高鳴る胸の鼓動
ネイベルは目が覚めた。
徐々に意識が覚醒していく。
どうやら、気が付かないうちに、ぐっすりと眠ってしまった様だ。
ダンジョンの中だというのに、まるで地上にいるかの様に、夜があけている。
最後は何をしていたっけ、とネイベルが思案していると、背後から声がかけられた。
「おはよう、ネイベル」
そう言って、リンがこちらに笑顔を向けてくれた。
ああ、今日もとびきり美しい。
独り占めしたい衝動にかられ、胸が高鳴って鼓動が早鐘を打つ。
「ああ、おはよう、リン」
「昨日は良く眠れたかしら?」
リンは、少し目元が晴れている気がする。
「うん、ぐっすり眠ってしまったみたい。何か寝言とか言ってなかった?」
ネイベルは笑いながら彼女に尋ねる。
「ええ、言っていたわよ」
「えっ! うそだ! なんて言ってた?」
「リンが大好きだーって叫んでいたわ」
彼女はそう言うと、左手を口元に添えて、上品に笑った。
「なんだ、冗談かあ。驚かさないでよ。あまりにも良く寝ていたみたいで、記憶がないんだ」
「そうね、あっという間に寝入ってしまったから――私はちょっと退屈だったわ」
いたずらっぽくそう言うと、流し目をちらりと送ってくる。
良かった、いつも通りのリンみたいだ。
「そっか、目元が腫れている気がしたから、ちょっと心配していたんだ。何か変な事を言ったりしたんじゃないかってさ」
リンはネイベルに背を向けながら、片付けをし始めた。
「ネイベルはいつだって変な事ばっかり言ってるわよ」
そう言って、彼女は再びコロコロと笑っている。
ネイベルも、それを聞いて笑顔になった。
「そんな事よりネイベル、そろそろ時間じゃないかしら」
「え?」
「屋敷の罠よ。あなたがカルーダ達に意地悪したんでしょう」
リンは、覚えていないの? と言ってこちらを振り返り、首をかしげている。
「そう言えば、そうだった!」
ネイベルは昨日の事を鮮明に思い出した。
今日はやけに頭が爽快だ。何か、モヤが取れたような気がする。
「それじゃあ、もう少し離れた所から高みの見物でもしよう」
「ふふっ、怒られても知らないんだから」
ネイベルは、少し距離がある所まで歩いていくと、その辺りに木材を並べて簡易的な椅子を作った。
リンはまだ火の後始末をしているようだ。
ずっとしゃがみながら、火かき棒で灰をいじっている。
大陸中を探しても、いや、きっと歴史上を遡っても、オリハルコンを火かき棒がわりに使った人なんていないだろう。
「それにしても、昨夜は何時くらいに寝たんだろう」
カルーダ達を屋敷に送った後からの記憶がいまいち思い出せない。
頭は爽快なのに、その時点から先の記憶だけはあやふやだ。
思ったよりも疲れていたという事だろう。
リンがこちらへ歩いてきた。
「何か物音がしたから、そろそろ始まるわよ」
「どうしてだろう、すごいワクワクする」
「本当に意地悪なんだから」
そんな会話を続けながら、ふたりで屋敷の様子を眺めていた。
ネイベル達の視界にあったお墓の土が、急に盛り上がり始めた。
「どういう理屈かっていうのは、考えたらだめなんだろうな」
そう言って横を見る。
リンは、ぼーっとしている。
「リン?」
「え? あ、ごめんなさい――ちょっと昔を思い出しちゃって」
そう言われたネイベルも、当時の光景を記憶の海から探り出していく。
寝室に乗り込んできた骨兵士達を、必死の思いで振り切り外へ出たら、何倍もの骨兵士達が視界に入ってきたのだ。
絶望なんていう言葉では生温い、純粋な恐怖であった。
お墓からは、黒鉄の骨兵士が出てきた。
そのまま、列を成してのそのそと屋敷へと歩いてく。
「こうやって集まっていたんだなあ」
視界中にあるお墓から、それぞれ骨兵士達が生まれている。
改めてみると、尋常じゃない数だ。数百はいるだろう。
「なんだかちょっと気持ち悪いわね。ボンさんはあんなに可愛いのに」
確かに、とネイベルは思った。
「そういえばボンさんは大丈夫かな。あっち側にいるけど」
「カルーダのそばにいれば安全よ」
「それもそうか」
屋敷の周りを骨兵士達が囲んでいる。
いよいよ始まるようだ。
屋敷の扉が乱暴に開いたのが見える。
先頭はカルーダだ! 後続の仲間に指示を出している。
全員がそれに従って、円陣をくみはじめ――。
「あら」
リンが笑った。
「言っても聞かないんだ、本当に」
ネイベルも笑った。
視界には、楽しそうに棍棒を振り回すボンさんが映っている。
緋色に輝く美しい体は、遠くからでも強烈にその存在感を放っていた。
カルーダが額に手を当てて大笑いしている。
「なんだか随分と余裕そうね」
「あの面子じゃそうなるか」
ロンメルとカドが、即座にボンさんの周りにいる敵を打ち払い始めた。
カルーダは殿を務めるようだ。
肩にはミネルヴァを抱えている。
彼女は、カルーダの頭に全力で抱き付いている。
「ボンさんが戦いやすいように、周囲の敵を綺麗にしてるんだろうけど……手際が鮮やか過ぎるよ」
「ロンメルとカドも、どこか楽しそうに見えるわ」
そういってリンは、優しい顔で彼らを見ていた。
「全員、敵から棍棒を奪って、逆用してるし……」
「あら、本当ね」
リンはクスッと笑った。
屋敷の前では、数百もいた骨兵士達が全滅しそうな勢いでドンドンと減っている。
実際はボンさんが、好き放題に場を荒らしているだけなのだが、周囲がそれを完璧にお膳立てしている。
前方はロンメルとカドが、素晴らしい連携で敵を殲滅している。
カルーダに至っては、肩にミネルヴァを担ぎながら、後方の敵を片手で豪快になぎ払っていた。
そしてボンさんは、縦横無尽に駆け回っている。とても楽しそうだ。
「はあ、なんだかあっという間だったね。俺は何も出来ずに無様に叩きのめされたというのに」
「今のネイベルなら一人で全て処理出来るじゃない。それも一瞬でやっちゃうわよ、きっと」
リンが慰めてくれるのだが、何だか逆に心に刺さる。
「そうだけどさ、もうちょっと慌ててくれたら良かったのに」
「楽しそうだし、これはこれで良いのよ、きっと」
そう言って笑いかけてくれた。
なんだか今日は、いつもよりリンの笑顔が多い気がする。
「まだみんな起きそうもないし、明日からは交代で一人ずつ退治するのはどうかしらね」
それ面白そうだね、と言ってネイベルは立ち上がった。
「行こうか、もう全滅だ」
「がっはっは」
カルーダが大声で笑っている。
数百体もいた骨兵士を全て片付けた後に、そのままボンさんを放置していたら――。
「せっかく小さくて可愛かったのに、なんだか随分と大きくなったわね」
ミネルヴァがそう言ってボンさん見上げている。
「ネイベルくらいの背丈はあるんじゃねぇか」
「そうですな。怪物を倒す度に進化しているようで、まったく不思議なものです」
ロンメルの言葉に、カドも頷いている。
――カッカッカ。
知らない人が見たら、卒倒しそうな存在感がある。
緋色の輝きはそのままに、大柄な人間と同じ背丈くらいまで大きくなり、茶色い頭髪が生えている。
「とりあえずこれからの事を相談しましょ」
ミネルヴァの提案で、全員が車座になって話し合いを始めた。
その結果ネイベル達は、交代しながら屋敷の罠で遊びつつ、周囲の探索を進めていく事になった。
「さて、いよいよ暇だな」
ネイベルはあくびをしている。
――現在の日時は、6月7日12時だ。
「リン様、そろそろ半年経ちますが、その……」
カドはそう言って、リンに様子を尋ねる。
きっとショウが心配なのだろう。
「うーん、何人かはもう目覚めそうなのだけれど……この調子だと、みんな一斉に目が覚めそうね」
「思ったより時間が掛かってんな」
「リン様のお話では、その分だけ魔力量があがるとか。ならば良い事の方が多いでしょうな。彼らはまだ若い」
一人を除いては、と言ってロンメルとカルーダは顔を見合わせて、大声で笑った。
「全く……馬鹿な事ばっかり言うんだから。それよりネイベル、どうするの?」
ミネルヴァが腰に手を当ててため息をつきながら、尋ねてきた。
この数ヶ月、鳥の小屋の罠も見つけ、屋敷の罠と併せて毎日全員で交代しながら鍛錬を続けている。
ボンさんは大きくなってからというもの、いよいよネイベルを凌ぐほどの力を身に付けつつあった。
カルーダが楽しそうに、毎日飽きもせず徹底的に技術を仕込んでいる。
そうやって暇をつぶしながらも、先日ついに、上層へと至る階段を壁際に見つけたのだ。
現在はその周囲で、各々が好きなように過ごしている。
「うーん……そろそろ第一層、つまり地上に繋がる階層でしょ? 一緒にあがりたかったけど」
「でも、ギリギリまで魔力量を増やしてあげたいっていうのもあるわよ」
リンがそう言う。
「どこで目を覚ましても一緒でしょう。おそらく目覚めたばかりの彼らでさえ、この屋敷の罠は単独で突破できると思います」
ロンメルの話を聞いて、ネイベルは決断を下した。
「それもそうか、それじゃあ何だか締まらないけど……上層への階段を進もう」
「カルーダ! いくわよ!」
ミネルヴァが大声で叫ぶ。
彼はボンを思いっきり吹き飛ばすと、額の汗を拭って手を振ってきた。
「はぁ、ほんとにもう……」
そう言いながら小さく息を吐き出したミネルヴァは、信じられないくらい優しい笑みを浮かべる様になっていた。
「ネイベルは、地上に戻ったらまずは服を買わないとだめね」
リンが隣に来て笑顔で言った。
「はは、確かに。スターラビットの革も十分長持ちしてくれたけどなあ」
彼女はネイベルの心を奪うような満面の笑みで頷くのだった。
「カルーダ! 置いて行くよ!」
彼に声をかけると、ネイベル達は全員で上層へと歩みを進めていった。
――大丈夫だ、全てうまく行っている。
死に物狂いで鍛錬を続け、少しずつ実力をつけながら、一歩一歩確実に進んできた。
ついに地上が目前に迫っているのを実感したネイベルは、期待で胸が高鳴っていた。
ボンさんが強くなる!
各々が、様々な想いを抱えたまま、一歩一歩階段を上っていきます。




