゃない。周囲に無関係の人が多すぎる」
衛兵達は、ネイベル達を中心にして、円状にまわりを囲っている。そしてさらに距離を取った上で、その外側を野次馬が囲う、という形になっている。
「盟主さんよ、そうは言っても、これを一体どうするんだぃ」
一緒に付いて来た、希望の灯火のリーダーであるカルロスが、お手上げじゃないか、と言わんばかりの物言いをする。
「おい! どうしてもっていうなら、俺が暴れてやってもいいぞ! お前がどうしてもって言うならな!」
ついでに付いて来たこの男は、英雄の一撃のリーダーであるソーマだ。
「まあ、大丈夫。ちょっと待ってて」
ネイベルは一呼吸で魔力を練り上げると、右手を天に掲げた。
衛兵達は、ザッと槍を構える。戦闘行為とみなされた様だ。
瞬時に野次馬へ影響の出ない範囲を確認すると、そのまま右手を握り締める。
――眠れ。
「あら?」
緋色の戦士のリーダー、キャミィが首を傾げた。
甲高い音がして、次々と地面へ槍が落ちていく。
すると、そのまま衛兵達は、膝を折るようにして倒れていった。
「フン、本当ならぶん殴ってやる所だが、ネイベルに免じて勘弁してやろう」
そういうとカルーダは、ミネルヴァを強引に胸に抱き入れ、捕らえていた衛兵の腹を蹴り飛ばした。
「勘弁してやるんじゃなかったのかよ」
そう突っ込んだネイベルを無視して、ズンズンと来た道を戻っていく。
「まあいいや。みんなも一旦戻ろう」
後ろを振り返ってそう言うと、付いて来た同盟パーティの面々が、固まったまま動かない。
「だから言ったでしょう。例えカルーダでも、直接対決じゃネイベルには勝てないのよ。やっと信じてもらえたわね」
リンが笑顔で彼らに語りかける。
そういえば、何度か一緒に鍛錬をしたけれど、基礎の基礎みたいな事ばかり丁寧にしていたので、こういった魔法は見せるのが初めてだったかもしれない。
「ほら、騒ぎになる前に行くよ」
両手を打って乾いた音を響かせると、彼らは目を覚ましたように、ブツブツと何か呟きながら動き始めた。
「この国の連中は狂ってやがる」
簡単に女へ手をあげるなんてよ! と言ってカルーダはまだ怒っている。女、というよりも、対象がミネルヴァだったからじゃないか、とネイベルはこっそり思っている。
「どうしてアルの肩書きが使えなかったのかしら」
リンが首を傾げている。
「ビソウ様か、イザヨイ様か。もしくは他の勢力かもしれませんが、事前に手を回されたようですな」
「じぃの言う事もそうですが、周辺の街々でアル様の人気は異常に高まっています。警戒されたのでしょう」
二人の答えを聞いても、まだ納得できないようだ。
「それでも王女なのよ?」
「だからじゃないかな」
ネイベルは少し口を挟んだ。
「上二人の姉は嫁いでしまって、継承権を放棄しているって話だから、尚更、万が一のためにアルを手元に確保しておきたかったんだろう」
「それだけで済めばいいけど、色々思惑が絡んでそうで面倒ね」
ミネルヴァはため息をつきながら、そう言った。
王都の門から大分離れた雑木林の中で、ネイベル達はこれからの事を相談している。
「おい、何か変な奴が来たぞ」
外を警戒中のソーマが、何者かの来訪を知らせに来た。
「誰だろう? 通してくれる?」
ややあって通されたのは、少し薄汚い男だった。
灰色のボロを被っており、お世辞にも綺麗だとは言えない。
「ああ。貧民街の住人だね?」
「ええ、そうですぜ、旦那」
カルロスは何か知っている様だ。
「貧民街?」
ネイベルは思わずそう口走ってしまう。
「王都はなかなか暮らしていくには厳しい面もあってね。貧しい人達は、少し離れた所に街を作って暮らしているのさ」
カルロスがそう答えると、ミネルヴァが興味津々といった風に、彼へ質問攻撃を始めた。
それを横目に見ながら、ボロの男に話しかける。
「それで、何か用か?」
「えぇ。あっしはコトと言います。皆さんは王国の薬缶というパーティと、その同盟者で間違いはありませんね?」
「ああ、そうだ」
ぐふふ、と笑いながら、彼は話を続ける。
「実はとある筋の方達が、皆さんの為に、今晩の宿を用意してくれましてね。私はそちらへ案内するように、と頼まれたんですよ」
両手を合わせて揉みながら、彼は欠けた歯を見せる。
「へぇ、そうかよ。またそりゃ胡散臭ぇ話だな」
カルーダは全く信用していない様だ。
「そうか、助かるよ。コト、といったか。案内してくれ」
「んあ! おめぇ正気かよ、ネイベル」
「少し考えた方が良いんじゃないかしら」
カルーダとリンが慌てて止めてくるが、ネイベルにだって考えくらいある。
「いやこれで良いんだ。むしろ僥倖ってやつさ」
そう言って笑顔を返した。
それなりの距離を歩いた先に、目的の建物はあった。
少し見た目は古そうだが、中を確認したカルロス達によれば、十分使える範囲だそうだ。
結局、希望の灯火から四人、英雄の一撃から三人、緋色の戦士からはキャミィ一人が一緒について来ている。
ボンを入れて十七人の大所帯となったネイベル達は、移動するにも寝泊りするにも、それなりの場所を必要とする様になっていた。
「助かったよ。誰からの援助だったんだろうね」
ネイベルはそっとボロの男に話しかける。
「いえ、私の口からはとてもとても……」
白金貨を弾いて、彼に握らせる。
「は……はああ!?」
「俺はね、平和主義者なんだ」
ネイベルは、にっこりと笑う。
「そ、そうですよね、へへ。――実は、燦々会のダジって男から頼まれましてね」
男はそういって下卑た笑いを浮かべた。
周囲の顔を見渡しても、全員が首を横に振る。どうやら知られていない組織の様だ。
ネイベルは、さらに白金貨を弾く。
「へへ……へ?」
男は呆然としている。
「その燦々会って組織とダジって男について、知っている事を教えてくれ」
「へ、へい。燦々会は、最近王都で勢力を伸ばしているって話は聞きますぜ。国の中枢にも食い込んでいるとか何とか。噂話なんで、どこまで真実かはちょっと分かりませんがね」
気味の悪い笑顔を浮かべながら、男はそう言った。
「ダジって男に関しては?」
「へぇ。燦々会でそこそこの幹部らしいですぜ。貧民街との繋ぎ役だとか。腹の出た浅黒い男ですわ。白髪交じりの赤茶色の髪なんで目立つと思いますぜ」
「そうか。助かるよ。ついでと言っては何だけど――何時の予定か分かるか?」
「へ?」
男は、虚を衝かれた様で、返答に困っている。
「いや、知らないなら良いんだ。君も十分に気を付けた方が良い。しばらくはどこかに身を隠すなり何なりしなよ。それだけのお金は渡した。義理は果たしたよ」
ネイベルはそれだけ言うと、周囲の警戒をソーマ達からカルロス達へと交代する様に告げて、全員に建物の中へ入るように言った。
読み返してて、ネーミングセンスに絶望するけどもうあきらめた。




