自己紹介
老騎士のまとう空気が変わったのを感じる。カルーダがしっかりと殺意を込めた時のそれに似ている。
相当な数の修羅場を潜り抜けて来たであろう事を感じさせる。ピリピリとした空気が肌を刺してくる。
「それではいくつかお尋ねしますぞ。正直に答えて下されば、お互い嫌な思いをせずに済むでしょう」
「ああ、分かっている。はやく始めてくれ」
ネイベルも、老騎士にならってしっかりと気を引き締める。
周りの空気が一瞬、止まったかのような錯覚を覚えた。
老騎士の左右にいる二人の若者は、顔を青くしている。
「ほぉ……」
姫様、と呼ばれていた人物が、小さく息を吐き出す。
そして、老騎士がゆっくりとまぶたを閉じてから、開いて、尋問が開始された。
「では……。まずは、なぜ、そしてどうやってこの地にいらしたのか、お聞きしましょう」
「ああ、それなら答えは簡単だ。全ては地上へと戻るためだ。下層の小屋で魔法の鍵を使い、隣の大森林に転移した。そして探索が終わった後に、この遺跡まで歩いて来たんだ」
ネイベルは正直に答えた。
鋭く射抜かれている気がする。
「探索……フム……。では、使用した魔法の鍵がまだ手元にあれば、見せて頂けますかな」
ネイベルは、手の縄くらいは外してくれ、と目線で訴えかけてみるが、無視されてしまった。
仕方がないので無理やりリュックサックを開けて、言われた通りにスターラビットの模様が着いた木製の鍵を取り出し、老騎士へと手渡した。
奪われる危険を考えなかったわけではないが、この人は信頼できるという直感が何となくある。
「爺、これは……?」
「えぇ、間違いないでしょうな」
となると……フム……つまり――。
ですがこれは……?
どういうことだ、はっきり……。
四人が顔を見合わせながら、何やら話し合い出したので、ネイベルはミネルヴァに少し話を聞いてみた。
「あの鍵ってなにか特別だったりするの?」
「うーん、どうかしらね。私の目にはただの魔法の鍵に見えたけど。そもそもね、私の地上での記憶は、ケト王国が二手に分かれた時点で止まっているんですもの。いまはケト、なんていう名前の国すらないっていうじゃない? 色々分からない事も多いわね」
ミネルヴァの話を聞いて、確かにそれもそうだとネイベルは思った。
修練の祠の記録を見るに、恐らくミネルヴァは2000年程度は地上に出ていないはずだ。リンの記憶も相当怪しいものだと言っていたので、ネイベルは彼らが何と言おうと、それを確かめる術が少ない。
カルーダに至っては地上へ出たこともないのだ。
「ん……」
カルーダが目を覚ましたようだ。いや、正確にいえば、寝ている振りを我慢できなかったのだろう。ミネルヴァの剣幕を耳にした時には、驚いて少し動いてしまっていた。
「あら、カルーダ。具合はどうかしら」
リンは、不安そうな表情を見せながらも、優しく語り掛ける。一々仕草が艶めかしい。
「あぁ、大丈夫だ……。それより――」
カルーダはリンに返事をした後に、恐る恐るといった様子でミネルヴァを見た。
――彼女の瞳からは、涙が溢れそうだ。
誰も何も言わない。
鍵を見ながら話し合っている声が、やたらと大きく部屋の中に響く。
風はだいぶ収まっているようだが、壁の穴からは冷たい風が時折吹き込んでくる。
カルーダはミネルヴァを見つめているが、やがて目を逸らすと、自分の体を確かめ始めた。
リンは目を瞑って口を閉じている。口角が僅かに上がっている気がする。
そしてミネルヴァは、震えていた。
さて、と言って老騎士が語りかけてきた。話し合いは終わったようだ。
「そちらの御仁も目を覚まされたようですな」
カルーダを見ながらそう言う。
「あぁ、大体の所はこいつらから聞いた。そのまま続けてくれて構わねぇぞ」
それを聞いた老騎士は、一つ首を上下させると、話を続けた。
「それで、こちらの鍵ですが……我々の持つ何かと交換していただくわけには……?」
「えっ?」
「あんた達ね、さすがにその鍵の価値を知らないとは言わせないわよ」
ネイベルが虚をつかれていると、ミネルヴァがたまらず口を挟んだ。
「それは確かに存じております。ですが、こちらの所持している物とは明らかにかけ離れておりましてな。正直、色々と調べておきたいのですよ」
はぁぁ、とミネルヴァは大きくため息をついた。
「そもそもあんた達ね、この対応はどうかと思うわよ」
礼儀って言葉はご存知かしら? と、ミネルヴァは嫌味を込めて言い放つ。カルーダが目を覚まして、少し元気が出てきたのかもしれない。
「承知致しました」
「おい、爺! てめぇ勝手に――」
――パァン
「んな……」
老騎士は、姫様と呼ばれていた女性の頬を、思いきりはたいた。
「いい加減にしろと何度言えば分かる! 己と相手の力量差すら見抜けないのか! 誰に対しても礼を尽くせと、ウロ様があれほどおっしゃっていただろうに、なぜそれを理解できないのだ! 愚か者に語る言葉などこれ以上ない。少し黙っていなさい」
お前達で見ておけ、と二人の騎士に伝えた後に、こちらへと向き直り、大きく息を吸い込んでからゆっくりと吐き出し、言葉を続けた。
「これまでの無礼、この爺の首をもって、どうかお許しいただきたい」
そう言って深くこうべを垂れる様は、非常に見事であった。
堂に入る、とはこういう事を言うのだろうか。
その所作は、淀みなく流れる清流の様に澄んでいて、あまりにも美しかった。
ネイベルは、思わずつばを飲み込んでいた。そして、はっとしてから丁寧に答えた。
「どうかお気になさらずに。こちらは大して気にしておりませんので」
これは本当のことだ。この程度の縄など、行動の妨げにすらならない。そして恐らく、この人物はそれを最初から理解していただろう、という確信がネイベルにはあった。
そして老騎士は、ゆっくりと頭をあげると、全員の手足の縄を解き、ネイベルの瞳をしっかりと見つめてから挨拶を始めた。
「私はイスト王国の国王、ウロ・セン様に仕える、ロンメル・ハリと申します」
国王の名前がネイベルの記憶にないので、もしかしたら代替わりしたのかもしれない。
「そしてあちらの愚か者は、アルプーリ・セン第三王女となります。控えている若い騎士二人は、それぞれカド、ショウ、とお呼び下さい。姉弟で王女直属の部下となります」
カドと言われたほうが女性らしい。鱗の兜をしていて分かりにくいが、良く見るときれいな顔をしている。ショウが槍で頭を殴られていた弟だろう。
姉弟で赤茶色の髪が兜からのぞいており、目元が少し垂れている所が似ている。
ネイベルもまだ名乗っていなかったのを思い出し、自己紹介をした。
「私の名前はネイベル・ティボルです」
「は?」
「そして後ろにいるのが、リンとミネルヴァ。二人とも、私が宝具から顕現させました。となりの老人がカルーダ。ガルガッド出身の戦士で、一緒に地上を目指しています」
「……え?」
簡単な自己紹介を終えると、ロンメルと言った老騎士は、目を点にしてネイベルを見つめていた。
何か不味いことでもあっただろうか。反応を見る限りだと、リンとミネルヴァの存在は隠しておいたほうが良かったかもしれない。
アルプーリ王女や、カドとショウといった若い騎士二人まで、ネイベル達のことを口を開けたまま見つめている。
「どうしました、そんな顔をされて」
何を言っていいのか分からなかったネイベルは、とりあえず、そう言葉をかけた。
「い、いえ……何でもございません」
何でもございません、という事は、何かあるという事だ。ネイベルは知っている。
だが、それが何か分からないので、どうしようもなかった。やはり地上から離れていた時間が長くなりすぎたかもしれない。リンとミネルヴァもうまく適応できるか不安だ。
カルーダに至ってはもはや不安しかない。
「それでは、お互い自己紹介も終わった所で、ロンメル殿」
「んな、何でしょう」
「鍵の件についてですが――」
そうして気付くとなぜか今度は逆に、ネイベル達が彼らに質問をし始めるのであった。
相手は、イスト王国の偉い人達でした。




