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見えない異変

とある老婆の客が薬屋に訪れる。


「いつもの漢方を一ついただけないかねぇ…」


かすれた声だったが、どこかよく通る声でもあった。


リリィは人懐っこい笑みを浮かべる。


「はい、いつものですね。」


棚から手慣れた様子で薬を取り出す。


背後では、シルフィがテーブルに頬杖をつきながら、その様子をぼんやりと眺めていた。


老婆は店内をゆっくりと見回す。


――少しだけ、首の動きが遅い。


視線が、棚をなぞり、床をなぞり、そして最後にシルフィのところで止まった。


「あら、リリィちゃん」


一歩、近づく。


「人を雇ったの?」


さらにもう一歩。


距離が、やけに近い。


「可愛いお嬢ちゃんねぇ…」


リリィは一瞬だけ動揺し、それを隠すように笑みを作る。


「はい……従業員です」


言葉がわずかに詰まる。


(……バレたらまずいです)


内心で焦りながらも、平静を装う。


「どうもー」


シルフィは軽く手を上げるだけだった。


老婆は目を細め、じっとシルフィを見る。


瞬きが、少ない。


「こんにちは。あなた、名前は?」


「私はシルフィ、ここにいそ――」


その瞬間。


リリィが勢いよく振り返り、シルフィの口を押さえた。


「あ!シルフィさん!」


声が一段高くなる。


「掃除をしてくれませんか!?」


「んん…!」


口を塞がれたまま、シルフィは目だけで抗議する。


老婆はその様子を見て、くすりと笑った。


「仲がいいのねぇ」


「そ、そういうわけでは……!」


リリィは慌てて手を離す。


シルフィは軽く息を吐きながら、立ち上がる。


「はいはい、掃除ねー」


気の抜けた声でそう言いながら、奥へと歩いていく。


リリィは薬を包み、老婆へ差し出す。


「こちらになります」


「ありがとうねぇ」


老婆は受け取りながら、にこりと笑った。


代金を支払い、店を出ていく。


扉が閉まる。


静けさが戻る。


シルフィが口を開く。


「私は今からダラダラするから。」


「さっきからしてるでしょう。」


霧の残る石畳の街は、いつも通りの朝の延長のようにゆっくり動いていた。


薬屋の扉が閉まり、再び静けさが戻る。


リリィは代金をしまいながら、小さく息をついた。


「今日も無事に終わりましたね」


確認するような声。


カウンターの向こうでは、シルフィが椅子に座ったまま頬杖をついていた。


「うん」


気の抜けた返事。


視線はどこか遠くを見ている。


リリィは薬棚を整えながら、ふと窓の外を見た。


「最近、この辺……少し落ち着かないですね」


ぽつりとした独り言のような声。


「そう?」


シルフィは興味なさそうに答える。


リリィは少しだけ言葉を選ぶ。


「いえ、何かあったわけじゃないんですけど……」


一拍。


「人の動きが、少しだけ変な感じがして」


シルフィはそこでようやく視線を動かし、リリィを見る。


「気のせいじゃない?」


即答。


軽い。


だが妙に断定的だった。


「そうかもしれませんけど……」


リリィは曖昧に笑ってごまかす。


シルフィは欠伸をひとつして、椅子の背にもたれた。


「ま、気になるなら気にすればいいんじゃない」


「無責任ですね」


「よく言われる」


間髪入れない返答。


リリィは思わず苦笑する。


少し沈黙が落ちる。


外では、風が石畳をなぞるような音だけがしていた。


また沈黙。


やがてシルフィがぽつりと呟く。


「お腹すいた」


リリィはすぐに返す。


「さっき食べたばかりです」


「それとこれは別」


「別じゃないです」


いつものやり取り。


リリィは少しだけ肩の力を抜いた。


(……まぁ、今日も変わらないか)


そう思った、そのとき。


シルフィがふと窓の外を見たまま、何気なく言う。


「でもさ」


リリィの手が止まる。


「ん?」


「たまに、こういう静かな日って」


一拍。


「逆に、嫌な感じするよね」


リリィは少しだけ目を瞬いた。


「……嫌な感じ、ですか?」


「なんとなく」


それ以上は言わない。


シルフィはすぐに興味を失ったように椅子へ沈み込む。


「まあいいけど」


「何がですか」


「全部」


投げやりな一言。


リリィは小さくため息をついて、薬棚へと視線を戻す。


「ほんと、適当ですね」


「今に始まったことじゃないでしょ」


「否定できません」


少しだけ、空気が緩む。


けれど――


窓の外の街は、変わらず静かだった。


静かすぎるくらいに。

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