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怪物に振り下ろされた棍棒

 ネイベルが地面へと向かって魔力をねじ込んでやると、足元が少し揺れ始めた。


「なんか、少し揺れてますね」


 ショウが自信なさげにそう呟く。


「ジン、アル、ライズ、セット、おめぇら四人で周りを囲め。ホワイトは隙が出来るまで待機。ショウは包囲が破れそうな所を探しながら手助けに入れ」


 カルーダが的確な指示をとばすと、全員素早く位置についた。


 ネイベルを囲むような形になっている。


「マリーへの指示はおめぇだろ、ネイベル!」


 そうだ、すっかり忘れていた。集中を切らさないように指示をだす。


「マリーは十分に距離を取ってから、教えた融合魔法の準備をして!」


「わかったわ!」


 マリーはやや後ろへと下がっていった。


 ネイベルは、地面へと魔力を込め続ける。


 この怪物は、もしかして魔力を吸収できるのだろうか……だとすれば、マリーの攻撃は――。


 やってみるまで、わからないか。


 そう考えたネイベルは、そこで思考を打ち切って、妖しい光をどんどんとねじ込んでいった。


「だんだん、揺れが大きくなって来ましたね」


 カドがカルーダへと語りかけている。


「ん? あぁ、そうだな。まぁ大した怪物でもねぇだろう」


「では、我々も散りますか」


 ロンメルがそう言うと、三人もそれぞれが距離を取るように散っていった。






 揺れは明らかに強くなっている。


 お腹の底から震えるような振動は、周りを囲んだ四人の魂を震え上がらせている。


 それぞれが、つばを飲み込みこんだり、深い呼吸を繰り返したり、手を開いては握ったりしながら、気持ちを落ち着かせている。


「くるぞ!」


 ネイベルが大きな声で叫ぶと、一層揺れは激しくなった。


 急いで飛び退いたあたりの一帯が、膨れ上がっている様に見える。


 その瞬間、草原を突き破って、一体の怪物が地下から勢い良く飛び出してきた!


「イッカクだ!」


 ジンがそう言って興奮している。


「面白れぇ」


 アルは満面の笑みを浮かべている。


 ライズとセットの兄弟は、真剣な眼差しを向けたままだ。


 ネイベルは、妖しい光をまとわせようか、と思ったがやめておいた。


 魔法を食らうことも訓練のうちだと考えたからだ。


「カルーダ、後の指示は任せたよ」


 そう言ってネイベルは、一仕事終えたような顔をしながら距離を取りはじめている。


 この怪物はイッカクというらしい。畑などに出る、もぐらという生物に似ているだろうか。やや黄色を帯びた鮮やかな赤い角が一本、存在感を示すように頭部から突き出している。両手の爪は異様に長く、そして鋭い。


 両手と両足、それに腹も地面に付けたままなのに、ネイベル達が見上げるほど高い所に角が生えている。頭から尾までは高さの倍はあるだろう。


 恐らく、これでも大型の怪物に分類されるのは間違いない。しかし、スルーレを見てしまった今となっては、その半分にも満たない体躯のこいつには、全く恐怖心が沸かなかった。


 その時、カルーダがいたずらっぽい笑顔を浮かべて、ネイベルに大声で言った。


「戦闘の指示を出すのも訓練だ! ネイベル、おめぇがやれ!」


「ええ、そんな無茶な!」


「ネイベル様、イッカクが動き出します!」


 カドが急かすように言った。


「これはまた、非常に珍しい怪物が出てきましたな」


 隣にいたロンメルは、あごをジョリジョリと触りながら楽しそうに様子を眺めている。


 やるしかないか……そう思ったネイベルは、前線のそばへと戻り、周囲をかこむ人間へと指示を飛ばし始めた。






 イッカクと呼ばれる怪物は、長い爪を振り回す攻撃を繰り返していた。時折、頭の角を突き出して来る。尾は先が細くなっているだけであり、特に攻撃には使わない様子だ。


 周囲に散った四人が交互に攻撃を加えながら、相手の注意を引いていく。


「ジン、一人で先行し過ぎだ! お前だけで戦っているわけじゃない! アル、ライズと場所を変われ! ショウ、その間アルの場所に入って!」


 ネイベルは、せわしなく指示を飛ばしながら、しっかりと彼らの特性を見極めていく。


 なんせ訓練を担当していたのはカルーダだ。ネイベルはここ数日、一緒に探索をしたに過ぎない。


 アルは、ジンを助けようとするあまり、動きが悪くなりすぎている。


 ライズとセットの兄弟は、お互いの動きしか見ておらず、視野がやや狭窄気味だ。


 ここまではすぐに分かった。ショウをわざわざ控えに置いていた理由は、恐らくこういった事態を見越しての事だろう。カルーダは、戦況を予測する事にも長けているみたいだ。

 





「ホワイト、準備は出来ているか?」


「ふーっ、ふーっ、当然だ」


 どうやらホワイトの役割は、補助魔法を自分にかけて、極限まで高めた攻撃力を、全力で相手に叩き込む事のようだ。


 一点集中型とでも言うべきか、彼の性格にも合っているのかもしれない。


「ジン、そちらから目一杯の攻撃を加えて、注意を引いてくれ!」


 ネイベルの声を聞いた彼は、思いっきりイッカクへと切りかかった。


 横っ腹に深めの裂傷が出来る。


 ネイベルの持っていた黒鉄の剣は、現在ジンが使っている。切れ味は申し分ないようだ。


「いいぞ! 嫌がって傷を守るような体勢になった! ショウ、こちらへ来てくれ! ジンとライズはそのまま注意を引き続けて!」


 怪物を挟んであちら側にジンとライズが、手前側にはアルとセットが、それぞれ等間隔で並んでいる。


「良し、ショウはホワイトの攻撃後にしっかりと撤退の手助けをするんだ。ホワイト、手前側の隙間から一撃叩き込んで来い!」


 目の前には、体を丸めて傷を隠すような姿勢を取っているイッカクが、背中を無防備に晒している姿が映っている。


 ホワイトは、アルとセットの隙間を縫うように全力で駆け出した。


 ショウは、ホワイトの撤退を手助けする為に、近くに寄って備えている。


「ウオラァァァァ!」


 雄叫びを轟かせたホワイトは、ネイベルから譲られた黒鉄の棍棒を、全身全霊の力を込めて振り下ろした。


 

 ――行けっ!



 ネイベルは、少し胸が熱くなっている。

 

 イッカクの背中に深くめり込んだ棍棒は、凄まじい血しぶきを上げて、周囲の骨まで砕いたのではないだろうか。


 素晴らしい一撃であった。



 ――ギュウウィィィ



 奇妙な声を上げながら、イッカクは激しく暴れている。


 怪物は、完全に注意が散漫になっている。魔法を使うならここしかない。


「マリー、融合魔法の準備は出来てるか?」


「ふぅ……いつでも良いわよ」


 溶岩がドロドロとうねる様に、球状にまとまっている。人間の頭より一回り大きい位だろうか。ネイベルの得意な、土と火の融合魔法だ。


「全員、イッカクから離れろ! ――よし! マリー、そのまま打ち込んでやれ!」


 ネイベルの声を合図に、マリーは維持していた融合魔法をイッカクへと放った。


「ハアァァ!」


 マリーは甲高い声を上げた。


 融合は安定している。十分な威力も見込めそうだし、素晴らしい魔力操作だ。


 溶岩の固まりは、そのままイッカクへと鋭く飛んで行き、背中の傷跡のやや上方へと着弾し、なんとそのまま体を貫いた。


「いいぞ! 完璧だ! マリーは限界だろう、少し下がって休んでいろ!」


 ネイベルは、額に大きな玉の汗を浮かべているマリーをねぎらうと、今度は他の人間へと指示を出し始める。


「油断するなよ! 手負いの……いや違う、死の際の……なんだっけ、忘れた! とにかく気を付けろ!」


 何か大切な事だったはずだが、ネイベルは忘れてしまっている。細かく指示を出すのがこれほど難しいとは思わなかった。忙しくてそれどころではない。






 


 イッカクは、体のいたる所まで細かく切り裂かれ、腹部に深い裂傷を、背面には骨まで見える様な打撃痕を負っている。


 さらに、マリーの一撃で、体に穴まで開けていた。


 それでも大きな黒い瞳は、戦意を失っていないのが見て取れる。


 こういう時が一番危ないのだ。


 するとイッカクは、大きく口を開けて周囲に突風を吹きつけながら、角へと魔力を集中し始めた。


「まずい、魔法が来るぞ! 発動の阻害は間に合わない! 全員急いで距離を取れ!」


 距離を取るのか、詰めるのか。その一瞬の判断が、何よりも大切なのは身に染みて分かっている。


 大きく距離をとった隙に、アルとショウの位置を変える。


「アルは一度引いて、ショウが前に入るんだ。魔法がくるぞ! 全員よく注意して見ておけ!」


 イッカクは、鮮やかに発光した角を上空へと振り上げると、大きく鳴いた。



 ――ブォォォォ



「ショウは――」



 ――あ、これは不味いかもしれない。



 限界に見えたアルを下げ、ショウに指示を出そうとしたが、もう色々と手遅れだった。せめてもと思い、リンとミネルヴァにだけは妖しい光を纏わせる。


 イッカクが死に際に放ったその魔法の威力は、ネイベルの想像を遥かに超えていた。



 ――角から放たれた魔力が、一瞬で草原を駆け抜ける。



 すると、数人を残して全員が口から泡を吹き、そのまま倒れてしまった。


 すさまじい威力の妨害魔法だ。それも、とんでもない範囲に広がっていった。


 瞳を射抜く事すらせずに、この威力と範囲だなんて尋常ではない。


「へへ……結構すごかったな」


 カルーダは笑っている。


「まったく、笑い事じゃないよ。こいつ、もしかしたら魔法寄りの怪物だったんじゃないか? 尋常じゃない威力と範囲だったよ」


 ネイベルは冷や汗をかいた。もしこれが攻撃魔法なら、即死まであったかもしれない。


 運が良かったのか、イッカクの得意魔法が妨害系統だったのか……どちらにせよこの状態なら、しばらく眠っているだけで済むだろう。


 その後、後遺症が残る可能性は十分ありえそうな威力ではあったが――。


「残ってるのは……ロンメルとカドだけか。まぁそうだろうな。俺も一瞬だけ意識が飛びそうになった」


 カルーダはあたりを見渡して言った。


「マリーは疲労困憊って感じだったから仕方ないかもね」


 ネイベルは直前の彼女の様子を思い出しながら言った。


「実際私は、かなり危なかったです……」


 真剣な表情のカドがそう言った。呼吸が荒い所を見ると、少し意識が飛んだのかもしれない。

 

「カドでギリギリですか――ならば、今の魔法が地上で放たれれば、立ち続けられる人間はさほど多くないでしょうな」


 ロンメルは、ひょうひょうとしている。一体、この爺さんはどんな鍛え方をしてきたんだろうとネイベルは思った。


 イッカクは、最後の力を全て使い果たしたのだろう。もう瞳に力はない。実際、敵ながら見事な魔法であった。


 そしてカルーダは、周りを見て少しため息をついた。


「こいつらも、惜しい所まではいったんだがなぁ――」


 教え子達は、泡を吹いて倒れている。


 まぁ仕方ねぇか、と言ってカルーダがトドメを刺そうと歩き出した時に、背後から飛び出す存在がいた。



 ――あ、ちょっとまって、ボン!




 ネイベルの声を受けながら、白骨の戦士が草原を楽しそうに走っている。


 そして、いつの間に拾ったのか、手に持った黒鉄の棍棒を、イッカクの角へと振り下ろした。


 金属がぶつかり合う様な音が響いた後に、イッカクの角が折れると、怪物はそのまま目を閉じて動かなくなった。


 ボンはそのまま、怪物の亡骸へと棍棒を振り下ろして遊んでいた。




美味しい所を持っていけるのがヒーロー

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