鍵
前回のお話の後半部分、ネイベルの言葉使いが不自然だったので修正してあります。申し訳ありません。
ネイベルは、ロンメルという老騎士に、転移に使用した魔法の鍵を見せてもらう事にした。相当の違いがあると言っていたが、ミネルヴァなら何か知っている事があるかもしれないと思ったからだ。
「こ、こちらになります」
そういって、震える手で荷物の中から大事そうに取り出した鍵は、ネイベル達が持っていた物よりも一回り小さく、そして真っ黒であった。所々に見たことのない模様が施されており、極々ありふれた形状をしている。
ネイベルは一目見て、どこか不気味な雰囲気を感じ取った。ただ、色そのものに関しては、それほど珍しいというわけでもない。普通の鉄製の鍵にだって、黒い物はたくさんある。
ちらりと横目でミネルヴァの反応を確かめてみる。
すると彼女は一瞬、何かを言おうとして、ただし思いとどまったような素振りを見せた気がする。何かあるのだろうか。
「確かに色も違いますし、大きさも違いますね。それに鍵の形状も少し違うかな……さらに材質まで違うとなれば、なるほど、ゆっくりと確認したくなる気持ちも分かります」
ネイベルは、ひとまず見て分かる事を言いながら、相手を慮るような言葉を選んで伝えてみた。
「えぇ、そうでしょう。これを二層の小屋の床で使用したのです」
「二層ですか?」
「えぇ、そうですよ。一層には小屋がない事は当然、ご存知でしょう? 三層まで行く理由もないですからね」
「え、えぇ……当然そうなりますよね。はい、確かに」
背筋が急に冷える思いだ。もっと商人時代に、冒険者の話を真剣に聞いておくべきだった、と今さらながらに後悔している。
背後をちらりと見やると、話を聞きながら、カルーダが腕を組んでいるのが視界に映った。真剣な表情をしながら口を結んでいるが、あれは話し合いが面倒になっているに違いない。
ミネルヴァとリンも、真剣な表情を崩していない。ただ、そろそろリンは口に両手を当てる頃合だろうな、とネイベルは思った。
「それで、ティボルさん」
「ああ、ネイベルで結構ですよ。いまさらですが、私の方もロンメルさんとお呼びしても?」
「え、えぇ。もちろんですとも。光栄です」
ネイベルがケトの王族の血筋である事を理解したのかもしれない。態度が先ほどから何か不自然だ。ティボルという姓は、普段人にはほとんど伝えない。先生から、そうするべきだときつく言われていたからだ。
ダンジョン生活も長くなったせいで、思わず自然に口から出てしまったが、この反応を見る限り、今後はもっと注意したほうが良さそうだとネイベルは思った。
「それで、ロンメルさん。こちらの鍵を、後ろにいるミネルヴァに詳しく調べてもらっても宜しいですか?」
「そうですね、何かご存知かもしれませんし、宜しくお願いします」
ロンメルから預かった鍵をミネルヴァに渡すと、彼女は小声で呟いた。
「やっぱり……」
ネイベルも、小声で返す。
「何か分かったの?」
「ええ、外から見ただけじゃ自信がなかったから言わなかったのよ。でもこうやって手に持ってみると、はっきり分かるわ」
「俺は、ちょっと不気味だなって思うくらいだったけどなあ」
「あんたは異常なのよ。それにあのロンメルって爺さんもなかなかね」
「つまりどういう事なんだよ」
カルーダがミネルヴァの傍に近づき、小声で会話に参加してくる。
「え? あ、そうね。この鍵よね。ちょ、ちょっと待ってくれるかしら。一緒に説明したほうが良いと思うわ」
ミネルヴァは耳まで真っ赤になりながら、慌ててそう言った。
「ああ、それもそうか」
ネイベルはロンメル達にも会話の輪に加わってもらい、ミネルヴァに説明してもらう事にした。
「それじゃあ良いかしら。まず、厳密に言えば、この鍵は宝具でも魔道具でもないわ」
「てめぇ! 適当な事言ってんじゃ――」
部屋中に重たい金属音が響き渡り、アルプーリ王女が崩れ落ちていった。
「本当に申し訳御座いません。話が終わるまで寝ていてもらいましょう」
ロンメルが作り笑顔でそう言うと、やや気圧されながらもネイベル達は了承した。
王女のそばにはカドとショウが控えている。立ち話もあれなので、ネイベル達は車座になって会話を続ける事にした。
「それじゃあ続けるわよ。この鍵は、マトージュが作った物で間違いないでしょうね。私が地上にいた当時、あいつは裏で手を引きながら――いえ、これは今するべき話ではなかったわね。また今度にしましょう」
ネイベルは、ロンメルの眉毛がぴくりと動いたのを見逃さなかった。
「えっとそれで……そう、そうね。つまりこの鍵は、呪具なのよ」
あのナイフと一緒よ、とミネルヴァが言うと、ロンメルただ一人が大いに驚いた。
「何ですと!」
「呪具? 初めて聞いたな」
一方カルーダは、首をひねりながらそう言った。ネイベルは仕事柄、噂話を耳にしたことがあるので知っていた。ただ、実物を見るのは今回が初めてだ。
「ナイフに関しては、リンが簡単に説明したんじゃなかったかしら? 呪具っていうのは、宝具と似たような性質をもつ魔道具のような物よ」
ミネルヴァが、とりあえずカルーダに対して呪具の説明をしている間にも、ロンメルの顔色はどんどんと悪くなっている。
「ほぉ、でも宝具とも魔道具ともちげぇんだろう?」
ミネルヴァは、どこか嬉しそうにカルーダを見ると、表情を引き締めてから、続きを語り始めた。
「込められているのは魔力ではなくて、文字通り呪いなのよ。大体の呪具がそうよ。要するに、人の恨みや憎しみ、悲しみ、絶望、そう言った感情を食らうのよ」
彼女は、ちらりとカルーダを見やると、少し俯いた。
カルーダもやや俯き加減で、ちらりとミネルヴァを、そしてリンを見る。
「そうかよ。それじゃあ、その……何だ、あのナイフを使ったおめぇらには、随分辛い思いをさせちまったみてぇだな」
――すまねぇ。
視線を床へと固定したまま、彼が短く心の声を吐き出した後には、風の音だけが虚しく響いていた。
そんな、なんとも言えない空気の中で、ロンメルが意を決してミネルヴァへと確認を取り始めた。
「そ、その……この鍵が呪具というのは、間違い、ない……のですか?」
顔面が蒼白になっている。
ミネルヴァは、気持ちを切り替えて丁寧に答えた。
「ええ、そうね。実はあなた達が来る数日前に、私達は実際に呪具を手にして使わされていたのよ。だから間違いないわ」
「な、なんと――」
言葉尻は聞き取れなかったが、両手を床について小刻みに体を震わせている。
むしろネイベルは、マトージュと戦ったのが数日前だという事実を今知った。大した傷でもないと思っていたが、思いのほか体は悲鳴をあげていた様だ。言われてみると、かなりお腹が空いている――気がする。
「私どもが聞かされている呪具の言い伝えも、まさにその通りでしたが、実物がこんな身近にあるとは考えもしませんでした。この鍵は、我が王国に代々伝わるものでして、とある魔道具と、二つで一組として大切に保存されてきたものなのです」
「とある魔道具、とは一体何かしら」
ミネルヴァがそう答える横で、意外にも、リンはずっと真剣な表情を崩さないままだ。
「はい、石碑のようなものです。場所はお教えできませんが、とある場所にて大切に守られて来ました。その石碑には『真祖の悪魔が封印された地で何か異変が起こると、刻まれた文字が赤く発光するので、鍵を使って調べに行きなさい』といった内容の事が刻まれています」
「じゃあその石碑と一緒に、よりにもよって呪具の鍵が受け継がれていたってわけね」
「正直申し上げますと、私も未だに現実を受け止める事が出来ません――」
なんだか、分からない事が一気に増えてしまった。真祖、悪魔、呪具、石碑、うーん……。マトージュの事を言っているのは分かる。あれは人間ではなかったので、真祖の悪魔だったという事だろう。
ネイベルが右手にあごを乗せながら頭の中を整理していると、ミネルヴァが理解を進める助け舟をだしてくれた。
「ネイベル、それにカルーダとリンも。あとはイストの人も落ち着いて聞いて頂戴」
全員がミネルヴァの小さい顔を凝視している。
豪奢な金髪を、青白い炎の光がゆらゆらと照らす。夜の闇にとても映える、どこか幻想的な美しさだ。
「もう理解していると思うけど、真祖の悪魔っていうのはマトージュの別名よ。あいつはね、今から数千年以上も前から、ずっと大陸全土を、騒乱の渦に巻き込み続けていたのよ」
鍵って良いですよね。ロマンが詰まってる気がします。




