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唸る龍

 三階へと上ったネイベル達は、左右を見渡した。


「突き当たりに一部屋ずつ。んでそこに一部屋か。思ったより部屋が少ねぇな」


「その代わり二階には部屋が多かったように思えるから、三階は王や王妃の寝室、執務室って感じかもね」


 カルーダはうなずきながらネイベルを見据える。


「で、どこから行くよ」


「分かってるだろ」


「まぁそうだな。一応の確認だ」


 そういってカルーダは背後の扉を見やる。


「どう考えてもここだ。禍々しい雰囲気がする」


「リンとミネルヴァの声が聞こえないのはちょっと不安だけど」


「おめぇが大丈夫だって言ったんだろ、しっかりしろや」


「それもそうだ」


 ネイベルは一つ小さく息を吐き出すと、扉へ向かって歩みを進めた。


 遠くからは風の悲鳴が聞こえる。


 青白い炎は、時折その風を受けながら、ぼぅっと音を立てている。






 扉には鍵などが掛かっているわけでもなく、すんなりと開いた。


 すぐさま視界に二人が飛び込んでくる。


「リン! ミネルヴァ!」


 ネイベルは二人に向かって叫んだ。


 思っていたよりもずっと広い部屋の奥には、リンとミネルヴァが目を開いたまま横たわっている。その後ろでは石造りの椅子に腰掛けたマトージュが、こちらを見ながら笑っていた。


 肘掛にもたれつつ、頬杖をついている。


 部屋の中は光源がやや乏しく、外よりもわずかに薄暗い。窓の穴も塞がれている。椅子の横には小さい机が備え付けられているようだ、その上には怪しい壷が置いてある。杯を片手にこちらを見ている事を考えれば、お酒でも入っているのだろう。


 ネイベル達は、マトージュへと歩いて近づいていく。


「よく来てくれたね」


 彼はそう言って立ち上がると、杯を机に置き、距離を詰めながら話かけてきた。


 その時、彼の視線がネイベルの腰へと向けられる。


「おや……」


 マトージュの顔が驚愕に染まる。


「貴様、その腰に下げているものは――」


 今日は火を炊いたので、外ではやかんをリュックサックにしまっていた。今はいつも通り腰につけている。


「はっはっは。なるほど、そういうわけか」


 大きく笑いながら、ちらりとリンを見やると、マトージュは何かに納得したようだった。


「これはなかなかどうして……面白いじゃないか」


「どういう意味だ」


「貴様が知る必要はない」


 そんな事よりも――と言ってマトージュは、右手をリンとミネルヴァに向けながら言った。


「丁度ね、どうやって彼女達を料理しようか、考えていたんだ」


 マトージュは、口が裂けるような笑みを浮かべて、ネイベル達の様子を見ている。


「へっ、良く言うぜ。部屋に閉じこもって震えてただけじゃねぇのか」


「私が? 貴様らにか?」


 マトージュは再び、あっはっはっは、と大声で笑い出した。


「面白い! 面白いね。君は確か――カルーダ、といったかな」


 するとカルーダの顔色が少し悪くなった。


「おい、大丈夫か?」


「あ、あぁ大丈夫だ。心配すんな」


 ほぉ、といった風な表情をうかべてマトージュは、殊更面白そうにこちらを眺めている。


「これは一体……。素晴らしい、非常に興味深いよ」


 カルーダは早々に剣を抜いた。


「いつまでその減らず口を叩けるか、見せてみろや」


 くっく、と、また一つ笑いながらマトージュは右手を高く掲げ、指を鳴らした。


 闇を切り裂くように、青い光が地面から立ち上る。

 

 周囲に見慣れない文字が広がっていき、やがて円を作り終えると、光は再び薄暗い部屋の中へと溶けていった。


 光が消えた所には、大きな蜘蛛が姿を現していた。横になったカルーダより大きそうだ。


 湾曲した牙がのぞく顔の左右には、それぞれ4つずつ赤く燃える様な瞳が付いている。黒くて細長い脚の先には鋭い爪も付いていた。


「うわ、気持ちわりぃもん出しやがって」


「はっはっは、光栄に思いたまえ。君たちには、私のかわいいペットの餌になってもらう事にしたよ」


 どうだい、可愛いだろう? と言いながら、片眼鏡をしっかりとかけ直す。


「あの二人は君たちにとってどういう存在なんだい? ただの友人……というわけではなさそうだ。恋人かな? それとも、夫婦だったりするのかな」


 いや、それはないか、といってマトージュはカルーダを見た。


「フン、勝手にほざいてろや」


「大切な存在を前にして、死が迫る絶望の表情を見せておくれよ。それはきっと、僕の心をひどく満たしてくれるに違いないんだ。それに、彼女達も、助けに来てくれた人間が絶望に囚われて命を散らしていく様を見る事になる」



 ――ああぁ、一体、どういう気持ちになるんだろうね。一体、どういう表情をしてくれるんだろうね。



「……私は、それを想像するだけで――んんっ!」

 

 青白いマトージュの頬には、わずかに紅が差した様に見えた。


 儚い灯りが、彼の恍惚とした表情をゆらゆらと照らしている。


 ネイベルは、カルーダとマトージュのやり取りの間も、ひどく腹が立つ一方で、信じられないくらい冷静だった。


 リンとミネルヴァはまったく無事だ。この男の悪趣味な真似事に付き合わされる格好となったが、むしろ好都合かもしれない。


「カルーダ、いけそうか?」


「あぁ、あの蜘蛛程度なら問題ねぇ」


「分かった、俺は後ろから補助をしつつ、あいつの動向をうかがっておく」


「分かった。そっちは任せたぜ」


 そういうとカルーダは、全員に魔力を纏いながら、大きな蜘蛛へと突っ込んでいった。






 力強く右足で地面を蹴ったかと思えば、次の瞬間には、もう蜘蛛の脚が吹き飛んでいる。痛みを感じる暇さえ与える事なく、そのまま飛び退き、さらに逆の脚を刈り取りに行く。


 蜘蛛はたまらず距離を取ると、お尻の先を天井へと向け、勢い良く糸を飛ばした。


 張り付いた糸を回収する様に天井へと移動する最中、蜘蛛の八つの目が一際強く赤い光を放つ。


「カルーダ! 魔法だ!」


「任せたぜ! ネイベル!」


 蜘蛛もしっかりと魔法を使うようだ。ネイベルはカルーダの体に、妖しい光を薄く這わせた。


 それを見たマトージュは、大きく目を見開く。そして、興味深そうに戦いを眺めている。


 カルーダは完全にネイベルを信じ切っている。一切の躊躇なく、蜘蛛へと飛び込むと、右手に持った剣を鋭く振り抜いた。


 剣が纏っていた火の魔法が、蜘蛛めがけて飛んでいく。しかし、それを器用に避けながらも、蜘蛛の目は赤く光り続けている。


 ネイベルは、ちらりとマトージュを見た。



 ――何かを期待しながら笑みを浮かべているようだ。



 おかしい。今の所、カルーダは完璧に自分の仕事をこなしている。


 カルーダは、素早く位置を変えながら、蜘蛛が口から吐き出す物体を回避している。着弾した部屋の床からは、煙が発生している。酸か何かだろうか。


 開けっ放しの扉から吹き込む風が騒がしい。


 カルーダは、剣に纏わせる魔力を一気に増加させた。


 もはや原型を留めないほどの巨大な炎の剣となっている。


「おぉ、中々に美しいではないか」


 マトージュが笑みを深めながら、そう言った。


「うおぉぉらぁぁぁ」


 カルーダは、瞬時に足にも魔力を纏うと、爆発的な加速力を得て蜘蛛へと直進し、大きく剣を振った。


 巨大な炎の塊は、まるで生きているかの様に伸びていき、吹き込む風は唸り声だろうか、龍が獲物を飲み込むがごとく、赤く目を光らせた蜘蛛を丸呑みにして、その存在ごと焼き焦がしていた。


 炎の通り道には亡骸すら残されておらず、壁に直撃しても尚その勢いは衰えることなく、大きく穴を開けた先でやがて、龍は闇へと溶けていった。


 壁の穴から吹き込んでくる風の音は、まるで蜘蛛の断末魔の様だ。耳にまとわりついて重たい。


「ふぅ……」


 カルーダは少し額から汗を流している。



 ――パチ、パチ、パチ。



 両手をゆっくりと叩きながら、マトージュは笑みを絶やすことなく言った。


「実に美しい!」


 カルーダは眉間にシワを寄せる。


「フンッ、こんな小物おしつけておいて良く言うぜ。次はてめぇだ」


 呼吸を整えようとしているが、少し肩が上下している。


「いやぁ、まさかここまでやるとはね。少々見くびっていた事は認めよう」


 ネイベルは先ほどから違和感を感じ続けている。その正体を探っているのだが、一向にはっきりとしない。


「少し、趣向を変えようか――」


 マトージュは何かを呟きながら、パチンッと指を鳴らすと、右腕を複雑に動かしながら最後はネイベル達へと向けた。




追いかけて読んで下さっている方、評価、ブックマーク、いつもありがとうございます。

書き始めの頃の話を読み返すと、全面改稿したくなりますね。でもそのまま残しておこうと思います。主人公と一緒に自分も成長していくスタイル。

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