王都へ
「王都……?」
シルフィは露骨に嫌そうな顔をした。
「遠い。面倒。却下で」
「まだ何も説明していません」
アウレリアは即座に返す。
「これから協力していただく以上、事情は共有しておきたいんです。ですので、一度私の教会へ――」
「もっと早く教えてほしかったよ」
シルフィは気だるげに頬杖をついた。
責める口調ではない。ただ純粋に面倒そうだった。
アウレリアは小さく苦笑する。
「……私も、少し慎重になりすぎていたのかもしれません」
一拍置き、表情を引き締める。
「それに、騎士団の方々もまだ呪いで苦しんでいます。聖水や治療の手配も必要で――」
「というかさ」
シルフィが言葉を遮る。
「君の教会って王都でしょ?」
「え、ええ」
「ここからかなりあるよね」
「馬車で数日ほどです」
「じゃあ君、どうするの?」
アウレリアは一瞬だけ黙った。
「……私は後から向かいます。こちらで処理すべきことがありますので。先に行っていただければ、滞在費などは教会側で――」
「やだ」
即答だった。
アウレリアが目を瞬かせる。
「……え?」
「一人で後から来るんでしょ?」
シルフィは面倒そうな顔のまま続ける。
「途中で襲われるかもしれないし、また何か起きるかもしれない。そしたら結局こっちが後で動く羽目になる」
深くため息をつく。
「そういう二度手間が一番だるい」
そして、当然のように言った。
「だから最初から一緒に行く」
守る、とは言わない。
だが意味は十分すぎるほど伝わった。
アウレリアは一瞬、言葉を失う。
それから視線を伏せ、小さく息を整えた。
「……そう、ですか」
わずかに声が柔らかくなる。
「では、二日後の出発でよろしいでしょうか。準備がありますので」
「いいよ」
シルフィは興味なさそうに答えた。
「それと――」
アウレリアの視線が、今度はリリィへ向く。
「リリィさん」
「は、はい」
「今回の件で、少し気になることがあります」
静かな口調だった。
「骸骨の瘴気に触れた場所の近くにいながら、あなたには大きな異常が出ていない」
リリィは目を見開く。
「それって……」
「断言はできません」
アウレリアは慎重に言葉を選ぶ。
「ですが、何らかの耐性、あるいは感受性を持っている可能性があります」
「私が……?」
「はい。今回の呪いは通常の浄化だけでは解決しないかもしれません」
まっすぐに見つめる。
「その時、あなたの感覚や知識が助けになる可能性があります」
短い沈黙。
「もしよければ、同行していただけませんか」
リリィはすぐに答えられなかった。
王都。
話でしか知らない遠い場所だ。
店を空ければ収入は止まる。仕入れも遅れる。戻ってきた時、客が離れているかもしれない。
なにより怖い。
下水道に現れた骸骨。騎士団すら倒れた事件。
そんなものに、自分が関わっていいのか。
関わって、何ができるのか。
視線が揺れる。
ふと、シルフィを見る。
相変わらず気の抜けた顔で欠伸をしていた。
この人はきっと、自分が行かなくても行くだろう。
危ない場所へ、面倒くさそうに文句を言いながら。
それでも行く。
「……怖いです」
リリィは正直に言った。
「王都なんて行ったことないし、役に立てるかも分かりません」
声が少し震える。
「でも」
拳を握る。
「何も知らないまま待ってる方が、もっと嫌です」
顔を上げた。
「……行きます」
アウレリアが穏やかに頷く。
「ありがとうございます」
シルフィは片目だけ開けた。
「決まりだね」
まるで他人事のように言った。
⸻
それから二日後。
まだ朝靄の残る時間、三人は街を発った。
石畳の道を抜け、やがて土の街道へ出る。
振り返れば、小さな薬屋の屋根が見えた。
見慣れた景色が、少し遠い。
「……ほんとに来ちゃった」
リリィがぽつりと呟く。
緊張と不安と、少しの高揚が混じった声だった。
「今さら?」
シルフィは欠伸混じりに言う。
「決めたの君でしょ」
「そうですけど……」
「そんなに構えなくても大丈夫ですよ」
アウレリアが微笑む。
「王都は大きな街ですが、怖い場所ではありません」
「アウレリアさんは、やっぱり王都育ちなんですか?」
「いえ」
アウレリアは首を横に振った。
「私は地方の小さな村の生まれです」
意外そうにリリィが目を丸くする。
「八歳の頃、“祝福”を授かりました」
「祝福って後から出るものなんですか?」
リリィが素直に尋ねる。
その横で、シルフィも少しだけ目を向けた。
「本来は生まれつき授かるものです」
アウレリアは静かに答える。
「後天的に発現する例は、かなり珍しいとされています」
「へぇ」
珍しくシルフィが相槌を打つ。
「じゃあ、すごい人だったんですね」
リリィが感心すると、アウレリアは少し困ったように笑った。
「……周りはそう言いました」
その言葉に、どこか距離があった。
「その後、教会に引き取られて……聖女として育てられました」
リリィはなんとなく、それ以上踏み込めなかった。
代わりにシルフィが口を開く。
「聖女ってなに食ってるの? 野草とか?」
「聖女にどういうイメージ持ってるんですか……」
アウレリアは呆れたようにため息をつく。
「普通に肉も魚も食べます。たまに断食はありますけど」
「なんで?」
「欲を抑え、心を整えるためです」
リリィは思わず吹き出した。
「シルフィさんの対極みたいな生活ですね」
「私はもう悟ってるからね」
「どこがですか」
即座に返される。
「欲のかたまりじゃないですか」
「違うよ。私は欲に振り回されてないだけ」
「寝たい時に寝て、食べたい時に食べてるだけでは?」
「それを自然体って言うんだよ」
「言いません」
アウレリアは小さく肩を震わせ、こらえきれずに笑った。
張りつめていた空気が、少しだけほどける。
街道には王都へ向かう人々の姿が増えていく。
商人の馬車、旅人、護衛付きの荷車。
道の両脇では草原が風に揺れていた。
「思ったより人、多いですね」
「王都は物流の中心でもありますから」
アウレリアが答える。
「この街道は常に人の流れがあります」
「なるほど……」
リリィが感心したように頷く。
三人の足音が、朝の街道に重なる。
背後には見慣れた街。
前には、まだ見えない王都。
面倒ごとの気配だけは、やけにはっきりしていた。




