歴史を紡ぐ
全員、ミネルヴァの真に迫るような話を聞いている。
マトージュ。別名、真祖の悪魔。
いつから大陸にいるのか、彼の正体は一体何なのか、誰も詳細を知らない。ミネルヴァでさえ、詳しい事は分からないそうだ。
ただ、彼は吸血鬼だったのではないか、と言われているらしい。
その話を聞いた瞬間、その場にいたものは全員ぞっとしただろう。ネイベルでさえ、少し震えそうになった。
吸血鬼という存在は、大陸中の人間を食らい尽くす勢いで増えていき、各地で凄まじい被害者を出し続けたという事で有名だ。その中には、国を丸ごと飲み込んだ、なんていう伝記もある。
なので大昔の人達にとっては、吸血鬼というのは恐怖の象徴そのものだった、と伝えられている。今でも幼い子供が悪さをすると、吸血鬼に魂を吸われるぞ、なんて言ったりもするくらいだ。
しかし、それだけ多くの吸血鬼が存在していたにも関わらず、やがて段々とその姿を見せなくなったという。そして気付いたときには、既に吸血鬼が起こす事件はほとんど無くなっており、現在までそれが続いている。
吸血鬼の生態については諸説ある。
実際に血を吸う必要はないという話や、むしろ血こそ一番大事なのだという話なんかもある。要するに、被害ばかりが吹聴されており、生態について詳しい事は伝わっていないのだ。
ミネルヴァの話を聞きながら一人で色々と思案していると、彼女は吸血鬼の生態について、自らの考えを語ってくれた。魔力を取り込む為に血を吸っている、というものだ。
そもそも魔力とは生命力そのものであり、体を駆け巡る血というのは、魔力が一番豊富に含まれているのだそうだ。故に血を吸う事によって、体内に魔力を取り込みながら生きているのが吸血鬼だと考えているらしい。
ミネルヴァは、マトージュについての話から、自身が地上を去るまでの話を続けている。ここまで詳しく聞くのは、ネイベルも初めてだ。
この大陸では、ケト、アパド、ヲム、イスト、これら四つの王国が争いを続けてきた。しかしある時、背後でマトージュが糸を引いていた事が判明する。
その後、ケト王国が中心となって、マトージュを排除する流れになった。しかし、事はそう単純ではなく、ミネルヴァが地上に居た時代では、遂に彼を追い詰めるまでには至らなかったということだ。
ミネルヴァが一通り話し終えると、全員が内容を頭の中で整理しているようだった。
静まり返った部屋の中では、腹の音がよく響く――。
――ぐぅぅぅ
「そういえばネイベルは食事を取っていなかったわね」
リンが笑顔で荷物の中から保存食を取り出してくれる。
「ありがとう、リン」
「はぁ、久しぶりに脳みそ使ったんでよ、俺もクタクタだわ」
カルーダもお腹がすいていたようだ。
「ほら、あんたもちゃんと食べなさい」
「おぉ、わりぃな。助かるぜ」
ミネルヴァはカルーダの食事を用意している。たぶん、これは突っ込んではいけないのだ。
「そういえば、保存食はまだ結構な量があったよね?」
「えぇ、そうね。十分すぎるほどあるわよ」
カルーダが狩りすぎなのよ、と言ってリンは少し笑った。
「ロンメルさん達も、一緒にどうです? 大した物でもないですが、一緒に薬湯も出しますよ」
彼らは顔色が悪いままだったが、ネイベルの誘いに乗ってきた。
ミネルヴァの話は、確かにそれだけの衝撃があっただろう。ネイベルも知らない事が結構あった。
「そ、それでは……宜しければご一緒させていただきたく――」
ネイベルとカルーダがモリモリと食事を取っている中、ロンメル達はほとんど口を開かない。
そういう作法があるのか、もしくは怪物の肉なんて食わせやがって、と怒っているのだろうか。
「お口に合いませんでしたか?」
ネイベルがそう尋ねると、彼らは顔を上げて口々に答えてくれた。
「いえ、とても美味しいです」
あまり表情を変えることなく、カドはそう答えた。
「私は怪物の肉というものはあまり食べないので不思議な感じがします」
ロンメルさんは怪物の肉をあまり食べないらしい。確かに少し固いし、好みの問題などもあったかもしれない。
「お、美味しい、です」
ショウは恐縮しているのか、緊張しているのか、言葉が尻切れになっている。
「なんだ、おめぇら。俺なんて怪物の肉を食って育ってきたからな。寧ろこれが普通だ」
カルーダは、そういって豪快に肉を食いちぎっていく。
「そういえば、カルーダさんはガルガッド出身だとか……?」
ロンメルは恐る恐る、といった感じで尋ねる。
「ん? あぁ、ネイベルの言う通りだ。ガルガッドってのはな、地下にある王国だ。ミネルヴァが言うには、どうやらケトって国が王族を分けたうちの一つらしいぞ」
俺も最近詳しく知ったんだがな、と言いながら豪快に笑っている。
「そう……ですか。地上では伝説となっています。ケト王国が吸血鬼の難や、他国との戦乱に巻き込まれて滅亡するのを防ぐために、王族を各地に分けたと伝わっています。そのうちの一部は地下へと潜ったとか――」
「そうなんですか。姫様じゃないですけど、自分も御伽噺か何かかと思ってました」
ショウはロンメルに対してだけは普通に会話が出来るようだ。
「まぁ地下でもな、自分達がどこからきて、なぜここで生活しているのか? っていう部分はどんどんと忘れられていってな。今じゃダンジョンの地下にいるんだってことすら忘れているくらいだ」
カルーダは特に表情を変えることもなく、淡々とそう言った。
時間は残酷ですね、とロンメルが呟くのを聞いたネイベルは、何か胸騒ぎがしてリンとミネルヴァに視線をやると、二人は気にしていない風ではあったが、どこか所作がぎこちない感じがした。
「ネイベル様も地下で暮らしてらっしゃったのですか?」
食事の手を止めたカドが突然、ネイベルに話を振ってきた。
「様って……いや、俺は地上で生まれて地上で暮らしてきたよ。そのあたりはね、話すととても長いんだ……」
ネイベルは思い出すだけでも、どっと疲れが押し寄せてくるのを感じる。
「そうなんですか。やかんも自在に扱っていますし、私はてっきり――」
「カド」
ロンメルがそういうと、カドは再び食事を再開した。
ネイベルは、自分が思っていたよりも、ティボルという名前は切れ味が鋭いのだと改めて認識した。もしくは、何か王族関係者に伝わっていたりするのかもしれない。
「お察しの通り、俺はケト王国が滅亡を逃れるために分けた王族の末裔だと思います」
ネイベルは、ここまで話したのだから隠していても仕方がないと割り切って、正直に言ってしまう事にした。逆に何か聞けるかもしれない。
ショウは目を丸くして驚いている。どうやら知らなかったらしい。
ロンメルとカドは、瞳を閉じて、小さく頷いている。
「そうでしたか。実は、石碑と鍵以外にも、王国に伝わる歴史というものがいくつかありましてね。丁度ミネルヴァ様のお話の続きになります」
薬湯を少し口に含むと、ロンメルは話を続けた。
「そもそも大陸共通暦が始まった経緯はご存知ですよね?」
「えぇ、四つの王国が共に手を取り合い発展していく事を願って――」
といった感じだったはずだ。
「えぇ、そうです。ですがそれは表の理由です」
まあ、それはそうだろう。なんせ国同士のやり取りだ。表に出せない部分が大事だったりするのは、ネイベルでも理解できる。
「実は、その年に丁度、マトージュを封印する事が出来たのが発端だと言われています」
「えっ!」
ミネルヴァが驚いている。
「あいつを封印する事が出来たなんて信じられないわね」
「いくつか情報は失われてしまいましたが、残っている情報を合わせますと、どうやら何かの魔道具で力を抑え、この城の地下にあった棺に閉じ込めたとか。封印に大いに関与していたのは、ケト王国の王族だったという情報も未確認ですが残されています」
「そう、すごい事よ。呪術をどうやって防いだのか興味があるわね」
「ちょっとミネルヴァの言ってる事も気になるけど、結局ケト王国は滅亡してエストになったんだよね」
「マトージュを止めるために致し方なく、といった所だったのでしょう。どうやら彼の使う――今ミネルヴァ様のおっしゃった、呪術でしょうか。その不思議な術に対抗できたのがケト王国の王族だけだった、と言われているのです」
「へぇ、ネイベル、おめぇの先祖はなかなかすげぇみてぇだな」
あ、俺の先祖でもあんのか? がっはっは、と言ってカルーダは笑っている。つられてミネルヴァも少し笑った。
大陸を救うために国を割って、それぞれの集団が別の国へと渡ったのか。さらに滅亡を避けるために地下にまで……。
ネイベルも、なんだか少し胸が誇らしくなった。そして、今度は自分の番かもしれないと思った。
「結局、こうやってあれから1000年以上が経って、また封印が解けてしまったようですな。丁度皆様が、それを見届けたという形になった」
「そうね、細かい話は移動しながらにしましょう。恐らく、あなた達以外の国にも同じような石碑と鍵があるんだと思うわ」
「伝わっている限りでは、そうなっておりますな」
「なら、ますます早く地上へ向かわないと」
そうする事にしましょう、と言ってロンメルは立ち上がった。
「あぁ、すっかり忘れていました。カド、それにショウ。姫様を起こしておいて下さい」
ちょっと色々と詰め込みすぎたかな。バランス難しいですね。




