弱さを認めること
目を覚ました姫様は、物凄い不機嫌だった。
「爺、てめぇ覚えておけよ」
「姫様、あなたがここまで変わられてしまった理由がようやく分かりました」
ロンメルがちらりとミネルヴァを見る。
「はぁ? オレは元からこのままだ。何も変わっちゃいねぇ」
「いいえ、昔も確かに元気一杯ではありましたが、ここまで乱暴で言葉遣いや態度がひどくはありませんでした」
ネイベル達は現在、イスト組が移転してきたという地下に向かっている。どうやらネイベル達とは違って、直接この城の地下へと飛べる鍵だったらしい。鍵というか呪具なのだが。
「私の昔話が姫様は大好きでしたね。特に魔道具や宝具の話をする度に、目を輝かせていたのを良く覚えています」
ネイベルは思わず笑顔になり、心から同意する。横ではリンが、ちらりとネイベルを見て、口角を上げながらも小さく口を押さえている。
「はっ、だから何だってんだ」
「姫様がこっそり、時間を見つけては黒い鍵を眺めに行っていたのは存じております」
「ふん」
「私と一緒に入って、実際に手に取った時の嬉しそうな表情もよく覚えております。ついつい私も姫様には甘くなりました。ご兄弟と比べられ――」
「おい! その話をそれ以上続けてみろ、舌を引き抜くぞ」
何やら色々複雑な事情があるようだ。
「申し訳ありません――実は、あの鍵ですが、魔道具でも宝具でもなかったのです」
「あ?」
姫様は、立ち止まって大きく口を開いたまま固まった。
「あれは、マトージュという恐ろしい悪魔の作った、呪具だったのです。そこにいらっしゃるミネルヴァ様からそう教えていただきました。間違いないそうです」
ミネルヴァはツンとしたまま顔も見ない。どうやら姫様の事が嫌いなようだ。
「だ、だから何だってんだ。オレとは関係ねぇだろうが」
「呪具というのは、物によって性質が異なるものの、一度使うだけでも相当な負担があるそうです。特にマトージュが自ら作ったというこの呪具に関しては、手に持つだけで人格まで変わってしまうほどだとか――」
「爺、てめぇオレがそんな鍵に負けて、人格を変えられたって言いてぇのか?」
「えぇ、その通りです」
あの後にミネルヴァと鍵の影響を確認してみたところ、ロンメル、カルーダ、そしてネイベル自身には特に影響がなかった。もちろん、リンとミネルヴァも性格が変わることはなかった。こういうのは本人の資質や、精神的な部分が大きいという。
カドはわずかに触れるだけで目つきが凶悪になり、危険だと判断したロンメルが、瞬時に意識を刈り取る事で事なきを得た。ショウはそれを見て挑戦すらせずに触るのをやめた。正解だろう。
「アルプーリ様、じぃの言う事は間違っておりません」
「…………」
ロンメルとカドの二人を交互に睨め付けながら、それでも納得がいかないようだ。
その時、カルーダがいきなり口をはさんだ。
「おめぇもよ、気持ちは分かるが受け入れろ。俺達は実際に鍵を持ってみても、精神はやられなかった」
――自分の弱さを認められねぇやつは、一生弱いままだぜ。
耳が痛い言葉だ。それに、カルーダ自身の想いが強く込められている。きっと自分に向けて何度も同じことを言ったんだろうな、とネイベルは思った。
姫様は顔を真っ赤にしながらも、最後の一線は決してこえる事はなかった。
ここで言い訳や開き直りをするようでは、全く見込みがない。そういう意味では、もしかしたら元の性格に戻るという希望もあるかもしれない。
そしてロンメルは、にっこりと笑って姫様に言った。
「この爺も協力させて頂きます。元はと言えば、私の責任でもあります。元のアルプーリ様に戻っていただける様に、お手伝い致します」
当の本人は、未だに顔を真っ赤にしたまま耐えている。
「ダンジョンに篭ってれば、自然と精神面は鍛えられるぞ」
カルーダはニヤニヤしながらそう言うのだった。
地下室への扉は、階層を移動する時の小屋の扉と同じものだった。
もしかすると、あの小屋の上に城を建てていたのかもしれない。それならここへ転移したという話にも頷ける。
扉をあけて中に入ると、それなりに広い空間となっていた。恐らくだが、ここには各王国から色々な人間が連れてこられたのではないだろうか。
恐ろしい想像をしてしまう。なぜならここは、嘆きの牢獄と呼ばれていたのだから……。
「白骨がいくつか散乱してるわね」
リンが悲しそうな顔でそう言った。
人間の骨と思われるものがあたりに転がっているし、埃も積もっているし、蜘蛛の巣も張っていた。
そんな中、一つだけとても美しいままの物がある。
「これだけ異彩を放っていれば、俺でもわかる。これが例の棺だな」
カルーダが真剣な顔つきでそう言った。
見た目は真っ黒に塗られた木製の棺だ。縁は美しい銀色でかたどってあり、部屋の炎を反射して輝いている。長方形で、ちょうど人間が寝た状態で入るくらいの大きさだ。よく見ると鍵穴も付いている。
「そういえば、あいつは俺達に初めて会ったとき『君たちが回したのではないのかね』って言ってたね」
ネイベルははっきりと覚えている。
「あぁ、そういえばそんな事を言っていたような気がするな」
「それなら私も覚えているわよ。この鍵穴の事だったのかしら」
リンは左手を頬に添えて、瞳をうっすらと開けながら棺を見ている。髪飾りは今日も闇の中で一際映えているし、悩ましい表情は妖しい雰囲気を漂わせている。
ショウはそれを見ながら、生唾を飲み込んでいる。ネイベルは、その気持ちが良く分かる。だが、リンは人間ではないのだ……。
ミネルヴァは何かを考えているが、ひとまず話がややこしくなる前に移動してしまいたい。他国の人間がここに来るかもしれないのだ。
「とりあえず移動しよう。ただ、呪具だと分かった時点で、その黒い鍵は使うべきじゃないと思う」
直感だが、なにか悪い事が起きそうな感じがした。
「そうですな、私も賛成です。呪具だと分かっていれば、こんなもの私だって――」
「でもここに飛んで来れるっていう意味では大切な道具よ。恐らく先人達は、自分達だけで同じ物を作れなかったから、仕方なくこの鍵を残したんじゃないかと思うのよね」
ミネルヴァはそう言った。確かに、言われてみればそんな気もする。
「ならばこそ、使ったら何か悪い事が起きる可能性っていうのはあると思うわよ。あの性格が悪いマトージュの事ですもの、罠が仕掛けてあっても全くおかしくないわ」
さもありなん。リンの言う通りだと思い、ネイベルは自らの鍵を取り出した。ただし、木製の鍵ではない方だ。
「どちらの鍵がマトージュにとって都合の良い結果を招いてしまったのか分からないので、木製の鍵も今は使うべきではないと思います。これは、スルーレを倒した後に手に入れた鍵です」
そういって、岩を削り出したようなゴツゴツとした鍵をロンメル達へと見せた。
「んなっ! 魔法の鍵を二つも……」
全く話について来れなかった姫様は、鍵を見た瞬間、驚いたような声を上げた。
「やはり、本当にスルーレを倒してらっしゃるのですね……」
ロンメルは、もはや呆れて声も出ないといった風だ。
「え? 冗談でしょ、あのスルーレですよね? 神獣とか海龍とか言われている――」
ショウはスルーレの話を未だに信じていなかったようだ。
「あの化け物はな、とんでもねぇ強さだったぞ。本当に一度死に掛けた……いや、死んだって言った方がいいな。とにかく半端じゃねぇ化け物だった」
カルーダの言葉を聞いて、イスト組の面々は、全員が信じられないといった顔をしている。
ネイベルは愛想笑いを浮かべておいた。面倒な事になりそうなので、あまり吹聴しないでほしい。
「それにな、おもしれぇ事を教えてやろうか。実はスルーレの骨はな、オリハルコンなんだぜ」
カルーダがそういうと、全員が一様に声を上げた。
「な!」
「は?」
「えっ――」
「ほぉ」
カルーダは、いたずらが成功したような満足げな表情をしているが、背後ではミネルヴァとリンが額に手をあててため息をついている。
簡単に漏らして良い情報じゃないのだ。少しは頭も使って欲しい。
「カルーダ、それはあまり広めて良い話でもないから」
「あぁ、わりぃ。こいつらが驚くのが面白くてよ」
がっはっは、と笑っている。絶対に同じことを今後もやるだろうという確信があった。
「まあいいや。とりあえず、この鍵で上層へと行ってみましょう」
「そ、そうですな。それが良いでしょう」
全員の顔を見渡し、特に反対がない事を確認してから、ネイベルは床に鍵を差し込んだ。
自分の悪い所を素直に認めて反省できる人はすごいと思います。




