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王都到着

翌朝。


リリィとアウレリアは、シルフィより先に起きて朝食の準備をしていた。


昨夜の焚き火にはまだ熱が残っている。そこへ薪を足し、簡単なスープとパンを温める。


草原には朝露が残り、ひんやりとした空気が広がっていた。


一方――


「……すぅ……」


シルフィは毛布にくるまり、気持ちよさそうに眠っていた。


リリィが振り返り、額に手を当てる。


「シルフィさん。起きてください。朝ですよ」


もぞ、と毛布が揺れる。


「……あと五分」


「毎回それ言ってますよね!?」


リリィが声を上げると、アウレリアが穏やかに口を挟んだ。


「シルフィさん、少し起きましょう」


静かな声だったが、不思議と逆らいづらい響きがある。


「食事を済ませたら、馬車の中で休んでいただいて構いませんので」


「……んー……」


しばらく沈黙したのち、シルフィは観念したように起き上がった。


そのままふらふらと外へ出て、大きく伸びをする。


快晴だった。


雲ひとつない青空に、朝日がまぶしく差し込んでいる。


「……空、爽やかすぎて腹立つ」


「知りませんよ」


リリィが即答した。


シルフィはぼんやり空を見上げたまま、ふと何かに気づいたように頷く。


「分かった」


「何がですか?」


「私が起きられない理由」


少し間を置いて、真顔で言った。


「瘴気だ」


沈黙。


「違います」


リリィが即答する。


「それただの怠惰です」


「いや、最近やる気出ないのも全部説明つくよ?」


「つきません」


アウレリアも小さく苦笑した。


「さすがに、それは違うかと……」


「え、そうなの?」


本気で不思議そうな顔だった。



それから三人は朝食を済ませ、再び馬車へ乗り込んだ。


車輪が軋む音を立てながら、街道を進んでいく。


朝の陽が高くなるにつれ、王都へ向かう人影も増えてきた。


商人の荷馬車。旅人の一団。護衛を連れた貴族らしき一行。


リリィが外を覗き込み、感心したように呟く。


「昨日よりずっと人が多いですね」


「王都が近いですから」


アウレリアが答える。


「この辺りまで来ると、地方からの人や商隊が合流するんです」


「へぇ……」


リリィは窓の外を眺める。


見たことのない荷車。珍しい服装の旅人。遠くの街の言葉。


それだけで、少し胸が高鳴った。


「……もうすぐなんですね」


「はい」


アウレリアは頷き、表情を引き締める。


「到着したら、まず教会へ向かいます。そこで情報を集めましょう」


「情報?」


「騎士団の負傷者、下水道で起きた件の報告書、王都側の対応……確認したいことはいくつもあります」


その声音は、旅の間の穏やかな彼女ではなく、聖女としてのものだった。


リリィも思わず背筋を伸ばす。


だが――


「……面倒そう」


端の席で、シルフィがパンを齧りながら呟いた。


「面倒です」


アウレリアは即答した。


「だからこそ、あなたが必要なんです」


「えぇ……」


露骨に嫌そうな声が出る。


「私、そういう書類とか待つ時間とか嫌いなんだけど」


「戦うことになったら出てきてください」


「便利屋扱いされてない?」


リリィが吹き出した。


「されてますね」


「ひどいなぁ」


そう言いながらも、シルフィはどこか気楽そうだった。


やがて馬車が緩やかな坂を上る。


その先で、リリィが息を呑んだ。


「……あ」


地平線の向こう。


朝日に照らされながら、巨大な城壁がそびえ立っていた。


幾重にも積まれた白灰色の石壁。


その中央には、人も馬車も吸い込まれていく巨大な門。


ノクティア王国の中心。


王都――。


「すご……」


リリィが思わず声を漏らす。


アウレリアは静かに目を細めた。


シルフィは窓にもたれたまま、気だるげに一言。


「人、多そうだね。帰っていい?」


「着いてから言わないでください」


王都の巨大な門を前にして、馬車の列は長く伸びていた。


商人の荷車、旅人の一団、地方から来た農民らしき者たち。門の前では衛兵たちが一台ずつ足を止め、荷を確認し、通行証を確かめている。


城壁の上にも見張りの兵が立ち、普段よりも明らかに警戒が強いことがうかがえた。


「すごい……」


リリィは窓から身を乗り出しかけ、慌てて座り直す。


「門だけで、うちの街の建物より大きいです……」


「田舎者みたいな反応ですね」


アウレリアが小さく笑う。


「田舎者ですけど……」


やがて三人の乗る馬車が門前へ進む。


槍を持った衛兵が片手を上げた。


「止まってください。通行証をお願いします」


御者が手綱を引き、馬車が止まる。


アウレリアが静かにフードを下ろした。


陽光を受け、金色の髪がふわりと揺れる。


衛兵の目が見開かれた。


「あ……聖女様……!」


慌てて姿勢を正し、深く頭を下げる。


「も、申し訳ありません!確認のためとはいえ、ご無礼を――」


「いえ、職務ですので。お気になさらず」


アウレリアは穏やかに微笑んだ。


そのやり取りを見ていた周囲がざわつき始める。


「聖女様だってよ」


「本物か……?」


「なんでこんな列に普通に並んでるんだ?」


「あっ、こっち見た!」


人波がじわじわと寄ってくる。


「……まずいですね」


アウレリアの笑顔が少し引きつった。


「遅いです」


リリィが小声で言う。


その横で、シルフィは馬車の隅に座ったまま、どこからか買った果物を齧っていた。


「んー?なんか言った?」


「なんでそんな呑気なんですか……」


リリィは額を押さえる。


それから、はっとしたようにアウレリアを見る。


「あの……シルフィさん」


「なに」


「もしかして私たち、かなり無礼だったんですかね……?」


「ん?」


「だって周りの人、あんな態度ですし……私たち普通に話してましたよね……」


少し間を置き、視線を逸らしながら続ける。


「あなたなんて、君呼ばわりしてましたし……」


「別に気にしてませんよ」


アウレリアが苦笑する。


「むしろ、その方が楽です」


「ほら、大丈夫だって」


シルフィが果物をもう一口かじる。


「私は最初から正しかった」


「あなたは絶対違います」


即答だった。


衛兵は咳払いし、周囲を散らすように声を張る。


「道を空けろ!聖女様がお通りになる!」


門が大きく開かれる。


馬車はゆっくりと、王都の内側へ進み始めた。


門をくぐった瞬間――


リリィは息を呑んだ。


広い石畳の大通り。


左右に立ち並ぶ何階建てもの建物。色とりどりの看板。露店から漂う香辛料の匂い。行き交う人々の服装も、地方とは比べものにならないほど華やかだった。


噴水広場の向こうには白い尖塔がいくつも見え、そのさらに奥、丘の上には王城が堂々とそびえている。


街そのものが、一つの世界だった。


「……すごい」


思わず漏れた声に、アウレリアは少し誇らしげに目を細める。


「ようこそ、王都へ」


「人多い……音多い……帰りたい」


シルフィが即座に言った。


「着いて数十秒ですよ」


リリィのツッコミが、喧騒の中に綺麗に消えていった。


王都――石畳が陽光を反射し、白亜の塔が空を裂くようにそびえ立つその場所を前にして、シルフィはぽつりと呟いた。


「王都かぁ……辺鄙なところだなぁ、相変わらず。」


その言葉に、隣を歩くリリィがすかさず眉をひそめる。


「どこをどう見てそう思ったんですか……もう目、腐ってるでしょう……」


呆れを隠そうともしない声音に、シルフィは肩をすくめて笑った。


「私の目は特別だよ。全部見通せるんだから。」


リリィは深くため息をつく。


「目が正常なら、今度は頭がイカれてますね。」


軽口を叩き合いながら歩く二人の前に、ふと影が差した。

顔を上げると、そこには一人の老人が立っていた。


白い髭は胸元まで長く垂れ、半ば閉じた目はどこを見ているのか判然としない。背は曲がり、杖に体重を預けるようにして、ゆらりと佇んでいる。


「ん……?」


シルフィが首を傾げる。


その瞬間、リリィの顔色が変わった。


「わしはアラ爺じゃ。」


「え?」


思考が追いつかず、シルフィは間の抜けた声を漏らす。


横からアウレリアが、どこか慣れた様子で説明を添えた。


「あ、この人はアラ爺さんっていって、この王国の宮廷魔法使いです。」


老人は、ゆっくりと口を開いた。


「……アラ爺じゃ。」


沈黙が落ちる。


シルフィとリリィは、ただ呆然とその姿を見つめた。


やがてリリィが小さく囁く。


「この人……それしか言わないけど……頭、大丈夫……?」


「わしはアラ爺じゃ」


問いに答えるでもなく、老人は同じ言葉を繰り返す。


そのまま、ぎこちなく膝を震わせながら、ゆらり、ゆらりと背を向けて歩き出した。


「アラ爺じゃ。」


遠ざかる背中。石畳に響く杖の音。

やがて声も、姿も、人混みの向こうへと溶けていく。


しばしの沈黙のあと、シルフィとリリィは顔を見合わせた。


――王都に来て、この先これ以上の恐怖体験はきっと起こらないだろう。


二人は、なぜか強く、そう確信していた。


それから三人は教会に向かった。

教会関係者マリアが出迎える。


「遅いですよ、アウレリア様」


アウレリアの肩がわずかに揺れる。


「……申し訳ありません」


「で、そちらのだらしない方は?」


「は?」


空気が止まる。


「私のことはいい。だけどリリィは違う」


「シルフィさん!? あなたのことですよね!?」


マリアは眉一つ動かさない。


「なるほど。騒がしい上に面倒な方ですか」


「それより、荷物を下ろしたいんだけど。」


アウレリアはシルフィに視線を移す。


「あ…はい、部屋の手配はしてますので…案内します。」


アウレリアは小さく咳払いし、気まずさを振り払うように歩き出した。


「……では、こちらへ。皆さんのお部屋は用意してあります」


教会の内部は外観以上に広かった。

白い石造りの廊下は磨き上げられ、足音が静かに反響する。壁には聖人の絵画や古い紋章が並び、窓から差し込む夕陽が床に色を落としていた。


「なんか落ち着かないですね……」


リリィが小声で呟く。


アウレリアは、優しく微笑む。


「たぶん、大丈夫です」


「たぶんなんですね……」


騒がしく、妙に不安で、少しだけ心強い。


そんな王都での最初の夜が、静かに始まろうとしていた。

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