冒険者組合
ネイベルは目を覚ました。
徐々に意識が覚醒していく。
昨夜のうちに別れを済ませたネイベル達は、まだ陽も上がり切らない中で、マリー達がアパドへと向かうのを、改めて見送った。
そのまま色々な思いを胸に、再び気持ちよく寝入ったのだった。
「ふぁ……早いね、カルーダ」
一人部屋も空いていたのだが、結局カルーダと二人部屋で眠ることになった。
放っておくと、また酒浸りになりそうだから、というのが理由だ。
ただ、床に転がる空き瓶を見るに、どうやらネイベルは任された仕事を完遂する事が出来なかったらしい。
ミネルヴァの怒った顔やため息を吐き出す姿が、容易に想像できる。
「あぁ、起こしちまったか。すまねぇな」
カルーダは、武器の手入れをしていたようだ。
良く見ると、ネイベルの棍棒も手入れしてくれたらしい。
「あ、なんかごめん。俺の分まで」
「良いんだ。俺だって武器や防具をいじるのが嫌いなわけじゃねぇからな」
そう言って少し照れたような笑いを浮かべている。
ミネルヴァは、きっとこの表情に弱いんだろうな、なんて事を考えながら、ネイベルも出発の準備を始めた。
「遅いわよ。それにお酒の匂いが少しするわね」
案の定、ミネルヴァにキツい目で睨まれてしまった。
「ご、ごめん。つい、気持ちよく寝入ってしまって……」
「良いじゃねぇか、酒くらいよ。俺はこれくらいが普通だ」
開き直ったカルーダは、あごに生えた無精ひげを手で触っている。
ミネルヴァは、腰に手を当てながら、大きなため息をついた。
「今日はボンさんも一緒ですな」
――カッカッカ
そうなのだ。今日は冒険者証を無理やり作るために、ボンさんにも久しぶりに、やかんから出てきてもらっている。
「それでは、行きましょう」
カドの先導にしたがって、全員で冒険者組合の建物を目指して歩きはじめた。
道すがら、リンが話しかけてくる。
「防具はしばらくおあずけよね」
どうもロンメルとカドの話を聞く所によると、腕の良い職人はこの街にもいる様なのだが、王都の方にはもっと特別な職人がいるという。
「あの二人のお勧めだからね。全員分の防具を拵えてもらおう。リンとミネルヴァも、一緒に作ろうよ」
横からミネルヴァが会話に入ってくる。
「それほど立派なものでなくても良いわ。上品なものがないか、みんなで相談したりしたのよ」
きっとあの夜の事だろう。そんな話までしていたのか、とネイベルは思った。
「王都にいったら防具が出来るまで時間がかかりそうだからね。その間に色々とやれそうな事をやろう」
「そうね、またみんなで街を一緒に見て回りましょう。きっと楽しいと思うわ」
リンはそう言って、笑顔を振りました。ミネルヴァも浮かれた雰囲気を隠せていない。新しい知識を仕入れるのに貪欲だから、さぞ嬉しいだろう。
きっとカドやショウが、王都についたら振り回されるのだろう。そんな光景を思い浮かべていると、どうやら到着したようだ。
「ここです」
カドの声で全員が立ち止まる。
怪物の素材を売却した所と同じ位か、それ以上に大きい建物が目の前にあった。
入り口はとても大きく、据え付けられた鉄の扉は、開きっぱなしになっている。
それに建物全体が金属で覆われている様だ。かなり珍しい。
全体的に白っぽい色合いであり、装飾は最低限に抑えられている。
外から見ると、二階部分はぐるっと一周、人間が歩いて回れるような構造になっている。
「なんか、小さい砦? みたいな感じじゃない?」
ネイベルの何気ない呟きを、ロンメルが拾ってくれた。
「そうですね。街に危険が迫った際には、ここが避難場所になるので間違いではありませんよ。正面からでは分かりにくいですが、奥側にも同じ位の空間が確保してあり、平時は訓練場として開放してあります」
「ほぉ、そうかよ。良い事だな」
カルーダは、いつもみんなの安全に関わる事にうるさい。
「そうね。それにこれは変わった材質の壁よね」
リンが壁を触りながらカドに尋ねている。ネイベルには少し心当たりがあった。
「魔鉄じゃないかしら」
ミネルヴァがカドとロンメルの顔を見ながら答える。
「ええ、その通りです。おそらく回復系統の魔法を混ぜているのでしょう。かなりのお金がかかっていますね」
カドの答えは、ネイベルの想定通りだった。魔力を帯びた鉄は、武器や防具でもたまに見掛ける。ネイベルも扱った事がある。
「随分と羽振りが良いんだな」
「お金を落とす冒険者が多いので、この街はダンジョンに生かされているとも言えるでしょうね」
「それもそれで何だか不思議な感覚だ」
カルーダとロンメルがそのまま雑談を始めそうだったので、ネイベルは中へ入る様に促した。
「さ、早く用事を済ませてしまおう」
内部は太い柱が所々にあって、飲食の出来る酒場と、とても大きい掲示板、椅子と机が置かれた場所などが目につく。
ぱっと見るだけでも数十人はいるだろう。酒場で飲み食いをしていたり、机を囲んで楽しそうに雑談をしていたり、様々だ。
「すごい活気ね」
「予想以上だね」
リンと言葉をかわしながら、受付へと向かう。
ここまでボンさんは、無言で付いて来ている。少しずつ賢くなっている気がする。
「では、登録などの庶務はこちらの列です」
カドに促されて、全員はそちらへ進む。
ネイベルの左側には、四つの窓口が並んでおり、それぞれで冒険者の対応をしている。
この列だけは、人が少ない。すぐに順番は回ってくるだろう。
「登録料は一人金貨三枚です。ショウに売却額の上乗せ分を受け取りにいってもらいましたので、そこから出しますが宜しいですか?」
「ああ、カドに任せるよ」
「承知致しました。冒険者としての格付けが上がると、色々な恩恵もありますが、ひとまずは金貨三枚で身分を買うといった感覚で大丈夫です」
「ネイベル、金貨三枚って結構高いんじゃないの?」
大丈夫? と言って、リンが少し不安そうな顔をする。
「そうだなあ、大体、一般庶民が一月暮らすのにそれくらいが必要だって言われているよ」
色々条件はあるけどね、とネイベルは答える。
「少しずつ覚えないといけないわね」
そう言ってリンは右手を握り締め、真面目な表情をしている。
目に入れても痛くない。それくらい可愛い。これはもはや芸術と言っても過言ではない。
「ちょっと、ネイベル。順番が来てるわよ」
ミネルヴァが邪魔をする。
「わ、分かってるよ」
「ご用件をお伺い致します」
受付は、細めの眼鏡を掛けた金髪の女性だ。肩に掛かるくらいの髪は、綺麗に切り揃えられている。
白いシャツにはシワ一つすらなく、氷の様な冷たい瞳をしている。なんだかちょっと怖い雰囲気だ。
「あ、あの、冒険さとうろ……」
ネイベルは噛んでしまった。
「冒険者登録ですね。では横の机に筆記用具がありますので、こちらの用紙に必要事項を記入して下さい。お一人様につき、登録料として金貨三枚を頂戴致します」
詳しい事はこちらを、といって同時に冊子も手渡された。
ネイベルがダンジョンに入った頃よりも上等な紙で出来ている気がする。
文明の発展速度に置いていかれた気分がして、なぜか少し焦燥感にかられた。十年以上という時間は、やはり重たい。
「では、記入を済ませた方から、こちらの魔道具に魔力を流して下さい」
ネイベルがぼけっとしているうちに、全員さっさと記入を済ませた様だ。
リンとミネルヴァはご神体そのものであるのだが、登録出来るのだろうか。
「ほら、あんたもさっさとしなさいよ。あんたが遅いから、ボンさんの分はカドが書いてくれたわよ」
ミネルヴァに急かされて、ネイベルも慌てて空欄を埋めていく。
名前、性別、年齢、出身地、それだけでいいみたいだ。
「ネイベル? みんな終わったわよ」
リンの声を聞いたネイベルは、大急ぎで書きあげた用紙を持って、魔道具の方へ向かった。
「おぉ、なんか不思議な色だな」
カルーダは受付の女性の言う通りにして、魔道具へ魔力を流すと、冒険者証がほんのり赤く光った。
「御自身の魔力で、この鉄板に紋章を刻むのです。これが出来ないと、そもそも冒険者にはなれないのですよ」
「へぇ、そうかよ。その文字の色で特性みたいなモンも分かるって寸法か」
「あら、詳しいのね。それに初めての登録にしては、随分と貫禄があるわ」
彼女は少し砕けた雰囲気で笑いかけた。ただ、目元は笑っていない気がする。
「おぅ、鍛え抜いてあるぜ」
「冒険者登録もなく、その年まで、どうやってそこまで鍛えたのでしょう」
カルーダを見つめる彼女の瞳は、やはり冷たかった。
「お、おぅ……」
「ほら、後がつかえているのよ。金貨三枚払ったら、あっちの机で待っていて頂戴」
ミネルヴァがカルーダを押しのけるようにして、魔道具へと魔力を注いでいる。
興味津々で、他の事はどうでも良いみたいだ。食い入る様に、一連の流れを凝視している。
彼女の冒険者証は、銀色に光った。
登録作業は淡々と進んでいく。
「では次の方、用紙と登録料をお願いします」
ネイベルの順番だ。
「ネイベル・ティボル……? 男性、三十六歳、ヲム王国のエンカ……と。――はい、それではこちらへ魔力を注いで下さい」
何やらブツブツと言いながら確認をしている。
つい本名を書いてしまったが、大丈夫だろうか。急いでいて、頭が回らなかった。
そしてネイベルは、誤魔化す様にそのまま魔力を注いだ。
「なっ紫……」
受付の女性は少し驚いた後に、小さく呟いた。
冒険者証の下の方に、紫色の紋章が刻まれていく。
ネイベルには見覚えがある。少し形が簡略化されているが、これはやかんの紋章に非常に近い。
「……完了しました。冊子を読んでも不明な点などがあれば、また質問にいらしてください。では次の方――」
ネイベルは出来上がった冒険者証を受け取った。一部に魔鉄を使ったものだろう。銅貨と同じ色をしている。
「ボンさん、ここに魔力を注いでください。あっ、ボンさん、こっちです」
カドの声が後ろから聞こえてくる。苦労しているようだ。
「よし、全員終わったな」
ボンが無事登録できたのを見たネイベルは、これからは苦労しないで済みそうだと思った。
恐らくその場にいた全員が同じ事を考えただろう。良かった、と。
完全に油断していた。
「あっ! ちょっと! ボンさん!」
――カッカッカ
ネイベルが僅かに目を離した隙に、建物の太い柱へ頭突きをしている。
――まずい!
何か魔法が掛けられていたようだ。
何回か頭突きをした後に、ボンは弾き飛ばされてしまった。
ネイベルの背中に冷や汗が大量に溢れ出す。
ボンを覆っていた布地が、ふわりと舞い上がった。
ボンさんの秘められたボディが衆目に晒される事に!




