狂宴の魔女
視界に映る五人組は、全員狂気に満ちている様に見える。
そしてどうやら思ったより部屋はずっと広かったようだ。扇型をしていたらしい。奥にいくほど広くなっている様に感じる。
部屋の入り口に差し掛かると、ついにはっきりとその姿を捉えた。黒いもやを纏いながら、黒い武器を振り回している。
「ずいぶんと禍々しい雰囲気ですね」
カドが抑揚のない声でそう言うと、ショウも頷いている。
「なぁ、あれは呪具ってやつじゃねぇのか?」
カルーダがミネルヴァにそう尋ねている。答えは聞くまでもないだろう。
「マリーの武器は鞭かな。残りは長剣と短剣に……槍と棍棒か」
ネイベルの言葉に、ロンメルが頷く。そして何かが引っかかるように呟いた。
「それにしても、鞭ですか……」
確かにあまり見かけない武器だ。
「おや、彼らもこちらに気が付きましたな」
ロンメルの言葉通り、彼らの視線がこちらへ向いた。どうやら戦闘は避けられないようだ。
「カルーダはジンと呼ばれていたそっちの大男を頼む。ロンメルさんはあちらの二人組をお願いします」
「あぁ、任せておけ」
「頑張りなさいよ、カルーダ」
ミネルヴァが笑顔でそう言うと、カルーダは若干視線を泳がせながらも首を縦に振った。
「承知致しました。カド、私と来なさい。ショウ、女性陣を任せますよ」
ロンメルはカドを連れて行くようだ。
「俺がマリーとホワイトの相手をします」
「ネイベル、大丈夫なの?」
リンが不安そうに尋ねてくる。
「安心してくれ。大丈夫だ、問題ない」
青白い炎が壁と天井に灯っており、部屋の中はかなり明るい。岩壁に囲まれていて、初めてウサギを倒した空間を思い出す。中央には、石造の台座の様なものがある。呪具はあそこに置かれていたのかもしれない。
ネイベルは仲間全員に、うっすらと妖しい光を纏わせる。
「棍棒はホワイトが、二人組みの方は短剣と槍を所持している。カルーダの相手は長剣だ。俺の方は問題ないと思うから、各自で対処してくれ――それじゃあ、任せたよ」
ネイベルがそう言うと、やる気に満ちた返事がかえってきた。
「そんじゃ、行ってくるぜ」
「御武運を」
それぞれが相手に向かって駆け出して行く。
ふぅ……。ネイベルも集中を深める。そして部屋の中央に待つマリーとホワイトに向かってゆっくりと歩みを進めて行った。
「ふふふアハハハハ」
こちらを見るマリーの目は、少し血走っている。声も先ほどより高い気がする。それに、体の周りを包む黒いもやは、随分と色濃い。
「さぁ! ガハハハ!」
有無を言わさずに、ホワイトが突っ込んできた。マリーとは違って、こちらは完全に正気を失っている。呪具に囚われているのだろう。
力任せに振り抜かれた棍棒の速さは、ネイベルの予測を上回っていた。それをギリギリで避ける。風を殴る音が耳まで届いた。
ネイベルも両手に棍棒を持ち、しっかりと意識を集中させる。
胴体だ。そこに一発重たいのを打ち込んで、意識がブレた所に強く催眠をかけてやれば良いだろう。
ホワイトも、マリー同様、黒いもやを体に纏っている。鋭く振りぬかれた黒い棍棒は、ネイベルのものよりだいぶ大きい。それに突起も鋭い。
いくつか攻撃をかわしていると、左右でも戦闘が激しくなっているのが視界に入った。カルーダの大きな声も聞こえる。
魔法も使用されている様子だ。妖しい光によって吸収された魔力が、ネイベルへと流れ込んでくるのを感じる。
「余所見をしているなんて、随分と余裕があるのネエエエ」
奇声を上げながら、ホワイトの攻撃の合間を縫って、マリーが鞭をしならせてくる。
「くっ」
風を切る音がとんでもなく鋭い。それに鞭の攻撃は見慣れないので、予測が立てにくかった。どうやら魔力も纏わせている様だ。
加えて、段々とホワイトの攻撃に理性が伴うようになって来た気がする。呪具に慣れてきたのだろうか。
相変わらず豪腕を鳴らして棍棒を振り回してくる。しっかりと見切ってその攻撃をかわしていくが、やがて鞭が鋭く伸びてきて、ついにネイベルの体をしなやかに打った。
まともな装備をしていないネイベルは、かなりの痛みを感じながらも、歯を食いしばって耐えている。
マリーを自由にさせてはだめだ。
「ハーッハ! フゥゥゥウハハハ! やっぱり魔法は効かないのねぇ!」
彼女の声が、耳を貫いてネイベルへと襲い掛かってくる。
牽制に魔法を織り交ぜながら、ホワイトの棍棒をかわし続け、落ち着いて反撃の機会を待った。あの鞭が呪具ならば、ナイフの時と同じ様に、効果を発揮している時は手から離れないはずだ。
「アハハハ! あなた中々やるじゃない!」
マリーは狂喜に満ちた表情を浮かべている。所々血管が浮き出ており、瞳孔が開いている。
ホワイトの攻撃を手に持った棍棒で弾き、軌道をそらした瞬間に、マリーは女性とは思えない力強さで鞭をしならせてきた。
――今だ!
ネイベルは棍棒で鞭を巻き取ると、ホワイトの攻撃にあわせて、思い切り引っ張った。
ホワイトはそのまま鞭ごと棍棒を振りぬき、地面へと叩きつけた。土煙を上げながら、小さなくぼみが出来ている。とんでもない威力だ。当たればただでは済まないだろう。
攻撃の余波をうけたマリーは、鞭に引っぱられながら前方へと体を投げ出し、膝をついた。
――思った通りだ! 鞭は手から離れない。
「馬鹿! 何やってるのよ!」
そのままマリーには、石のつぶてを大量に飛ばして時間を稼ぐ。
そして次にネイベルは、ホワイトの周りに水柱をぶつけて動きを誘導していった。起き上がろうとしたマリーには、雷の魔法と風の魔法をお見舞いしておく。
「あぁ! すごく良いわぁ……素敵よ!」
マリーが大きな声をあげながら、ネイベルの魔法を処理している。
「ンオラァァァ!」
ネイベルがマリーに視線を向けて、魔法を放つ瞬間に見せた隙をついて、ホワイトが大きく棍棒を振りかぶり、横になぎ払うようにして振り抜いてきた。
――かかった!
対人戦闘は、陽動の応酬だ。我慢仕切れなかった方が負けるのだ。
ネイベルは、地面へと向けて風魔法を放ち、一瞬で距離を詰めると、そのまま彼の攻撃の反動まで利用して、脇腹へと強烈な一撃を打ち込んだ。
「ウウウググゥップ」
声にならないうめき声を上げながら、膝を折ったホワイトの兜をつかみ、瞳を射抜く。
――眠れ。
視線の合ったホワイトは、そのままゆっくりと瞳を閉じていき、硬い金属音を響かせながら、地面へとうつぶせに倒れて行った。
ネイベルは即座にマリーを見る。
彼女は長い舌で唇をなめた。
「やるじゃない――まさか邪気を祓うような攻撃が出来るとはね」
先ほどまでの彼女の様子とは少し違う。はっきりと正気に戻ったのかもしれない。
「覚悟しろよ」
ネイベルは集中を深めると、雷の魔法を放って彼女の動きを牽制していく。一対一になれば邪魔は入らない。時折反撃の魔法が飛んでくるが、避ける必要もなく全て吸収していく。
風魔法を飛ばしながら、溶岩のつぶての雨を降らせる。水柱で道を塞ぎながら、雷で打ち抜く。ネイベルは、得意な魔法なら特に苦労もすることなく連射できるようになっている。もちろん魔力は無尽蔵だ。
一方で、必死にネイベルの放つ魔法を相殺するマリーだったが、牽制に飛んでくる魔法の威力にさえ、まったく適わなかった。
「アハハハハ! 凄い、凄いわよ!」
なぜか興奮しているマリーを相手に、ネイベルは一切手を緩める事なく、一方的に蹂躙を続けていった。
「ふぅ……どうやら、ここまでね」
そう言ってネイベルから距離をとると、肩で息をしながら左右を見渡した。
「全く、だらしないにも程があるわ。時間稼ぎすら出来ないなんて」
両翼の戦闘は既に終わっており、カルーダは剣で肩を小さく叩きながらニヤニヤしている。ロンメルとカドは、姿勢を崩さずにマリーを見ていた。彼らの足元には、大きな男達が横になって寝ている。
「口ほどにもなかった様だな、姐さん」
そう言ってカルーダが、意地の悪い笑みを浮かべながらマリーに話しかける。
その瞬間、マリーの目は薄くなり、空間中を凍りつかせる様な瞳がカルーダを鋭く射抜いていた。
壁の炎が揺れている。
一瞬の静寂は、今までの戦闘で高まった興奮を鎮めてくれる。
ロンメル達は、緊張しながらカルーダの様子を見ていた。
「――ん?」
「え?」
「……あぁ、わりぃな。俺には効かねぇんだ、それ」
「……は?」
彼女の薄められた目が、今度は大きく見開かれ、口をあけたまま呆然としている。
「くっくっく……」
ロンメルは声を出して笑いだした。
「ここまでの様ですな、狂宴の――」
すると、マリーはピクッと体をこわばらせ、僅かに反応を見せた。
「ふん……クソ爺のくせに……」
「やはりそうでしたか」
ロンメルはなにやら一人で納得している。
「何でぇ、知り合いだったってのかよ」
「いえ、自信はありませんでした。ただ、武器が鞭だった事と、今の問答で確信に至りました」
「ふぅん、そうかよ。で、誰なんだこいつは」
「狂宴の魔女と言えばアパド出身のイカれた魔法使いとして有名ですな。大昔に私が見かけた時と、年齢がそう変わらないように見受けられたので気付きませんでした」
「げぇ、ババアじゃねぇか」
「失礼な事を言わないでくれるかしら。私はまだまだ若いのよ」
マリーは目を細めてそう言った。
「そこまでにしておいてよ。とりあえずさっさと縄で縛っちゃおう」
そうしてネイベル達は、特に苦労をする事もなくマリー達を捕らえる事に成功した。
話を考えるより、戦闘シーンを考えるほうが楽しい。ついつい長くなってしまう。書き続けていれば描写も上手になるだろうか。




