死ぬ気になれば何でも出来る
ネイベル達は新雪の上を黙々と歩きながら、相変わらず三日三晩の進軍と、一日休みの行程を繰り返していた。
この空間の凍土は一切吹雪く事がなく、はらはらと雪が舞い続けるだけだ。
気温の低下ぶりも、少し穏やかな様に感じている。
それに炎土と凍土は、怪物が弱めなのかもしれない。大物を探していないからそう感じるだけだろうか。
いずれにせよ、ネイベルやカルーダが手を出すこともなく、訓練中の人間だけで余裕をもって対応が出来ている。
「いよぉし! 雪狼はオレ一人で大丈夫だったな」
鋭く振りぬいた霊木刀は、狼達の骨を砕き、命を刈り取っていった。
「アルさんは、普段補助に回ることが多いですもんね」
ライズがそう言いながら、怪物の亡骸を一箇所にまとめている。
「そ、そりゃお前あれだよ、ジンはやっぱりすげーからな」
そっぽを向きながらそう言ったアルを見ながら、セットは苦笑いを浮かべていた。
「さっさとネイベルさんの所に持っていきましょう。地上に帰ったら分けてもらえるって話ですから。楽しみですね」
「お、おう。そうだな!」
アルは慌ててそう言いながらも、運ばれていく怪物の亡骸を見ている。
「それにしても、雪狼の群れを単独で狩りきれる日が来るとはなぁ」
「お兄様達も驚かれるでしょうね」
カドがそう労うと、アルの笑顔に少し影が差した。
「別に今更それはどうでもいいだろうが」
膨れた彼女を見ながら、カドは少し微笑んでいた。
「ネイベルさん! 前方に強そうな怪物を見つけました」
ライズが少し興奮しながら報告してくる。
「どんな見た目だった?」
「何だか、毛むくじゃらでしたよ。初めて見ました」
「周りに大量の雪狼と雪虎が控えています」
セットも補足するように報告を入れてくれる。
ふむ、とネイベルは思案する。
「ひとまず、もうお前達が手も足も出ないという怪物は少ないだろうしな、戦ってみるか」
おお、やった、という声が広がる。
ネイベルには少し考えがあった。
「ネイベルさん、ここです」
大きな雪山のふもとにある、広い雪原のど真ん中に、数百匹は超えるだろう雪狼と雪虎が確認出来た。
「それぞれが群れを作るのは理解出来るけど、それが一緒になって同じ場所にいるっていうのはさっぱり理解が出来ないわね」
ミネルヴァがそう言って前方を見ている。
「中央にいる毛むくじゃらのあいつが統率しているのかもしれないね」
雪狼や雪虎は、全身が輝く様な銀色をした毛並みをしている。しかし中央の一匹だけは、かなり様子が違っている。
茶色くてゴワゴワとした毛並み、体躯は他の固体の三倍はありそうだ。鼻が長く、湾曲した長い牙が生えており、そもそも狼や虎とは種類が違う気がする。
「俺も初めて見るな」
ネイベルはそう呟くと、他の面々を見渡す。
「地上にいる、象と呼ばれる動物に似ている気が致します」
ロンメルは、茶色の怪物を見ながらそう言った。
ネイベルは、困った時のミネルヴァだ、と彼女に視線をやる。
「何よ、私にだって分からない事くらいあるわ。確かに象に似ているけど、象はあんな毛むくじゃらじゃないのよ」
ミネルヴァは少しだけ不機嫌になりながら、そう言った。
「でも足は短けぇし、あんまり機敏な動きをするでもなさそうだ。周りの雑魚を蹴散らせば問題ないだろう」
「…………」
みんな無言になっている。
「あんたね、びびらせてどうするのよ。みんな萎縮しちゃったじゃない。雑魚だってあれだけいれば危険度は上がるのよ?」
「そ、そうかよ。悪かったな」
カルーダは決まりが悪そうに彼らへ謝罪する。
「数が多ければ、私の出番も増えるわね。今度こそ最後まで残るのよ!」
そんな空気を振り払うように、マリーは全員を鼓舞する。やる気みたいだ。
「まあ危なくなったら助太刀するから。とりあえず今回はね、中央にショウを据えるよ。左右にジンとアル、ホワイトとライズとセット、この布陣でいく」
「ええっ!」
ショウが慌ててこちらを振り返る。
「ショウ、君も殻を破るんだ。君の見ている景色は、少し窮屈だと思うよ」
「倒れても構いません。全力を出し切りなさい」
カドがそういって、ショウに長剣を手渡す。
「じぃからです」
ロンメルは少し厳しい顔をしている。
「これを……はい、やってみます」
ショウはつばを飲み込み、剣を腰に据えた。
「あの、ネイベル? 私はどうすれば――」
マリーが少し不安そうにネイベルに尋ねる。
「あ、ああそうだったね。マリーは良い位置を自分で探してくれ! 護衛は……ボンさん! 彼ならきっと守ってくれる」
ネイベルは嘘をついた。たぶんボンさんは、戦闘が始まると勝手に駆け出して行くだろう。
「そうね! ボンさんは最近すごいから大丈夫よね」
マリーは優しくボンさんの緋色の頭を撫でながら、何かを吹き込んでいる。
それで制御できたら苦労しないのだ、と少し息を吐き出したネイベルは、全体に号令をかけた。
「今度こそ全滅させて戻ってくるんだ! さあ、行って!」
それぞれが気合を込めた返事をしながら、少し小走りで去っていく。その後を追うように、ショウがゆっくりと中央へと歩みを進めていった。
いつもより、少し背中が大きく見えた。
七人……いや、ボンもいるので八人の戦士達が、怪物の群れに向かっている。
今回は敵の数が多すぎるので、包囲する事は出来ない。向かってくる雪狼や雪虎を、上手に捌きながら撃破していき、最後はあの茶色い怪物を倒すのが目標だ。
恐らくは、敵に包囲される事になるだろう。さらに、ショウは中央で一人きりだ。全てを出しきらないと生き残れない。後方に控えるマリーにも危険が迫るはずだ。
「これで殻を破ってくれたら良いのですが」
カドが不安そうにそう呟く。
「いつまでも弱気なままでは、いざという時に使い物になりません。ショウは才能があるのに、臆病すぎるのです」
ロンメルさんも、残念そうな表情を浮かべている。
「ショウは今回の戦いで変われると思うよ。人間、死ぬ気になれば何でも出来るんだ」
ネイベルが笑顔でそう言うと、リンが少し吹き出した。
「あなたが言うと、説得力が段違いね」
ついに群れの先頭とぶつかった。
両翼から戦闘が始まる。ジンの方には雪虎が、ホワイトの方には雪狼が、大群となって押し寄せていく。
左翼では、アルが補助魔法をかけながら、ジンが黒鉄の剣を振り回している。最低限の魔力しか纏わせていないようだ。恐らく長期戦を覚悟しているのだろう。背後のアルにもなにやら指示を出している。
ジンの振るう剣は、少しカルーダに似ている。剛剣というべきか。力強く振りぬかれた斬撃の後には、血しぶきをあげて複数の亡骸が転がっていく。
脇を抜けた怪物の処理は、アルが担当するようだ。こちらは一刀で命を刈りきれていないものの、細かく連撃を入れる事で対応していた。雪狼よりも固体が少し大きい分、手を焼いている様だ。自身へは補助魔法をかけず、ジンの補助に徹している。
右翼では、ホワイトが自身に補助魔法をかけながら、ライズとセットが誘導して連れてくる狼の処理をしていた。それを見た雪狼の群れは、何十にも層を作りながら彼らを包囲し始めた。無闇に突っ込んで来ない相手に、少し苛立っている様子がうかがえる。
三人で背中合わせになりながら、円陣を組むような隊形になっている所へ、一匹の雪狼が飛び込んでいった。ライズが一刀で首を落とすと、それを合図に、四方八方から一斉に牙を剥いて襲い掛かっている。
戦闘において、一度に複数を相手取り続ける事は、相当に困難を極める。雪狼達は、最初に飛び込む何匹かを犠牲にしつつ、その後の波状攻撃で、一気にけりを付けに来ていた。
ホワイトが少し前にでて棍棒で薙ぎ払いながら、ライズとセットが懸命に処理を続けているが、既に腕や足に複数の牙が食い込んでいるのが見える。
左右の群れが、それぞれの目標を包囲するべく中央へ寄ってきた所で、ショウは剣を鞘から抜いた。
左手には雪虎が、右手には雪狼が、唸り声を上げながら飛び込んでくる。
真っ白な雪原に反射する光を受けて、ショウの持つ剣は青黒く輝きながら、その存在感を見せ付けるようだった。
振り抜かれる度に、怪物達の頭が跳ね上がる。遅れて血しぶきが舞い散っていく頃には、既に距離を取っており、再び飛び込んでくる群れに、返す刀で斬りかかる。
とんでもない切れ味だ。それに足場が悪いのを気にもしていない。しっかりと補助魔法を使えている。
上手に獲物を間引きながら、少しずつ距離を取る。怪物は呼び込まれる様に、一列に固まりだした。常に背後へと意識を持っているのが見て分かる。恐らくショウは、マリーの魔法攻撃を待っているのだ。
何かの合図があったのだろう、さっとショウが道を開けた所に、マリーの凄まじい雷魔法が、轟音と共に捻じ込まれていく。
いくつもの細かい雷閃へと分かれた後は、水面を跳ねる飛び石の様な軽快さをもって、怪物達をまとめて焼き貫いていった。
「しかしネイベルもよ、大概、人が悪いよな」
カルーダが戦いの初動を見てそうぼやく。
「これはもう完全に駄目だ。初動は怪物共の方が賢く立ちまわってる。実力で跳ね返せなければ、これで終わりだ」
「ショウはうまくやったと思うのだけれど」
「まぁ普段から一緒にいる分だけ、ある程度は連携が出来たっていうだけだろうよ」
「あら、結構辛辣なのね」
「世辞を言っても仕方ねぇだろ。事実だ」
「でも、これが俺の望んだ状態なんだ。ここで叩きのめされても、跳ね返しても、どちらでも良い経験になると思うよ」
「命をかける覚悟というやつですな」
ロンメルとカドも頷いている。
そして中央からは、ボンさんが楽しそうに駆け出していた。
ボンさんもちょっと活躍するかも。しないかも。




