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旅路の焚き火

日が傾き、草原は橙色に染まり始めていた。


街道から少し外れた場所に、小さな川が流れている。

水は澄み、近くには平らな岩場もあった。


アウレリアが周囲を見回し、小さく頷く。


「……今日は、この辺りで野宿にしましょうか」


「そうですね。暗くなる前で助かりました」


リリィも荷物を下ろしながら息をつく。


その横で、シルフィは真っ先に地面へ座り込んだ。


「で、夕ご飯なに?」


疲れた旅人というより、完全に家でくつろぐ人間の声だった。


アウレリアは荷袋を開き、中を確認する。


「パンと干し肉です」


「えぇ……」


露骨に嫌そうな声が出た。


「その反応やめてもらえます?」


リリィが呆れる。


シルフィは頬杖をついたまま、近くの川を指さした。


「あそこで魚でも獲らない?」


リリィは川を覗き込み、首を傾げる。


「うーん……見た感じ、いませんけど」


「いるよ」


即答だった。


次の瞬間、シルフィの体がふわりと浮く。


そのまま川面を滑るように移動し、岩陰の近くへ降り立つ。


躊躇なく水へ手を突っ込み――


ばしゃっ。


引き上げた手の中で、銀色の魚が跳ねていた。


「いた」


「……あっ、お魚!」


リリィの目が輝く。


「すごいですね……」


アウレリアは感心したように呟き、だがすぐに首を傾げた。


「でも、どうして場所が分かったんですか?」


シルフィは魚をぶら下げたまま振り返る。


「ん?」


「魚には魔力反応がほとんどありません。探知系の魔法でも見つけにくいはずです」


シルフィは少しだけ間を置いた。


「ああ……それは天――」


「すぐ火をつけますね!」


リリィが勢いよく割って入った。


「魚! 新鮮なうちに焼かないと!」


「あ、はい……そうですね」


アウレリアもつられて頷く。


話題はそのまま流された。


シルフィはしばらく二人を見てから、小さく肩をすくめる。


「まあ、いいけど」


魚を持ったまま戻ってくる。


夕風が吹き、草が揺れた。


旅の一日目の夜が、静かに始まろうとしていた。


「火をつけましょう」


「私がやるよ」


リリィはシルフィに視線を移す。


「さすがシルフィさん!火魔法もお手のものなんですね!」


「いや、めちゃくちゃ速く地面に足擦りつけて、摩擦熱で火出そうかなって」


「やり方が物理的すぎますよ!」


リリィの声が草原に響く。


言い合う二人を見ながら、アウレリアは小さく目を細めた。


教会での食卓は、いつも静かだった。

こんなふうに、くだらないことで騒ぐ時間など、なかった。


それからシルフィは、結局指先から小さな火を灯し、積んだ薪へ投げ入れた。

ぱちり、と乾いた音が鳴る。


「ほら、火」


リリィは眉を下げる。


「なんでそんな投げやりなんですか……」


「ついたからいいでしょ」


アウレリアは苦笑しながら荷物を下ろした。


「私はスープを作りますね」


「スープ?」


「少し野菜を持ってきました。白菜を」


シルフィの目の色が変わる。


「白菜!? さすが君だ。話がわかる。」


「手のひらくるっくるですね……」


リリィが呆れたようにため息をつく。


「現金って言って」


「最低です」


リリィは魚をまな板代わりの板に置き、包丁を構える。


すると横から、ひょいと魚が消えた。


「貸して」


いつの間にかシルフィが持っていた。


「え、できます?」


「まあ見てなよ」


包丁が走る。


やけに迷いがない。骨の位置を知っているような手つきだった。


するすると身が外れていく。


「……すご」


リリィが目を丸くする。


だが次の瞬間。


ぶつ切りの厚さはバラバラ。皮は少し残り、見た目は妙に荒い。


「……上手いのに下手ですね」


「結果出てればいいでしょ」


「途中まで職人だったんですよ?」


アウレリアは切り身を見つめ、小さく首を傾げる。


「骨の位置だけ、正確すぎるんですよね……」


「細かいこと気にしないの」


シルフィはそう言って魚を鍋へ放り込んだ。


それから料理を作り終え、食事を始める。


「あ、これ……美味しいですね」


リリィが目を丸くする。


「でしょ。白菜は偉大なんだよ」


「おぉ……白菜うまっ」


シルフィも珍しく素直に頷く。


アウレリアは小さく息をつき、鍋を見つめたまま言った。


「これから先、何が起こるか分かりません」


空気が少し締まる。


「ですが、リリィさんは私が必ず守ります。安心してください」


「私は?」


シルフィが即座に聞く。


アウレリアは一切迷わなかった。


「あなたは大丈夫でしょう」


「雑だなぁ」


「事実です」


リリィが思わず吹き出す。


少しして、アウレリアはシルフィへ視線を向けた。


「そういえば以前、王都へ行った際に結界へ弾かれたとか」


「返り討ちみたいに言わないでくれる?」


シルフィは不満げに魚をつつく。


「あれは目立つと面倒だから撤退しただけ」


「勝手に行動しないでくださいね」


アウレリアの声が一段低くなる。


「王都には猛者が多いんです」


「へぇ。例えば?」


アウレリアは少しだけ間を置いた。


「――剣聖、イリシア・ルナグレイス」


その名が落ちた瞬間、空気が変わる。


氷晶の剣姫。


ノクティア王国最強の剣士にして、王国の象徴。


「……ああ」


シルフィは鍋をつついたまま言う。


その常軌を逸した強さと、決して慢心も油断も許さぬ苛烈な精神により、数百の大悪党を殺してきた。


彼女が王国に現れてから、盗賊団は次々と姿を消した。

夜道を恐れていた商人たちは再び荷を運び始め、犯罪件数も大幅に減少したという。


人々はその力を称え、同時に恐れた。


――畏怖と崇拝の象徴。

それが、剣聖イリシア・ルナグレイス。


「かの有名な剣聖様でしょう?」


あっさりした態度のシルフィを見てアウレリアは怒る。


「めちゃくちゃ舐めてますよね!?話したことありますけど覇気やばいんですよ!?」


「もういいや。早く寝よ。面倒なことは後だ、あと」


アウレリアとリリィは大きなため息をつく。


焚き火の火は小さく揺れ、草原を夜風が撫でていく。


三人の旅路は、まだ始まったばかりだった。

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