隠された想い
大金持ちになったネイベルは、その日の夜に、宿で一番広い部屋に集まるよう仲間全員に声をかけた。
カドには多すぎると言われたが、既に白金貨を一枚を払っているので、この宿は当分の間ずっとネイベル達が貸し切りで使える。
「さて、全員集まったかな」
ボンさんはやかんの中だが、ネイベルを入れて全員で十三人の大所帯だ。
普段は十人以上が雑魚寝するだけの大部屋らしいが、やや手狭に感じる。
「全員に報告する必要があると思ってね。カド、お願い」
はい、と言ってカドが話し始めた。
ネイベルが部屋の端にある椅子に座って、他の人間は全員が思い思いに床へ座っている。
「では、始めます。今日の昼に、雪狼と雪虎の売却を行いました。売却額はそれぞれ一体あたり、狼が金貨二十五枚、虎は金貨五十枚です。アパド側の凍土と違って、深層の固体は毛並みや大きさも違いますから、相当の上積みを勝ち取っています」
男性陣が、特に二人の兄弟が、大きな声で賑やかす。
「ヒューッ! 最高だ! これで大金持ちだ!」
「ウォォォォ! 頑張った甲斐があったぜぇ」
マリーとアルは、それを笑いながら見ている。
その近くでは、ジンとホワイトが驚きを交えながら静かに言葉をかわしている。
「それにしても凄まじいな。雪狼なんてアパドの倍以上じゃないか」
「そう考えると、雪虎は少し安い位に感じてしまうな」
「何体くらい捌けたんだろうな」
マリーがこちらを見てくる。
分配について心配しているのかな、と思ったネイベルは、カドに話を進めるよう視線を送った。
カドが静かに頷いて、一つ咳をしてから、周りを見渡して話を続ける。
「状態が良い物はさらに上積みされるので、前金として追加分で白金貨が一枚、残りは明朝また受け取りに行きます。とりあえず、宿の主人に払った分を差し引いても、手元に白金貨だけで七十五枚も残る事になりました」
一瞬で部屋が静かになる。
全員が首をひねりながらカドを見ている。
「ほっほ、随分な金額になりましたな」
ロンメルだけが愉快そうに笑った。
それを聞いて、全員が喜びの声をさらに爆発させた。
「ネイベルさん! 俺達にも分けてもらえるんですよね?」
「本当にそんなに売れたんですか?」
ライズとセットの兄弟は大喜びしている。しかし、これだけの大金だから仕方ないかもしれない。
ネイベルは苦笑いをしながら、もちろんしっかり分けるよ、と言った。
それを聞いた彼らは、各々がやりたい事を語りだす。
「みんな喜んでいるわね」
リンが隣に来て話しかけてきた。
「ああ、お金のために頑張ったわけじゃないけどさ、これも努力が報われる姿の一つかなって」
「格好つけてるんじゃないわよ」
ミネルヴァがニヤニヤしながら突っ込んできた。
「でも、幸せを分かち合えるのは、やっぱりうれしいよ」
ネイベルが弾む様な声でそう言うと、喜ぶ仲間達を見渡して、やっぱりミネルヴァは笑った。
「ええ、その通りだと思うわ」
彼女の横顔を見ながらネイベルは、この笑顔も頑張った結果の一つかな、と思った。
「よし、それじゃあ喜びを語り合うのも良いけど、やっぱり現物がないとね」
待ってました! と言わんばかりに全員の視線が集中する。
「掛けた命に大小は無いと思う。だから、このお金は完全に分割したいと思っている。特に雪狼と雪虎は、全員で頑張って戦ったからね」
ネイベルがそう言うと、彼らはショウを見た。
彼が一番大活躍をしたのだ。
「僕もそれで問題ありません。全員の努力の結果です」
「お前は! ただのお坊ちゃんじゃねぇと俺は思ってたぜ!」
「お前は本当に良い奴だ。俺も信じていた」
ショウの答えを聞いた途端、彼の肩に手を回しながら、ライズとセットがすかさず絡みにいく。
全員が笑顔だ。冒険を続けて築き上げた信頼もあるだろうが、昨日の一夜が、彼らの仲をさらに近づけたのは間違いないだろう。
お酒は人と人を繋げる魔法の薬だ。
「ネイベル様はそれで宜しいのですか?」
マリーがそう尋ねてきた。
「ああ、問題ないよ。そもそもやかんにはまだ、大量に怪物が残っているんだ。全部売ったら一生使い切れないお金になるよ」
ネイベルがそう答えると、アルが笑いながら突っ込んできた。
「オレでも言った事のねぇ台詞だぜ」
それを聞いた全員は、また大笑いをするのだった。
結局、白金貨七十五枚を十三人で分割すると、一人あたり六枚となった。
足らない分は、ネイベルからのご祝儀だという事にしてある。
大部屋の興奮が十分に収まってきた頃合で、マリー組が真剣なまなざしになってネイベルの前に集まり始めた。
「ん、どうした?」
マリーが、ジンやホワイト、兄弟の顔を見渡すと、全員が頷き返した。
そして一斉に床へと膝をつく。
「ネイベル様。お伝えしたい事が御座います」
中心にいるマリーの瞳が、ネイベルを鋭く見据えている。
随分とかしこまっているし、きっと何かを決断したに違いない。
ネイベルも、一つ息を吸って心を落ち着けると、ゆっくりと返事をする。
「ああ、聞こう」
マリーは一度目を伏せて、はっきりと言った。
「私達は、アパドへ戻ろうと思います」
なるほど、とネイベルは思った。
十分にお金も稼げたし、力もつけた。
それに本来の目的も……。
――あれ、彼女達の本来の目的は何だったか。
「全員で相談も致しました。これからネイベル様は、大陸中を回りながら歴史を伝え、紡ぎ、マトージュを封印するのだとか」
「ああ、そのつもりだよ」
随分と上手に短くまとめたものだ。これからは、この言い回しを使おうとネイベルは思った。
「私達が受けた恩を返せるとすれば、それはアパドにいらした時になると思います。ですから、再びアパドに戻り、しっかりと王国を掌握して参ります」
なんか、とんでもない事を言い出した。アパドを掌握するらしい。
ちょっと待ってほしいとネイベルは思っている。そもそも本来は、ただのしがない商人なのだが……。
リンやミネルヴァ、そしてカルーダの顔を見る。
全員が何やら難しい顔をしている。
しかし、マリー達の決意は堅いようだ。瞳の中に見える意思の様なものが、一切揺らがない。
「分かったよ。マリー、それにジンとホワイト、ライズとセット、みんな今まで本当にありがとう。アパドに行った時にはまた会えると良いな」
「はい。どうかアパドにいらした時には、是非ともお声を掛けて下さい。全員が、命に代えても、受けた恩はお返ししたいと考えております」
そういって、全員が深く頭を下げると、ゆっくり立ち上がった。
マリーは少し表情を崩してネイベルに話しかける。
「あの鞭は、ネイベル様が再びアパドを訪ねて下さる日までお預け致します。明朝、出立致します」
「そっか。随分と早いから少し寂しいね」
ネイベルがそう言うと、マリーの顔にも少し影が差した。
「お世話になりっぱなしでは、全員が納得いかないと言っております。そして、それは私の想いそのものだったりするのです」
これほど別れが辛いのは初めてかもしれない。
「それではネイベル様、私達の預けていた荷物を、全て出して頂いても宜しいですか?」
ジンとホワイトが、マリー組の荷物を受け取りたいと申し出てきた。
「ああ、もちろんだよ。二人で運べる?」
「ええ、ホワイトが居れば二人でなんとか」
ジンがそういうと、ホワイトも顔を縦に振った。
するとマリーが、ネイベルの耳に口を近づける。
「ネイベル様、イストは影法師が裏社会を牛耳っているはずです。伝え聞くには、代表の女は氷の様に冷徹だとか。十分にお気をつけ下さい」
残り香が、名残惜しいように、鼻奥へ触れた。
それでは、といって頭を下げる彼らに、各々が声を掛け、手を握り、背中を叩く。
出会いと別れは、この世の常だ。
随分とあっさりした別れ方な気がするが、これが正しいのかもしれない。
少し不思議な熱を持った部屋の中が、徐々に冷えていく。
「あいつらは、あいつらの選択をしたって事だ」
カルーダがそう呟いた。
「私達も、やれる事をやるべきよ」
ミネルヴァがそう言う。
「明日からも忙しいわよ、ネイベル! アパドにまで私達の活躍が届く様に、頑張りましょう」
リンがネイベルにそう言うと、カドとショウも大きく頷いた。
「アパドで荷解きをした時に、一体どんな顔をするのか。それを見られない事だけが心残りですな」
ロンメルがそう言うと、全員がいたずらっぽく笑った。
ネイベル達は、受け取った売却金の全てを、彼らの荷物の奥深くへと隠したのだ。
つまり彼らの荷物には、白金貨が七十五枚分も纏められている。
「きっと上手に使ってくれるよ」
ネイベルがそう言うと、全員は確かに頷いて、やがてそれぞれの部屋へと戻っていった。
こっそり忍ばせる想い。
なるべく丁寧に推敲しながら、物語中のバランスなんかも考えていますけど、おかしい部分があったらこっそり教えて下さい。




