命がけの訓練
ネイベル達は、一度階段の中へと戻り、あの凄まじい雷にどう対応するべきか、作戦会議をしていた。
「雷が落ちる場所を誘導する方法としては、避雷針が有名ね」
「へぇ、そうかよ。そもそも、俺はあんなの初めて見たからな。さっぱりだ」
「ああ、それもそうね。それじゃあ雷については私が知ってる事を教えてあげるから、ちょっとこっちに来なさい。すぐ終わるわ」
ミネルヴァはカルーダをそばに呼んで、外に起きている現象について説明を始めた。
狭い空間に二人で横並びとなるわけで、自分から呼んだくせにあたふたとしながら、実にせわしなく表情を変えている。
リンはそれを見ながら、優しく微笑んでいた。
カルーダの事はミネルヴァに任せておいて、とりあえずネイベルは、どうするかをみんなと相談し始めた。
「やっぱり、全員で雷を受けながら進むのが――」
「死ぬわよ」
マリーが割と真面目な顔をして突っ込んできた。
「そ、そうだよね。じょ、冗談だから……」
「ネイベルさんが言うと、全く冗談に聞こえないですよ」
ジンが真顔でそう言った。アルは隣で眉間にしわを寄せている。
「オレはこういうのが苦手なんだ。後は任せ――」
「アルプーリ様」
カドが鋭い視線をアルに向けると、ピクッと体がこわばって、こちらを向いて真顔になった。
「任せようと思ったが、やっぱり自分で考えるべきだと思ったんだ」
「何よそれ」
リンが上品にクスクスと笑う。
「しかし、あの外の様子だと、数発なんとかした程度ではどうしようも無い気がするな」
ネイベルは外を見て呟く。
「ずっと雷が落ち続けてますもんね」
ショウも外を見ながらそう相槌をうった。
視界には、所々に木が生えている様子が見て取れる。足元はドロドロにぬかるんでいそうだ。
これだけ雷が酷ければ、草も生えない大地になりそうなものだが、森林とまではいかないものの、それなりに緑が多い空間のようだ。
ダンジョンはやっぱり良く分からない。
「よし、お前らの話してる事が、良く分からねぇ事が分かった!」
カルーダが豪快に笑いながら会話に入ってきた。
「じゃあ何で会話に入ってきたんだよ」
ネイベルは呆れながら言葉を返す。
「答えは出てるのに、くだらない話し合いを続けているからだ!」
ミネルヴァをちらりと見ると、彼女も大きく目を開いていた。想定外の発言なのだろう。
すると彼は、胸を張って、大きな声で言った。
「そのまま、雷を浴びながら進めば良いだけだろうが」
全員が、ぽかんと口を開く。
「ネイベル、おめぇは炎土と凍土を徒歩で越えて来たな?」
「あ、ああ」
「同じ事をすれば良いじゃねぇか」
カルーダの発言を受けて、全員が驚きの表情をネイベルへと向けた。
「ネイベルさん……本当ですか?」
「炎土と凍土を越えたんですか?」
ライズとセットの兄弟が口をパクパクとさせている。
「いや、そう難しい事でもないよ」
ネイベルは落ち着いて返答する。
「その認識、だいぶ間違っているわよ」
マリーが呆れたように突っ込む。
「俺が今悩んでいるのは、俺の魔法が途切れるような事があれば、全員が一瞬で命を落としてしまうという部分なんだ。気候変動に関しては、俺一人なら、失敗しても自分の命を失うだけだから問題ない。でも今回は十三人分だからな……」
ボンさんも入れたら十四人だったな、と呟く。
「だからさ、万が一の事があったら……ちょっと責任が重くてね。どうしようかと――」
ネイベルがため息をつきながら、おでこに手を当てているのを見て、全員がつばを飲んだ。
――やっぱり最初の発言は、冗談じゃなかったんだ。
ところで、と言ってリンはネイベルを見た。
「あなたは、もう魔法の効果を調整出来るんじゃなくて?」
どうやら、少し助け舟を出してくれるようだ。
「ん? ああ、そうだね。たぶん出来ると思う」
「それなら、死なない程度に被害を軽減しながら、耐性を無理やり上げるという手があるわよ。雷への耐性を鍛える人類なんて、今までいなかったと思うから、あなた達が初めてね」
「なるほど、そういう考え方もあるか」
ネイベルがうんうんと頷くのを見て、その場にいる人間は、全員顔から血の気が引いていった。
全員、悲壮な表情をしている。
「とりあえず最初は痛みを感じないような所から、徐々に効果を薄くしていこう」
ネイベルは全員に説明を始める。
「それにカルーダが言うには、疲れた状態で、深夜に戦闘訓練を重ねる必要があるらしい。脳の一部を覚醒したままにする訓練だそうだ」
カドが頷いている。
「ああ、それは必要だろうな」
ジンも頷いた。他の人間は、少し苦い顔をしている。
「というわけで、強行軍だ。壁際を歩いて地図を埋めつつ、今まで通り交代しながら護衛任務の体で探索を続ける。三日歩き続けて一日休みだ」
ネイベルがそういうと、カルーダが足りないとばかりに付け足す。
「途中でへばったやつは、本当に置いていくからな」
なるほど、ネイベルには全員の顔が引き締まった様に見えた。
少し歩くたびに。
「んがぁぁ」
男達の痺れる声が。
「うっ」
うめく声が。
「ゥォォ」
「あぁん」
情けない声が。
「ヒィ」
各々が悲鳴を上げている。少し変な声も混じっているが、おおむね問題なさそうだ。
「順調だな」
カルーダは、行軍を振り返りながら、ネイベルの隣でそう言った。
「オレの教えられた順調っていう言葉はよ、もっと人類に優しかったぜ」
半分閉じた目でアルがこちらを睨む。
「へっ、こんなんでへばるお嬢様だったとはな。育ちが良いとこれだから困るぜ」
カルーダが吐き捨てるようにそう言った。
アルは顔を真っ赤にして、歩き始める。
ロンメルは、とても嬉しそうだった。
地図は、始点へと向かっている。
雷を浴びながら三日三晩歩き続け、一日しかない休憩時間も、睡眠中に飛んでくる石のつぶてを弾き、常時襲ってくる怪物の処理もしっかりとする。
雷鳴の凄まじさにも苦労する事になった。怪物の気配は探れないし、仲間の声が聞こえないからだ。
大雨への対応は、既に各々が自分なりのやり方で解決している。
そんな苦行をそろそろ四ヶ月は続けただろうか。
現在は、共通大陸暦で1195年7月上旬となっている。
歩き始めた頃は、あまりの辛さに泣き言が多かったライズやセットも、いまや黙々と作業をこなすかのように怪物を処理している。
ボンさんは、良く構ってくれるホワイトがお気に入りのようだ。いつもまとわりついている。
ホワイトもまんざらではないらしい。彼の強面な表情が、その度に少し緩んでいた。最近では、カドがそれを見ながら微笑んでいるのを見かける。彼女の表情も相当柔らかくなった。
初めから雷など一切問題にしていなかったボンさんを除くと、全員が相当な耐性を手に入れているはずだ。果たして地上には、雷に打たれながら食事を出来る人間がいるだろうか。
おどろおどろしい雷鳴があたりに響いている。
「それにしても、上層への階段は無かったですね」
ジンが怪物の肉を食らいながらそう言う。
薄暗い空間に、閃光が走る。
「ネイベルさん達も、前回のあれが初めてって話しですからね」
ライズは冷えた薬湯をがぶ飲みしている。
すぐそばに雷が落ちているのというのに、まったく気にするそぶりを見せない。
「あんた達の訓練になったんだから、それで良いじゃない。結局、雷だって何とかなってしまったんだし」
今となっては彼ら全員が、雷に打たれても、一瞬だけ体をピクリと動かして終わりだ。何事も無かったかの様に、淡々と行動を続けている。
ネイベルの魔法操作が巧みだったのもあるかもしれないが、リンとやかんによる集中治療という力技も多いに役立った。それに、彼ら自身が魔力操作をしながら、ある程度被害を軽減しているようだ。
訓練を始めてから結構な時間が経つが、彼らの魔力量は少し異常な速度で増えていた。
思い当たる節が多すぎたので、これに関しては原因の追究を諦めている。
結局この空間では、雷が止まない事を全員が理解していた。
「そろそろ一周が終わるからな。俺の魔法での補助はそこで終わりだ。睡眠中に脳を覚醒させる訓練は、これからも常時行っていく。その後は、中央へ進みながら小屋を探すぞ」
ネイベルが指示を出すと、全員が大声で返事をした。
「ネイベルさん、あれ!」
セットが指差した先には、雷雲と呼ばれる黒っぽい雲が空に浮いていた。
ただ、常軌を逸した大きさである。
「あら、すごいものを見つけたわね。あれは多分、雷鳥の巣ね」
ミネルヴァがそう答える。
「ほぉ、雷鳥なんて本当にいるんでしょうか」
ロンメルが食いついた。
「確か、どこかの国の伝説だったかしら、実在するような記述はあったわね」
「確かに私も聞いた事がありますな。ただ、それを真顔で言うと、御伽噺を信じる愚か者だと馬鹿にされたりもしますが。ネイベル殿もご存知なのでは?」
「いや、知らないなあ。初耳だよ」
ロンメルは、そうですかと言って少し残念そうな表情を浮かべた。
「伝説が本当なのか、ちょっと興味が沸きますね」
「ああ、戦ってみたいな」
カドとホワイトもそう言って会話に混ざってくる。
「ほぉ、何やら面白そうな話をしているな」
この雷鳴の中、どんな耳をしているのだとネイベルは思った。
「試しに巣をつついてみたらどう?」
笑いながら冗談でそう言うと、彼は満更でもない表情をこちらへ向けた。
「良いんだな?」
そう言うや否や、全力で剣へと魔力を込め始める。
遺跡で見た頃よりも、確実に魔力量が上がっている。言葉では形容しきれないような膨大な魔力が、どんどんと膨れ上がっていく。
「ちょ、ちょっとカルーダさん!」
「あなた、一体それをどうする――」
ジンとマリーの不安をさらに煽るように、剣に纏った魔力が一気に燃え上がると、ネイベル達をひと飲みで消し去れるような大きさまで広がった。
カルーダはその炎の塊を、雷鳥の巣に向かって全力で振りぬいた。
燃え盛る炎の龍は、そのまま雷鳥の巣へと突っ込んでいき、ど真ん中を貫き霧散していくと、おどろおどろしい鳴き声が空間中に響き渡るのだった。
いつも追いかけて読んで下さる皆様、ありがとうございます。




