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見過ごせないもの

雨脚は徐々に強くなり、石畳を白く煙らせていた。

店先で空を見上げたリリィが、小さくため息をつく。


「……買い出し、今のうちに行ってきます」


「え、こんな雨の中?」


椅子でだらけていたシルフィが顔だけ上げる。


「今日の分の薬草が足りないんです」


「大変だねぇ、勤労って」


「他人事みたいに言わないでください」


リリィが傘を手に取ると、シルフィはしばらくぼんやり眺め――やがて立ち上がった。


「……私も行く」


「どうしたんですか急に」


「暇すぎて死にそう」


「理由…」


二人は雨の通りを歩く。

傘を打つ雨音だけがやけに大きい。


その途中、シルフィがふと足を止めた。


「見てよ、これ」


石畳の隙間。

雨に濡れながら、黒い染みのようなものが張りついていた。


リリィは覗き込み、首を傾げる。


「ただの汚れじゃないですか?」


「これ、瘴気」


「……は?」


あまりに軽い口調だった。


シルフィはしゃがみ込み、黒い染みを指さす。


「朝見つけた」


「朝!?」


「うん」


「なんで今言うんですか!?」


「タイミングなくて」


「最悪です!」


シルフィは続ける。


「放っとくと、人死ぬよ」


数秒、雨音だけが落ちた。


リリィの表情が固まる。


そして次の瞬間、勢いよくシルフィの肩を掴んだ。


「めちゃくちゃ重要なことじゃないですかッ!!」


「痛い痛い痛い」


「なんで言わなかったんですか!?


「まぁ、空気悪くなるかなって。」


「そういう問題じゃありません!!」


「これ結構やばい奴なのね。ほんとに。だから私が言わなくても聖職者とかまぁとにかく王都の調査隊が気づくはずなんだけど何も知らされない」


シルフィは黒い汚れから視線を外さないまま、気の抜けた調子で言った。

まるで天気の話でもするような声色だったが、その内容だけは軽くなかった。


「つまり?」


リリィは思わず問い返す。

雨粒が肩口を濡らしていくのも気にせず、シルフィの横顔を見つめた。


「普通に“人死ぬレベルの瘴気が出ました!”なんて言ったら信用に関わるから隠蔽してるのかも。」


肩をすくめ、シルフィはあっさりと言い切る。

冗談のような口調なのに、妙に現実味があった。


リリィは唖然とする。


「あ…」


喉から漏れたのは、言葉にもならない短い声だけだった。

顔から血の気が引いていく。


「はは。」


シルフィは乾いた笑みをこぼした。


雨の音がやけに響く。

石畳を叩く水音だけが、二人の間の沈黙を埋めていた。


「君はまず私の作った簡易結界にでも入ってれば死ぬことはないよ。」


何でもないことのように告げる。

だがその言葉に、リリィの肩がぴくりと揺れた。


リリィは涙目になる。


「なんでそこまで…」


驚きと戸惑いが混ざった声だった。

こんな状況でも、自分を守ろうとしてくれている。その事実が胸に刺さる。


「だって君死んだら私働くはめになるじゃん。」


即答だった。


リリィはすっといつもの表情に戻る。


「………」


さっきまで滲んでいた涙が、すっと引いていく。

代わりに据わったような無表情だけが残った。


「何その顔?」


シルフィが首を傾げる。


「いやなんでも。それよりシルフィさんはどうするんですか?」


リリィは深く追及するのをやめ、淡々と話題を切り替えた。

慣れている。こういう人なのだ。


「私?」


シルフィは自分を指差し、少しだけ考えるように空を見上げる。

雨粒が前髪を濡らし、頬を伝って落ちた。


「本当に!動きたくないけど人を見殺しにするのもちょっと良心が痛むから原因を調べるよ。」


盛大に面倒そうな声だった。

それでも、その足はすでに前を向いていた。


「とりあえず君の家は簡易結界張っとくから買い物が終わったら家に閉じこもってて。できるだけね。」


「わかりました。」


「またね。」


次の瞬間――


姿がぶれる。


音もなく、シルフィは通りを駆け抜けていた。


屋根の下、路地裏、広場の隅。


視線だけで位置を捉え、次々と場所を移していく。


石畳の隙間。


壁際。


人の通り道。


「……ほんとに、どこにでもあるな」


ぼそりと呟く。


シルフィは足を止める。


「多すぎる…」


通りの真ん中。


雨が強く打ちつける中、静かに地面を見下ろす。


瘴気。


水に流されながら、形を崩す。


それでも――消えない。


ほんのわずかに。


確実に。


一方取り残されたリリィはシルフィの消えた方を見る。


「本当にあの人なんなんでしょう…」


そんな疑問を胸にリリィは買い物を済ませようと店に向かう。


シルフィとリリィの住む都市で"なにか"が起こっていた。

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