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仲間達との宴

「がっはっは」


「ちょっとあんた、ほどほどにしておきなさいよ」


「本当に久しぶりなんだ、今日ぐれぇ良いじゃねぇか」


「でも飲みすぎは――あ、ちょっと、私はこんなに飲まないわよ! やめなさい!」


「カルーダ殿、なかなかの飲みっぷりですな。はっはっは」


「じぃ、体の事をもう少し考えてください……」


「今日だけだよ、明日からは節制するから。友と喜びを分かち合う、こんな幸せは久しぶりでね。カドも皆さんと一緒に楽しんできなさい」


 カルーダとロンメルは、先ほどからグイグイとワインを飲んでいる。


 ミネルヴァとカドの制止も振り切って、随分と出来上がっている。


 机の上には、蒸し鶏やスープ、シチュー、パンなどのさっぱりとした食べ物と、チーズや漬物、何かの練り物だろうか、他にもお酒に合いそうな料理が並んでいる。


 その隣には、とても大きな肉の塊のような料理……料理なのだろうか、豪快な一品が存在感を放っている。どうやら削ぎ落として食べるようだ。


 肉とつけ合わせの野菜を食べながら、ネイベルも楽しくお酒を飲んでいる。


 口から流し込むワインは、喉を潤しながら胃へと流れ込み、焼けるような熱が思考を奪っていく。


 蜂蜜酒、エール、果実酒も色々と揃っているし、今晩はゆっくりと楽しめそうだ。


「ネイベル様も、結構飲めるんですね! こっちのやつも意外とイケますよ!」


 なんだかいつもより砕けた口調のショウが、顔を赤らめて笑顔で話しかけてくる。


「あ、そうだ! ネイベル様! 怪物のアレ、どうするんです?」


「良い触媒になりそうなものがありましたよね」


 あっちで男同士語り合いましょうよ、なんて言いながら、ライズとセットに手を引かれ、みんなの輪に加わっていく。


「わかった、わかったから! お前らもちょっと落ち着けよ。酒は逃げないって」


「甘いですよ、ネイベル様。カルーダ様達を見て下さい。逃げなくても消えますよ!」


 ジンがそう言って指差す先には、怪物二人が楽しそうに飲み比べをしている姿があった。ミネルヴァとカドは、きっと制御を諦めたのだろう。






 各々が好きなように酒を楽しみ、雑談は弾んでいく。


 禁酒生活が長かったのもあるだろう。男性陣は、全員が一緒になって楽しんでいる。ショウに作ってもらったお金は、宿の主に全て渡してしまった。そのおかげで、今日はほとんど貸し切り状態となっている。


 カルーダは、先頭に立って浴びるように飲み続けていた。


 その隣にいるロンメルも、普段の雰囲気とはガラッと変わって、笑顔がはじけている。


 お金はいくらでも都合がつくだろうとは言え、どれだけ飲む気なのだろうか。


 少し距離を置いた机では、リン、ミネルヴァ、アルプーリ、マリー、カドの女性陣が、笑顔を交えながら楽しそうに会話をしている。


 何を話しているのだろうか、ネイベルはちょっとだけ気になった。


 気持ちよく酔いが回ってきた様だ。


 少し離れた所から、楽しそうな宿の様子を眺めている。この時間はきっと、自分が求めていた幸せな瞬間に違いない、とネイベルは思った。


 地上で商人をしていた時は、これほど楽しくお酒を飲めた記憶があまりない。何か下心があるのではないか、だまされるのではないか、そうやって疑心暗鬼になっていた。


 拠点を作らず街から街へと移動をしていたので、心から笑い合える仲間もそれほど出来なかった。故郷のエンカにいる友人達の顔も、少しモヤがかかっている有様だ。


 気の置けない仲間達と笑い合って飲む酒が、これほどまでに美味しいものだと初めて知った。


 彼らの熱気にあてられて、少し感情が揺れているのを感じる。


 溢れた想いはそのまま、瞳から零れ落ちていった。






「愉快な人達ですね」


 ひょろりとした外見の男性が、笑顔で話しかけてきた。


 僅かに残っていた、この宿で長期に渡り生活をしている人だ。


 ネイベルは目元を拭う。


「なんだかすみません、急にこの様な状態になってしまって」


「いえ、良いんですよ。私も楽しく飲ませて頂いています」


 迷惑をかけるので、宿に残っている人の食事と酒代は、当然ネイベル達が持つことになっている。


「どうぞ遠慮しないで、好きなだけ楽しんで下さい」


 笑顔でそう返す。


「では、お言葉に甘えて」


 そう言うと、机の上に乱雑に置かれた酒を、美味しそうに口へと運んでいく。


 洗練された動きだ。気品も感じられるし、淀みがない。


 上流階級の人だろうか。いや、しかしこの宿はそれほど高いわけでもない。


 それに、隙のない雰囲気が気になる。


「失礼ですが、冒険者の方ですか?」


 ネイベルは、思わず聞いてしまった。初対面でいきなり聞くには、少し失礼だったかもしれない。


 酔いが回っていたネイベルだったが、さすがにこれは失敗したと思った。


「人々に希望を与える、という意味では近いかもしれません。フウロの街は活動しやすいですからね」


 すると彼は、嫌な顔もせずに答えてくれた。この街はフウロという名前らしい。


「あなたは何を?」


 彼が上品な口調で、ネイベルに尋ねて来る。


「ニワカ冒険者といった所でしょうか。もとは商人なんですけどね」


 少し砕けた感じで笑いを誘う。


「はっはっは、そうでしたか。いやはや、商人出身の冒険者というのは、なかなか珍しいですな」


 そう言って、彼は優しく笑う。


「色々ありましてね。今日は少し、めでたい日でして。こうやって仲間で楽しんでいるのです」


 あれだけ苦労をしたダンジョンから、ようやく生還できたのだ。記念すべき日だ。それにネイベルの誕生日でもある。


 今から思えば、草原で全員を起こした後に、ゆっくりと時間を使うように訓練などをしていたのは、少し怪しい。


 恐らく、外に出る日時を調整するためだったのではないか、と思う。


「それは良い事ですな。仲間と飲む酒というのは、格別に美味いでしょう」


 彼は頷きながら、そう言った。


「ええ、本当に」


 ネイベルは心から同意している。こんなに愉快な日は、生まれて初めてだった。


 それきり彼は無言になった。


 しかし嫌な空気が流れるわけでもなく、どうしてか心地よく時間が流れている気がする。


 入り口から吹き込んでくる夜の風が冷たくて心地良い。


 伸びた影は、いつまでも楽しそうに踊っている。


 やかんは妖しく光り続けていた。






 ネイベルは、賑やかな宿の一階を眺めながらウトウトしている。


 すると、少し目を細めながら、彼が話しかけてきた。


「あそこの女性……彼女達もお仲間ですよね?」


「ええ、そうですよ。全員、気の良いやつらです」


「ふむ……あの黒髪、短髪、背丈、ただ雰囲気は少し、いや大きく変わられたようだが、アルプーリ様ではないでしょうか」


 彼はちらりとこちらを見た。


 ネイベルは、一瞬で意識が覚醒していく。


 本当の事を言うべきではない気がしたので、ごまかそうとした。


「いえ、彼女はただの――」


「それに、隣にいるのは狂宴ですか」


 彼が呟くのを聞いて、背筋が冷える。

 

「どこでその名前を?」


 そう聞いてから、これでは認めたようなものだ、と後悔した。


 アルプーリは王女だ。知っていてもおかしくはない。


 しかし、マリーは別だ。裏の世界で活動を続けており、顔はあまり割れていないとロンメルが言っていた。


「あとの二人の美女は、見覚えがありませんが……」


 一体、この男性は何者なんだろう。


「あなたは一体――」


 すると彼は、口を大きく歪ませながら、不気味な笑顔を浮かべた。


「申し遅れました……私の名前はジャック。この大陸の人々へ、命を吹き込むお手伝いをさせて頂いております」


 ネイベルは、その表情を見てぞっとしてしまった。それに言っている事も意味が分からない。


 人形に笑顔をはりつけた様な、無機質な恐ろしさを感じる。


「命を吹き込むとは一体どういう事でしょう」


「なに、そのままの意味ですよ」


 カルーダ達は、酔いつぶれていたり、騒いでいたりして、ネイベルとジャックに気がついていない。


 リン達も会話に花が咲いているのだろう、周囲に気を配る気配がない。


 自分達を包む空気だけが異様なのを理解すると、相手が只者ではないことを悟った。


「楽しい宴の邪魔をするのは無粋ですね。本日はご挨拶まで、ということで」


「ちょっと、待って!」


 少し大きな声を出すと、さすがにこちらへ気づいた者も何人かいるようだ。


 ジャックは丁寧にお辞儀をすると、そのまま夜の闇の中へ溶けていった。


 




「ネイベル、どうしたの?」


 リンが少し心配そうに声をかけてきた。


 どうしよう、話すべきだろうか。怪しい気配しかしなかったが、直接危害を加えられたわけでもない。


 冷静に考えてみれば、裏社会で生き抜いてきたマリーだからこそ、逆にああいった手合いと顔なじみでも、おかしくない……のかもしれない。


「いや、ちょっと変わった人でね。別に大きな問題があったわけじゃないよ」


 ひとまず、笑顔を浮かべてごまかすことにした。


「そう、それなら良いのだけど」


 リンはそう言ってこちらを振り向きつつ、元の机に戻っていく。


 それを見た男性陣の一部も、再び熱気の中へと包まれていった。



 ――あのお辞儀には見覚えがあるぞ。



 ネイベルは、頭の中を整理しながら、ゆっくりと考えをまとめていく。


 入り口から吹き込む風は、さきほどよりずっと冷えている気がする。


 夜の闇に飲み込まれないように、ワインを一気に飲み干すと、ネイベルはそのまま思考の海へと沈んでいった。




正体不明の男が去っていくと、いよいよ楽しかった宴も終わりです。

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