人間との付き合い方
ネイベル達は、捕らえたマリー達の処遇に関して話し合いをしていた。
「とりあえず、呪具に関しては全部やかんの中に収納しておいたよ」
「えぇ、それが良いでしょうな。私共の鍵までお預かり頂けて助かります」
「オレだってやろうと思えばあれの制御くらい――」
久しぶりに口を開いたアルプーリ王女は、むすっとしている。
「おめぇはもっと鍛錬するんだな。俺が戦士を鍛えるようにしごいてやろうか」
カルーダはニヤニヤしている。
「何ニヤけてんのよ!」
ミネルヴァは、少しふくれながらカルーダの腰をバシバシと叩いている。
「ひとまず、ジンとホワイト、それから……そこの二人はライズとセットだったか。兄弟だっていってたな。お前らは自力で戻れそうなのか?」
ひとまずネイベルは彼らにそう問うてみた。
戦うときは命を奪う覚悟でやりあうが、何も不必要な殺生まではしたくない。死ぬと分かっている場所へ放り出すのも気が引ける。
「ちょっと、どうして私が入っていないのよ。彼らは私の手足なのに――」
マリーは何やら下を向いてぶつぶつと文句を言っている。呪具を取り上げると、すっかり普通の女性になってしまった。
ただし、ロンメルの口から正体を聞いてしまったネイベルは、ちょっと恐ろしく感じている。驚く事に、少なく見積もっても200歳は超えているだろうという話なのだ。とても人間とは思えない。
「とりあえずよ、こいつらをここで放り出すと、とても上層までは生きていけねぇと思うぜ。外の怪物に食われちまうのがオチだ。弱すぎる」
カルーダがため息をつきながらそう言った。
「おい、ジンさんを馬鹿にするんじゃねぇ」
「そうだ、取り消せ」
ライズ、セットの兄弟が口を揃えて不満を言う。
「やめろ、お前達。これ以上恥をかかせるな。彼を相手に俺は手も足も出なかった。それが事実だ」
「そういうこった。おめぇら四人の中で一番腕が立つのがジンっていうならよ、やっぱり数日も生きていけねぇだろうな」
「何だか、カルーダはいつになく辛辣ね」
リンが小声でそう言ってきた。
「がっかりしてるんだよ。自分の実力がどれくらい上がったのかを確かめたかったのに、すぐに戦闘が終わったらしいから」
カルーダ達の戦いは、あっという間に決着がついたらしい。魔力を剣に纏わせて数合打ち合っただけで、意識を刈り取ってしまったと言っていた。
「じゃあ仕方ないから、荷物持ちでもしてもらって……荷物は全部やかんだったわね。はぁ、それじゃあ適当に後ろを付いてきてもらって、地上へ出たら国へ帰ってもらえばいいんじゃないかしら」
ミネルヴァもやや呆れたようにそう言った。
カルーダの活躍が十分見られなかった事に不満を感じているのかもしれない。最近の彼女は、少し行動が人間臭くなってきた気がする。
「まぁ逃亡したらそのまま命がないわけですし、特に縛りあげる理由もありませんな。私が背後で警戒しておきます」
「それじゃあロンメルさんに任せて、とりあえず上層を目指そうか」
話がまとまった所で、行動を開始しようとしたネイベル達を見ながら、意を決したようにマリーが口を開いた。
「その、お花摘みに……」
「あぁ? その石造の裏で勝手に済ませとけ。だれもババァの――パァン――いてぇ! 何しやがる!」
「女性には最低限の敬意くらい払いなさいよ。ほら、カルーダは先にあっちへ行ってなさい。――これでいいわね。じゃあ終わったら合流しなさい、マリー」
ほら、あんたも行くわよ、と言ってミネルヴァに手を引かれながら、ネイベルは前途多難な予感をひしひしと感じていた。
ネイベル達は現在、遺跡の隣にあった大森林の中を歩いている。転移してきた小屋まで戻っている最中だ。
道中の怪物は、カドとショウの力量を見ると言って、カルーダが見守りながら、二人に先頭を歩かせていた。
カドの方は見事としか言い様がない技の切れであった。武芸全般に嗜みがあり、一通りの武具は使いこなせるらしい。行儀作法やその他諸々も、王女付きの護衛として相応しい所まで鍛え抜かれているとミネルヴァが喜んでいた。色々教えてもらうのだそうだ。
ショウはまだまだ発展途上のようだ。主に短剣を使いながら、時折カドの邪魔をする形で怪物の処理をしていた。普段から、カドが上手に捌きながら、ショウを助けている様だ。たまにカルーダから叱責が飛んでいたのも頷ける。
カルーダの指導を後ろから眺めながら、ロンメルはずっと微笑んでいた。
そしてマリー達一行は、ついに無言になってしまった。はっきりと実力差を感じているのだろう。カルーダが言うには、ジンが全力で戦ってようやくショウと良い勝負をする程度らしい。
「ジンさん、あいつら……」
「俺は今日ほど自分を恥じた事はない」
「ジンさん……」
兄弟とジンはとても仲が良い様だ。ホワイトは、マリーのそばから離れない。
「おら! ショウ! 何度言えば分かるんだ。その飛び出しは、カドの視線を塞いじまうだろうが。頭の中で誰がどこを見ているのか良く考えろ。自分の立ち位置に、常に気を払え」
「熱が入っているわね」
カルーダが元気にショウを指導する姿を見ながら、ミネルヴァはご満悦のようだ。
「あれほどの御仁に師事出来るというのはありがたい事ですな」
ロンメルもうれしそうだ。
「でもロンメル、あなたが教えなくても良いのかしら?」
リンは不思議そうに尋ねる。
「えぇ、良いんですよ。彼らは私の孫でしてね。ついつい甘くなってしまうのです。ほかに鍛えられる人間がいなかったもので、仕方なく私が指導をしていました。ですが、あれほど立派な方に教えていただけるのなら、孫達も本望でしょう」
「それは褒め過ぎよ。カルーダなんて全然なってないんだから」
そう言いながらも、にやける顔が止められないミネルヴァである。
からかってやろうと思って声をかけようとしたら、リンに袖をつかまれた。
そっと顔を近づけて囁いてくる。風がそっと良い香りを運んできた。なんだろう、女性はみんなこうなのだろうか。
「だめよ、ネイベル。今、彼女は変わっている所なんだから。これはとても良い傾向だと思うわ」
そう言ってネイベルに向けられた飛び切りの笑顔は、やはりこの世のものとは思えないほど美しく、妖艶であり、一生そばにいたいな、と彼に思わせるに十分なものだった。
「恋をするって素敵ね」
カルーダに負けていられない。ネイベルだって、リンに認められる男になりたいのだ。
「俺もがんばろうかな」
そういって自慢の魔法をぶつける怪物を探すのだった。
目の前には、懐かしい小屋がある。
「やっと着いたわね。随分と時間がかかった様な気がするわ」
ミネルヴァはいつだって正直だ。
遅れた理由はみんな分かっている。
「申し訳ありません。私の力不足です」
カドは静々と頭を下げる。
「いえ、俺がいけないんです……」
ショウは俯いてしまった。
「なんだ、湿っぽいな。さっさと入るぞ」
そういってカルーダは扉を開いた。
「これで時間が掛かった方らしいですよ、マリーさん」
ネイベルの目の前で、ホワイトがそう呟いている。少し顔色が悪い。
「そうね、中々やると思っていたけど、想像以上だったわね。というか規格外過ぎるのよ、あの爺が」
マリーはそう言って悪態をついていた。ネイベルも思う所があるので、その意見にはちょっと賛成だったりする。思わず頬がゆるむ。
「あのカルーダって爺は、魔剣士なんですよね? 今時いるんですね、珍しいものを見ましたよ」
ジンがそう言って唸っている。
「へぇ、そんな呼び方があるんだな」
急にネイベルが会話に加わったので、ジンは驚いたような顔をうかべている。
「え、えぇ。今ではほとんど絶滅したとか言われている職業です。剣士と魔導師の両方を極めていくという無茶な事をやらないとたどり着けない境地だと言われています……ご存知なかったですか?」
ジンの言葉使いがすさまじく丁寧になっていて、すこぶる気持ちが悪い。指摘するのも色々ともやもやする部分があって、慣れるまではずっとこんな気持ちになるのだろう。
「ああ、俺は元々商人だからな」
「――え?」
「は?」
周囲の人間が一様に呆然とした表情をネイベルに向けている。全員会話を聞いていた様だ。
「あれ、ロンメルさん達にはまだ言ってなかったっけ」
「え、えぇ……」
ロンメルの瞳が左右に震えている。
「信じられません……」
カドがこんな表情をする所なんて、はじめて見た。ちょっと得をした気分だ。
「みんな分かってないのね! ネイベルはすごいんだから」
リンに褒められると、やはり悪い気分はしない。
「まあ俺の職業なんてどうでもいいさ。とりあえず、鍵を使ってさっさと地上へ戻ろう。俺はもう、何年も地上に出ていないんだ」
ネイベルがそう言うと、周囲から明らかに温度が失われていくような感覚があった。ちょっと人間との付き合い方を忘れてしまっているのかもしれない。
大体、何年も地上に戻れていない状態なのは、自分だって辛いのだ。
ネイベルは冷や汗を流しつつリュックから鍵を取り出すと、色々とごまかす様に急いで小屋の床へと差し込んだ。
遺跡編は、ここまでになります。
22万字かかりましたが、ようやく地上に近づいていますね。時間が掛かり過ぎました。
章のタイトルが毎回ネタバレになるのもアレかなと思い、単純な数字に変更してあります。




