心に残っている言葉
「んああああ」
「あががが」
「ヒィッ」
「あ……あぁん」
どれが誰の声だか最早良く分からないが、マリーだけは絶対に楽しんでいるとネイベルは思った。
現在ネイベル達は、大きな溶岩の川を泳ぎ始めた所だ。
真っ赤に溶けた高温の土が、どろどろと流れている。近くにある火山から、延々と流れ出しているのだろう。ずっと異臭もしている。
ネイベルだけは、魔法で作った板を浮かせ、その上に乗っている。万が一にも集中力を切らす事が許されないからだ。
他の人間は、板につかまりながら、全員で溶岩の川を泳いで渡っている。
溶岩の川を渡ると言っても、体表の周りの温度はネイベルが調節しているので問題がない。辛いのは、ドロドロとした溶岩の中で泳ぐ事だ。
手足が重たくて動かない。さらに男性陣は、訓練の為に鎧を外すことを許されていない。信じられないような重さになっている。
自身に補助魔法をかけながら、無理やり体を動かすのだ。適正がない者でも、これくらいは出来ないと話にならない、とロンメルが言っていた。
実の所ネイベルは、ちょっと厳しすぎやしないかと思っていたのだが、全員が黙々と頑張るので、黙っておいた。
炎土では、時折集中豪雨が降り注ぐ。そして雨が止むと、今度は地面から水蒸気が立ち上り、体中をねっとりと包み込んで行く。
気温は下がる事が一切なく、雷と違ってジリジリと肌を焼いていくこの空間は、体力と精神をガリガリと蝕んで行った。
慣れるまでは、全員が相当辛い思いをしている様子だった。
「でもよ、慣れてくると、汗をかきながら怪物退治をするのが快感になってくるよな」
溶岩の中を泳ぎながら、カルーダがミネルヴァに話しかけている。
「それはあんただけよ、本当に馬鹿なんだから」
隣で泳いでいるミネルヴァは、笑顔でそう言った。
「笑い事じゃないですよ。雷の時もそうでしたけど、僕達、本当に辛かったんですから――」
ショウの泣き言を聞いたカドが、ため息をついている。
「アル様をご覧なさい。あの方は良い方向へ変わられている。お前がそんな調子でどうするのです」
いつの間にか、カドもアル様呼ばわりしている。元は何と呼んでいたかな、なんて考えていると、横からロンメルも口を挟んできた。
「ダンジョンで揉まれると精神が鍛えられる、とカルーダ殿はおっしゃっていましたが……アル様は本当にお強くなられた」
ロンメルまでそう呼んでいる。以前は姫様と呼んでいなかっただろうか。
「全員とても頑張っているけれど、確かに一番変わったのはアルかもしれないわね」
リンも肯定している。
「言葉使いはあんまり変わらないけどね」
短髪でやや褐色気味な肌、そばかすの見える強気な顔、豪快な性格に乱暴な言葉使い。
とても一国の王女様とは思えないのだが、確かに彼女にも色々と変化が見えてきたのが、ネイベルにもはっきりと分かっていた。
「なんでこの溶岩の中で、そんな雑談をする余裕があるんですか……」
「僕達だけ厳しくしてたりしませんか……」
今にも死にそうな顔をしながら、ライズとセットが愚痴っている。
「ふふ、しっかり頑張るのよ」
リンは笑顔でそう言った。
「全員いるか?」
カルーダがあたりを見渡しながら人数を確認している。
「じゅうに、じゅうさん……と、ボンさんだな。よし、ネイベル! 全員いるみてぇだ!」
溶岩の川を渡り終えると、遠くに小屋が見えていた。
「上層への階段がまだ見つからねぇが、どうするよ」
地図を見ながらカルーダはそう呟く。
「ここが出発地点で、今がここだから、大体七割程度かな?」
「まぁ、よっぽどへんな形をしてなきゃ、そのくれぇだろうな」
「残りを探索してから戻ってこようか」
「まぁそうだな、そうすっか」
「ねぇ、ネイベル。もう十月の上旬ね」
リンが魔時計を見ながらそう呟く。
「はぁ……俺は一体、ダンジョンの中で何度年齢を重ねて行けばいいんだろうな」
「外に出たら、たくさんお祝いしなくちゃね! ネイベルの事、もっと教えて頂戴ね」
リンの笑顔を見たネイベルは、心が蕩けるようだった。
相変わらず自分の単純さに呆れてしまう。
そう言えば以前に、地上に戻った時に友人達へ何て紹介しよう、なんていう話をした気がする。
本当に妻だと紹介できたらいいのにな、とネイベルは心から思っていた。
「これは運が良かったというべきか、悪かったというべきか」
ネイベル達の目前には、大きな穴のあいた壁が見えている。
「あと少し歩けば一周だったわけだから、考えられる中でも、一番時間を使ってしまう方向に歩き出したというわけね」
ミネルヴァが口に手を当てて少し笑っている。
「まぁ訓練が捗ったおかげで前の空間よりも一周が早かったしな。そういう意味では丁度良かったんじゃねぇか」
現在までの訓練の成果によって、各自が魔法を僅かに纏いながら、自力で活動出来るようにはなっている。ただ、溶岩の川を泳ぐ時だけは、どうしてもネイベルの助けが必要だ。
「ここの魔物は、処理が随分と楽でしたしね」
ジンがそういうと、全員が首を縦に振りながら近くの人間と雑談を始めた。
「まぁおめぇらが強くなったってのもあるだろうな」
「雷鳥やイッカクみたいな存在と、今回は出会わなかったというだけよ。この空間にも強敵はいると思うわ」
「地図は半分も埋まってねぇからな。ただ、今回は急ぎってことで、もう上に行くべきだろう」
ミネルヴァとカルーダの話を聞きながら、地上がどんどんと近づいているという実感が沸いてくる。
それを意識し始めると、少し胸がドキドキする。
「じゃあ上の階層にいくよ」
期待に胸を膨らませながら、ネイベルは一歩を踏み出した。
「何だか、思ったよりも階層を登る階段が簡単に見つかると思わない?」
ミネルヴァがネイベルに尋ねてくる。
「それは俺も考えていたんだ。もしかしたら、広域型ダンジョンって、しっかり研究されていないんじゃないかな」
階段を上りながらネイベルが答える。
「階層を行き来する階段は、それほど多くないっていう話だったけど、ここ二回は割とすぐに見つかっているものね」
「俺とリンが彷徨っていた時は、壁際なんて歩いてまわらなかったから、もしかしたらあの辺りにも階段はあったのかもしれないよ」
「そう考えると、今後はもっと順調になるかもしれないわね。いずれ探索を二手に分ければ、半周ずつで済んだりするかも」
「そうだね。ところでミネルヴァ、次の空間がどんな所か――」
「さすがにそろそろ全員が理解しているわよ」
「それもそうか」
少し肌寒くなってきた所で、ネイベルとミネルヴァは、二人で笑いあった。
「さて、もう説明はいらないだろう。覚悟を決めるんだ。辛いのは最初の数週間だけだ」
ネイベル達は、一面銀世界である空間に足を踏み入れていた。
見渡す限り、雪で覆われている。
木々も、地面も、山も、どれもが化粧をしている様に真っ白だ。
「以前の様に、吹雪いたりはしていないのね」
「まだ油断は出来ないよ。今だけかもしれない」
「それもそうね」
リンと少し言葉を交わすと、さっそくネイベルは全員に出発の準備を促す。
「まさかオレが炎土を攻略できる日が来るなんて思わなかったな」
陣形の確認をしながら、アルが少し感慨に浸っている。
「そもそも大陸中を探しても、ほとんどいないはずだ。一部の凄腕の冒険者達だけだぞ」
「そいつらも結局、入り口近辺で獲物を狩ったら、そのまま折り返すって話ですからね」
ジンとホワイトの話を聞きながら、マリーも上機嫌に頷いている。
「凍土も攻略できれば、私達も超一流のパーティーとして認定されるでしょうね」
「ネイベルさん達がいないと、まだ厳しいでしょうけど」
「さすがにもう溶岩の中を泳ぐのは勘弁してもらいたいです」
ライズとセットがそう言うと、みんな笑顔になって笑っていた。
ネイベルもそれを見て少し笑顔になったのだが、ここの所、何かがずっと心に引っかかっている。
「――ネイベル? もうみんな準備は出来ているわよ」
ミネルヴァに肩を叩かれて、我に返ったネイベルは、全員にうっすらと魔力を這わせた。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていたよ。それじゃあさっそく出発しよう」
そして隊列を組むと、壁際を全員で歩き出した。
人を育てながら上層へ向かえるほど余裕が出てきています。




