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薬師少女に拾われる

店内に、静かな時間が流れていた。


薬草の香りに包まれながら、シルフィは椅子にもたれ、ぼんやりと天井を見上げている。

リリィは作業台に向かい、薬草をすり潰す手を動かしていた。


こり、こり、と乾いた音が規則的に響く。


「……シルフィさんって」


ふと、リリィが口を開く。


「普段は、何をされているんですか?」


「んー……」


シルフィは気のない声を漏らし、少しだけ考えるふりをする。


「特に何も」


間を置かずに返ってきた答えに、リリィの手がぴたりと止まった。


「え……?」


「だから、何もしてない。強いて言えば……寝るのが仕事?」


悪びれる様子もなく言い切る。


リリィは困ったように笑った。


「そ、それで生活は……?」


「してた」


短い返答。


だが、その言葉の端に、ほんのわずかな違和感が混じる。


リリィは首を傾げる。


「……“してた”、ですか?」


シルフィは一瞬だけ黙る。


それから、どうでもよさそうに視線を横へ流した。


「今日、追い出されたから」


あまりにも軽い口調だった。


けれど、その内容は軽くない。


リリィの手から、すり鉢がかすかに音を立ててずれる。


「……え?」


「家。親に」


シルフィは肩をすくめる。


「働けってうるさくてさ。で、適当に流してたら、さすがにキレられて」


まるで他人事のように語る。


「まあ、しょうがないでしょ。向こうの言い分もわかるし」


そう言いながらも、どこか投げやりだった。


リリィは言葉を失う。


視線が、自然とシルフィの方へ向く。


――この人は、どこに帰るつもりなんだろう。


「……じゃあ、今は……」


「ん? さあ」


シルフィはあっさりと言う。


「適当にどっかで寝るんじゃない?」


あまりにも無頓着なその言い方に、リリィは言葉を失う。


視線が、自然とシルフィの方へ向く。


胸の奥が、じわりとざわついた。


助けてもらったばかりの相手。

悪い人には見えない。


けれど――


(知らない人、だよね……)


ほんの少しの不安が、頭をよぎる。


この店には、自分ひとりしかいない。

もし何かあったら――


そこまで考えて、リリィは小さく首を振った。


(でも……)


脳裏に浮かぶのは、さっきの光景。


迷いなく割って入り、あっさりと男たちを倒した姿。

あのときの背中は、不思議と怖くなかった。


それどころか――


(助けてくれた人だし……)


胸のざわつきが、少しだけ和らぐ。


完全に消えたわけじゃない。

それでも。


「……」


リリィは小さく息を吸い、ゆっくりと吐いた。


やがて――


「あの。」


リリィが、意を決したように口を開いた。


「もし、よろしければ……なんですけど」


声は少しだけ震えている。


シルフィが視線だけで続きを促す。


「その……ここ、二階が住居になっていて……部屋も、空いているので……」


言葉を選びながら、ゆっくりと続ける。


「少しの間だけでも……泊まっていきませんか?」


静かに差し出された言葉だった。


シルフィは一瞬、目を瞬かせる。


「……いいの?」


予想外だったのか、ほんのわずかに間があく。


リリィはこくりと頷いた。


「はい。シルフィさんには助けていただきましたし……その、お礼もまだですし……」


それだけじゃない。


けれど、その先の言葉は飲み込む。


シルフィはしばらく黙っていたが――


やがて。


「そんな…!心が痛むけど…厚意を無碍にするのはよくないよね…そうさせてもらうよ…」


――この女、まるで心なんて痛んでいない。


リリィの表情がぱっと明るくなる。


「ほ、本当ですか? よかった……!」


ほっとしたように胸に手を当てる。


シルフィはそんな様子を横目に見ながら、ぼそりと呟く。


「……変なやつ」


「えっ?」


「なんでもない」


視線を逸らす。


だがその口元は、ほんのわずかに緩んでいた。


「じゃあ、上。案内するね」


リリィはそう言って、店の奥へと向かう。


きしむ木の階段が、二階へと続いている。


シルフィは気だるげに立ち上がり、その後を追った。


階段を上がりきると、短い廊下があり、その突き当たりでリリィが足を止める。


「ここです」


木の扉を開ける。


中は簡素な部屋だった。

小さなベッドと机、それに窓がひとつ。余計なものはないが、きちんと整えられていて、どこか落ち着く空間だった。


シルフィは一歩中へ入り、軽く見回す。


「……あの、本当に遠慮なく使ってください」


リリィが少し不安そうに言う。


シルフィは振り返り、申し訳なさそうに肩をすくめた。


「いやー、助かるよ。ほんとに。こんなことしてもらって」


――ウッヒョー……! 屋根! ベッド! 完璧かよ……!


内心では、全力で歓喜していた。


リリィはほっとしたように微笑む。


「よかった……気に入っていただけたみたいで」


「まあ、寝れればどこでもいいけど。」


そっけなく言いながら、シルフィはそのままベッドに倒れ込む。


軋む音とともに、柔らかい感触が体を受け止めた。


「……悪くない」


ぽつりと漏れる。


「契約ってやつだね。」


そう呟くシルフィにリリィは少し照れる。


「もう…大げさですけど、そういうことにしておきます」


リリィはシルフィの様子を少しだけ見つめてから、小さく頭を下げた。


「それじゃあ、何かあったら呼んでくださいね。私は下にいますので」


「んー……」


気の抜けた返事。


リリィは静かに扉を閉め、部屋を後にした。


足音が遠ざかる。


静寂が戻る。


シルフィは仰向けのまま、ぼんやりと天井を見上げた。


「……まあ、しばらくはここでいいか」


そう呟き、ゆっくりと目を閉じる。


――こうして、行き場を失った少女は、あっさりと居場所を手に入れた。

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