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王宮の結界

それからシルフィは、悲鳴の聞こえた方へ駆け出した。


女性が、瘴気に足を取られて動けなくなっていた。


「これ……何……」


シルフィはすぐに浄化魔法を発動し、黒い泥を消し去る。


「これで大丈夫……」


「え……あ、ありがとうございます……!」


女性は深くお辞儀をすると、そのまま雨の中を走り去っていった。


シルフィは静かに息をつき、近くのベンチに腰を下ろした。


「国は何か知ってるのかな……」


小さく零れた言葉は、雨音に紛れて消えた。


考えても答えは出ない。

現場にあるのは痕跡だけで、核心はどこにもない。


なら――


「……一旦、王都まで行ってみるか」


椅子から立ち上がる動作に、迷いはなかった。


窓の外。

激しい雨が街を叩き続けている。


軒先から溢れた水が滝のように落ち、石畳の通りには細い流れがいくつも走っていた。

遠くで、風に煽られた看板が軋む音が断続的に響く。


普通なら、外に出るのも億劫になるような天気。


だがシルフィにとっては、関係のないことだった。


階段を降り、扉を開ける。


雨音が一気に押し寄せる。


冷たい空気と、水の匂い。


濡れた土と石の匂いに混じって、どこか鉄のような重たい匂いが鼻をかすめた。


それらを一瞬だけ受け止めて――


次の瞬間には、もうその場にいなかった。


――ピュンッ!


空気が裂ける。


遅れて、風だけがその場に残った。


石畳の上に残る水たまりが、衝撃で波紋を広げる。


シルフィはすでに、街の外縁を越えていた。


屋根の上。

壁の上。

時には何もない空間すら踏みしめるようにして、一直線に進む。


視界の端で、景色が流れる。


建物が、道が、人が、

すべてが“背景”として後ろに吹き飛んでいく。


濡れた屋根瓦が鈍く光り、煙突から立ちのぼる細い煙が、引き裂かれるように千切れていく。


(この速さなら――)


風を切り裂きながら、淡々と考える。


(数分で着くか)


焦りはない。


ただ、最短で辿り着くだけ。


それだけのこと。


ふと、思考が逸れる。


「あ、お土産くらい買ってこうかな」


どうでもいいことを、ぽつりと呟く。


この状況で出てくるには、あまりにも緊張感のない発想だった。


だがシルフィにとっては、それが普通だった。


「……いや」


一瞬、間を置く。


「お金なかったな」


あっさりと結論が出る。


そもそも買えない。


じゃあいいか、と、それ以上考えることもなく切り捨てた。


再び、思考は本筋へ戻る。


(王宮なら、何かしら動きがあるはずだ)


王国騎士団。


国の中枢。


情報の集積。


あの規模の異常を見逃すとは思えない。


わずかに、目が細まる。


知らないのか。

知っていて黙っているのか。


どちらにせよ、現場よりは答えに近い。


前方の空が、わずかに開ける。


雨雲の向こう。


遠くに、巨大な城壁が見え始めた。


灰色の雲を背負うようにして、黒く濡れた城壁が地平からせり上がっている。

その上を走る見張り塔の灯りが、雨の中でぼやけて滲んでいた。


「……見えた」


王都。


この国の中心。


高くそびえる城壁と、その内側に広がる建造物群。


雨に煙りながらも、その輪郭ははっきりと存在していた。


シルフィは速度を落とさない。


むしろ、わずかに加速する。


空気の抵抗が、遅れて身体にまとわりつく。


だが、それすらも引き裂くように進む。


――ピシッ


微かに、空気が軋む音。


それでも止まらない。


視界の中で、王都が急速に大きくなる。


「さて……」


小さく呟く。


その声は、もう風にすら追いつかない。


「何が出てくるか」


わずかに口元が緩む。


期待か、退屈しのぎか。


そのどちらでもあるような、曖昧な表情。


次の瞬間。


シルフィの姿は、王都の目前へと到達していた。


雨は、変わらず降り続いている。


まるで――


何かを隠すように。


シルフィは王宮の上空を、音もなく横切る。


雨を裂き、雲を抜ける。


その瞬間――


視界の端が、わずかに“光った”。


「……っ」


反応するより先に、


緑色の閃光が一直線にシルフィへと突き刺さる。


――ギィンッ!!


鈍く、硬質な衝突音。


シルフィの身体は、球状の淡い青紫色の光に包まれていた。


光線は弾かれ、空中で霧散した。


「……危な」


小さく息を吐く。


視線はすでに、光線の発生源を捉えている。


「今の、完全に殺しに来てたな」


軽く言うが、目は笑っていない。


(反応が早すぎる)


侵入と同時。


警告も、牽制もない。


(しかも精度が高い)


偶然じゃない。


完全に“捕捉されていた”。


ゆっくりと、王宮を見下ろす。


その周囲を覆う、見えない膜。


だがシルフィには、それがはっきりと“見えていた”。


「……異常なほど強い結界だな…一応瘴気を認知自体はしてるのかな…」


思わず、呟きが漏れる。


「騒ぎになる」


騎士団に目をつけられる。


それは単純に、手間だ。


今はまだ、そこまで踏み込む段階じゃない。


「……やめとくか」


あっさりと判断する。


次の瞬間、


シルフィの姿は、そこから消えていた。


――ピュンッ!


残るのは、わずかな風の揺らぎだけ。


王宮の結界は、何事もなかったかのように静まり返っている。


まるで――


何も侵入していないとでも言うように。

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