勝利の雄たけび
「今のは雷鳥の鳴き声かしら」
リンがネイベルを見てくる。
「ああ、そうかもしれないな」
足元から伝わるほどの揺れが、彼らの不安と闘争心を煽っている。
「ネイベル様、上空から何か落ちて行きます」
カドが指差す先を見ると、雷雲の固まっていた所から、確かに何かが落下しているのが見えた。
「宝箱かしら」
「可能性はありますな」
ミネルヴァとロンメルも興味深そうに見ている。
ネイベルは落下した位置を目視で確認すると、地図に印をつけておいた。
「おめぇら、反対側を見ろ」
カルーダが口角を上げながらそう言うと、全員の首がそちらへと捻られる。
「ありゃあ……どういう事だ」
「雷鳥ってのは生き物じゃ無いのかもな」
ライズとセットの兄弟がそう呟く。
すごい勢いで雷の塊が近づいてくる。特定の形を取り続ける事はなく、純粋に雷が生命を宿しているような感じだ。
「ネイベルさん、どうしましょう」
「オレは戦いてぇな」
アルとジンの言葉を受けて、ネイベルは良く考える。
ここ数ヶ月の訓練は、彼らに確かな成長をもたらした。それを自信へと変えるにせよ、さらなる奮起の材料へとするにせよ、ここは指示を出すだけで見守るのもアリな気がしていた。
「よし、それじゃあイッカクの時みたいな無様な結果になるなよ」
そういってネイベルはにやりと笑うと、ジン達を対応にあたらせる事にした。
「まぁ俺らが獲物を取っちゃ可愛そうだからな」
「それもあるんだけど、そもそもカルーダ、魔力が限界でしょ」
ネイベルがジトッとした目で睨む。
「やっぱり分かるか。どれくらい魔力量が上がったのか確認してたんだが……想像以上だな。この年でもしっかり成長してやがる」
「だからってあんた、意識を失う寸前まで魔力を込める馬鹿がどこにいるのよ」
「ここにいたってわけだ」
がっはっは、とカルーダが豪快に笑う声は、いよいよ目前へと迫ってきた雷鳥の鳴き声によってかき消された。
ミネルヴァはため息をつきながら呆れている。
「私も確かな手ごたえがあります」
「爺もいささか成長出来たかと思います」
ロンメルとカドも、はっきりと成長が感じ取れるようだ。
「ネイベル、はやく指示を出して上げて! もうそこまで来ているわよ」
リンの声を聞いたネイベルは、急いで指示を出し始めた。
「雷を恐れることはない! 全員で何とか隙を作るんだ! マリーの魔法が決め手になるはずだ!」
ネイベルはひとまずショウをマリーの護衛に、アルをジンのそばに付けた。二人は道中で、魔力操作と補助魔法の使い方をカルーダから教わっており、上達が著しいからだ。
雷鳥かどうかは定かではないが、あの雷の塊はおそらく魔法を使いそうな気がするので、ショウは腕の見せ所だ。
実は魔法の鍛錬をするうちに、彼一人だけはネイベルの妖しい光に似た魔法を使えるようになっていた。
魔力を吸収し、そもそも無かった事にしてしまうという段階にまで達しているネイベルの魔法に対し、ショウの魔法は、一定の空間内における攻撃魔法による被害を、大きく減少させるというものだ。
薄い水色をした空気が、清らかに彼らを包み込んでいく。
「そのままショウはマリーにつけ! アルはジンに補助魔法を、ライズとセットはホワイトの補助に回れ! ジンとホワイトで挟むように攻撃を当てていくんだ!」
カルーダの教えによって、彼らは短時間ではあるが、全員が魔力を武器に纏えるようになっていた。
魔剣士という職業が珍しいのは、ここからの成長が難しい為だ。彼らのように、剣に魔力を纏う程度なら、出来る人間はそれなりにいると聞いている。
ホワイトには黒鉄の棍棒を、ジンには黒鉄の剣を与えてある。その他の者は、もともと持っていた武器を使っている。ライズとセットの兄弟は、槍と短剣を二人とも上手に扱える。ショウは今回短剣を、アルは霊木刀という珍しい武器を使っている。
「飛び込んできたわ!」
リンが声を上げる。
「まぁあいつらなら大丈夫だろう」
「それじゃあ俺達は少し離れていようか。ボンさん、こっちにきてね」
秘密兵器のボンさんは、まだ見学だ。
妖しい光に包まれたネイベル達は、近寄ってくる怪物の警戒、処理だけをしていた。
「ここからだと、指示が出せないけど良かったの?」
「最初だけ指示をだしたら、あとは現場で何とかさせてみてはどうかって、さっきロンメルさんが言っててね。良い考えだと思って」
ネイベルはロンメルをちらりと見た。
「指示通り動けるかどうかも大事ですが、現場の判断で臨機応変に行動を変えられるかという点も、とても大切なのです」
「そういうものなのね」
リンとミネルヴァは頷いている。
かなりの強行軍となった先日までの探索だったが、一通り本は読み終わったらしいミネルヴァは、なんと壁際を歩きながらの訓練に自分から参加すると言い出した。心境の変化は、行動を大きく変えるようだ。
今は戦いを良く眺めている。そういえば、最近はロンメルと会話をしている場面も見かける事が多い。
「おぉ、ジンとホワイトのやつら、やるじゃねえか」
カルーダの視線の先では、丁度その二人が躍動していた。
ライズとセットの兄弟が巧みに注意を引きながら、アルの補助を受けたジンと、自らを強化したホワイトが、雷の塊へと攻撃を繰り返している。
「魔力をまとわせた武器っていうのは、ああいう魔力の塊みたいな怪物に良く効くんだね」
「魔法攻撃を直接与えてる感じかしらね」
「マリーの方も、何度か融合魔法を放ちながら、効果がありそうな組み合わせを考えているみたいよ」
ミネルヴァは細かい所まで良く見ている。
ネイベルと一緒にマリーへの手ほどきをしていたリンは、彼女の活躍が気になるようだ。
「雷鳥の体は、全てが魔力なんでしょうか」
カドが戦いを見ながら呟く。その瞳はショウに向けられている気がする。
「スルーレの時は、大半が魔力だったとはいえ、ちゃんと骨格があったよ。もしかしたら太古からの怪物っていうのは、いずれみんなそうやって進化をとげるのかもね」
雷鳥は、大きく魔力を広げたり飛ばしたりしながら、高所からの攻撃を繰り返している。マリーの方へ向かった魔法は、全てショウが受け止めている。
彼らは全員、雷魔法を全て食らっているのだが、興奮が痛みを忘れさせているのか、実際に効いていないのか、ネイベルからは判断出来ない。
「相手が攻撃を仕掛けてくる時しか反撃の機会がない、というのは辛いですな。それでも上手に対応出来ているとは思いますが」
ロンメルはそう言って戦況を分析している。
今の所、上空からの攻撃を繰り返している時は、マリーしか対応が出来ない。
地上に飛び込みながら、体当たりで全員まとめて感電させに来た時だけは、ジン達でも対応が出来ている。
「ああ、土魔法を軸にするみたいだね」
「一応、相性が良いとは言われているわね」
「あれはちょっと面白そうだな」
「彼女は発想が豊かなのよ」
あなたに似ているわよ、と言ってリンは昔を懐かしむ様に、とても柔らかく微笑んだ。
ネイベルの心が、高く跳ねる。
雨も雷鳴も雷も、ネイベルの周りでは全てが緩和されている。そのせいでネイベルは、自分の鼓動が高鳴るのをはっきりと認識してしまった。
彼女の美しい黒髪は、妖艶さが滲み出る様にしっとりとした湿り気を帯びている。
そして、激しく明滅する閃光を受けながら、キラキラと輝いていた。
打ち付ける大雨や荒れ狂う風、轟く雷鳴に体を焦がす落雷、空間の外は常軌を逸した環境だ。
それが彼女の存在を益々際立たせ、その美しい瞳はネイベルの心を完全に奪っていった。
「マリーが仕掛けるわよ! ネイベル、見ているかしら?」
「ああ、いつだって君を見ているよ」
「えっ?」
「君と結婚出来たらどんなに幸せかって――」
急に大きな歓声が耳に入り、はっとして正気に戻ったネイベルは、慌てて周囲を見渡す。
全員戦いに夢中になりながら、声を上げている。
そしてネイベルもそちらに目をやると、マリーの魔法は見事に雷鳥を捕らえる事に成功していた。
彼女は、土魔法で大きな網を作り、それを巧みに操って、雷の塊ごと纏めて地面へと縫い付けたのだ。
「す、すごいなマリーは! ははは」
誤魔化す様に笑ったネイベルは、ちらりとリンを見る。
――そうね、私もそう思うわ。
彼女はネイベルの方を見ずにそう答えた。
それはどちらの意味での返答だったのか――。
ネイベルは少し怖くなって、それ以上は無言になり、静かに戦いを眺めていた。
飛ぶ鳥を落とす勢い、と言っただろうか。彼らの成長は、まさに目の前の光景に集約されている。
だが……。
――好事、魔多し。
たしか大切な人から教えてもらった言葉だ。口から勝手に零れ出た言葉の意味を思い出そうとすると、ネイベルは少し頭痛がした。
彼らが全員で、文字通り怪物を袋叩きにしている時に、大きく雷鳴が轟いた。
「馬鹿か! あいつら、集中力が切れてやがる」
「いや、単純に魔力量がまだ追いつかないんだ。剣に魔力を維持するのが精一杯で、もう限界なんじゃないかな」
「だったら尚更悪いじゃねぇか! 自分の限界をはっきりと知る事が、仲間の命を救うんだ」
「あんたがそれを言っても説得力にかけるわよ」
マリーの土魔法で作られた網の目の隙間は、かなり細かかった様ではあったが、その隙間全てから、雷鳥が全力で魔力を飛ばしている。
とても細くて鋭い雷閃は、彼らの体を瞬時に貫き霧散した。
意識が全て攻撃へと向いていた彼らは、雷鳥の猛烈な抵抗の全てを、疲弊した体に無防備な状態で受けてしまった。
体から煙を出しながら、全員がその場に膝をついていく。
「はぁ……またか。ここまでだ、ネイベル」
丸めた頭をさすりながら、ぼやくカルーダの言葉を耳に入れつつ、彼らがゆっくりと倒れていく様を見ていると――。
背後から飛び出す存在がいた。
――あ、ちょっとまって、ボンさん!
「秘密兵器なんでしょ。ボンさんだって、ずっと頑張っていたのよ?」
ミネルヴァが、リン顔負けの妖しい笑みを浮かべながらそう言う。
ボンは、雷を全身に浴びながら、楽しそうに駆け出していった。
ネイベルが渡した棍棒を、嬉しそうに雷鳥へと叩き込んでいる。
攻撃の最中も、ずっと雷が体を貫通しているのだが、まったく意に介さない。
カカカカ、と笑っている姿が目に浮かぶ。
「武器に魔力を纏う訓練をしていただろ? 実はな、一番早く出来たのはボンなんだ」
あいつは天才に違いねぇ! と言ってカルーダは見事な親馬鹿ぶりを発揮している。
ボンに殴られる度に、雷の塊が小さくなっていく。
やがて存在が霧散すると、ボンは右手の棍棒を高らかに掲げる。
勝利の雄たけびを上げている様に、ネイベルには見えた。
カカカカ!




