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最終章 いい爺さんだったなぁ

歳月が流れた。


俺は70歳になろうとしていた。


約束の年齢だ。


子供たちにはそれぞれ家庭ができた。


孫も増えた。


俺は孫たちを可愛がった。


しかし、甘やかすだけではなかった。


悪いことをすれば叱った。


泣けば抱きしめた。


腹が減ったと言えば飯を食わせた。


祖父母から受け継いだものを、今度は自分が孫たちへ渡していった。


ある冬の日。


孫たちが集まった。


食卓には料理が並んでいた。


「じいちゃん、これ食べていい?」


「食え食え。いっぱい食え」


「また太るって!」


「じいちゃんも昔はデブやったんや」


孫たちが笑う。


俺も笑った。


ふと、窓の外を見た。


雪が降っていた。


その瞬間、幼い頃の自分を思い出した。


祖母の家。


味噌汁の匂い。


忙しく働く父と母。


学校で浴びせられた言葉。


一人で泣いた夜。


自分に降りかかる幸 不幸は全部自分のせい

幸せは努力の証 不幸は防げない努力不足


あの夢 あの男


「努力すれば、望みを叶えてやる」


彼は心の中で言った。


俺は、ちゃんと努力したのかな。


すると、孫の一人が彼の袖を引っ張った。


「じいちゃん」


「ん?」


「また明日も来ていい?」


彼は笑った。


「もちろんや」


「じゃあ、また 


孫たちは帰っていった。


静かになった部屋。


椅子に座わり考えた。


長い人生だった。


間違いだらけだった。


人を傷つけた。


人に傷つけられた。


愛する人を失った。


家業も失った。


家族も一度は壊した。


それでも。


最後まで残ったものがあった。


血のつながらない息子。


三人の子供。


そして孫たち。


目を閉じた。


すると、またあの声が聞こえた。


「どうだった?」


俺は笑った。


「最高とは言えんな」


「そうか」


「でも……」


少し考えた。


「悪くなかった」


男が笑った。


「そうか」

 

「なあ」


「結局、俺の一番の望みは叶ったのか?」


しばらく沈黙があった。


そして男は答えた。


「それは、お前が死んだ後に分かる」


俺は笑った。


「ずるいな」


目を開ける。


そこには誰もいない。


数日後。


俺は眠るように亡くなった。


葬儀の日。


家族も。


昔の友人も。


かつての仕事仲間も。


多くの人が集まった。


長男が泣いていた。


長女も泣いていた。


次女も泣いていた。


実の娘、真理は棺の前で静かに涙を流していた。


孫たちは、まだ死というものがよく分かっていない。


一人の孫が、母親に聞いた。


「じいちゃん、もう帰ってこないの?」


母親は答えられなかった。


すると別の孫が言った。


「でも、じいちゃん、いっぱいご飯食べさせてくれたよね」


「うん」


「いつも怒ってたけど」


「うん」


「でも、優しかった」


誰かが泣きながら笑った。


そして、棺の横にいた長男が呟いた。


「……良いじいさんだったな」


その言葉が、静かな部屋に響いた。


誰も否定しなかった。


長女が頷いた。


次女も頷いた。


真理も涙を拭きながら頷いた。


「うん」


「良いじいさんだった」


その瞬間。


少年だった頃に見た、あの暗闇の中の男が現れた。


男は笑っていた。


「約束は果たされたな」


俺は答えた。


「そうだな」


「一番望んだものは、叶えられなかったか?」


俺は首を振った。


「違う」


「ん?」


「俺が欲しかったのは、若い頃に思ってたものじゃなかった」


男は黙って聞いている。


「金でもない」


「女でもない」


「成功でもない」


「最後に、誰か一人でもいいから」


「俺の人生を、悪くなかったと思ってくれることだったんだ」


男は頷いた。


「では、帰ろう」


「どこへ?」


「お前がずっと帰りたかった場所へ」


俺は歩き出した。


暗闇の先に、明るい光が見えていた。


そこには。


若い頃の父と母。


祖父母。


そして。


あの日、自分から手放してしまった女性が立っ


ていた。


優花が笑っている。


若い頃のままの笑顔で。


俺は立ち止まった。


「……遅かったね」


優花が言った。


俺は笑った。


「悪かった」


「うん」


「待たせたな」


「うん」


二人は歩き出した。


長い長い人生を終えて。


ようやく。


俺は帰っていった。


そして地上では。


誰かがまた、俺のことを話していた。


「あの人なあ……」


「いろいろあったけどな」


「でも……」


少し笑って。


「良いじいさんだったなぁ」


その言葉だけが。


俺が一生かけて探していた答えだった


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