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カジノ無双 前編

すっかり日が落ち、王都は夜の装いへと静かに衣替えを終えていた。昼間の喧騒が嘘のように、通りには柔らかな灯りが連なり、石畳を淡く照らしている。遠くからは音楽と笑い声が風に乗って流れ、どこか浮き足立った空気が街全体を包んでいた。


その光の中を、二つの影が並んで歩く。


「資料館の許可はまだ出ません。許可が出て次第行きましょう。くれぐれも勝手な行動はしないように。」


少し前にアウレリアが告げた言葉が、リリィの頭の中で何度も反芻されていた。


――だが、その忠告は。


目の前の少女には、ほとんど意味を持たなかった。


「リリィ、カジノに行こう。」


あまりにも自然に、あまりにも迷いなく告げられたその一言に、リリィは思わず足を止める。


「……は?」


振り返ったシルフィの瞳は、夜の灯りを映してきらりと輝いていた。冗談を言っているようには見えない。


「瘴気の件で国は何かを隠してるんじゃないかってことで王都に来て、色々調べていく訳だけど」


淡々と語りながら、彼女は歩みを緩めない。


「私がこんなところに来るってこと自体、おかしいと思わない?」


問いかけられて、リリィは小さく頷く。


「それは……確かに……あなたがわざわざこんなところに来る訳ありません……」


その言葉を聞いたシルフィは、一瞬だけ視線を落とした。


夜のざわめきが、二人の間に静かに入り込む。


そして。


「私は。」


短く息を吸い――


「カジノがしたかったんだ。」


あまりにも潔いその告白に、空気が一瞬でひっくり返る。


「……は?」


今度の「は?」は、さっきよりも深い。


リリィは目を瞬かせたまま固まり、シルフィの顔をじっと見つめる。


その顔は、妙に真剣で、妙に誇らしげだった。


「でも……あなた、数分とかで王都行けるくらい速いですよね?」


ぽつりと返された指摘。


ぴたり、と。


シルフィの足が止まる。


静寂が落ちた。


遠くの音楽だけが、やけに大きく聞こえる。


「……いや」


わずかに視線を逸らしながら、シルフィは言葉を絞り出す。


「ただ、リリィと行きたかった。」


その一言は、夜の空気よりも静かに、しかし確かに落ちた。


「デート」


追い打ちのように添えられたその言葉に。


シルフィの頬が、ふっと朱に染まる。


「は!?」


リリィの声が、夜の通りに弾けた。


「なんで顔赤くしてるんですか!?意味不明でしょう!?デート!?そしてデートがカジノ!?何覚悟決めてるふうに言ってるんですか!?」


勢いのままにまくし立てる。


「言ってることなんて、『私、カジノ興味あるんだ。でも誰かと一緒じゃないと怖いから来て』ってことでしょう!?」


その的確すぎる指摘に。


シルフィは、完全に目を逸らした。


否定は、しない。


ただ、夜風がそっと二人の間をすり抜けていく。


やがて――


カジノの灯りが、通りの先で一際まばゆく輝いた。


金と欲望と、ほんの少しの期待が渦巻く場所。


その入口を前にして、シルフィは小さく息を吐く。


「……ほら、行くよ。」


少しだけ照れを残した声で。


リリィは呆れたように肩を落としながらも、その隣に並ぶ。


「……本当に、調査のついでなんですよね?」


「……たぶん。」


「たぶんって何ですか!?」


二人の声は、きらびやかな夜の中へ溶けていく。


そして扉が開く。


――運命と偶然が交差する、騒がしい夜が始まる。


それから二人はカジノに入った。中は賑やかだった。

眩しい照明。騒がしい音。笑い声とため息が入り混じっている。


リリィは少し肩をすくめる。


「すごいです……なんか、空気が落ち着きません……」


「慣れるよ。たぶん」


「あやふやですね……」


シルフィは視線を巡らせ、奥の台を指差した。


「あ、あるじゃん。あれやろう」


そこにはスロットマシンが並んでいた。


シルフィは迷わず席に座る。

リリィもおそるおそる隣に立った。


「これって、どうするんですか?」


「ここに金入れて、回して、止めるだけ。私の見てて」


コインが投入される。

回転する絵柄。


シルフィがレバーに手をかけ――


止める。


パン!パン!パン!


耳障りのいい音とともに、三つの絵柄が揃った。


「よーし」


「えっ」


下皿にコインがじゃらじゃらと落ちていく。


「す、すご……」


「簡単じゃん」


再び回す。


パン!パン!パン!


また揃った。


「……え?」


もう一度。


パン!パン!パン!


「……いや、待ってください」


リリィは台とシルフィを交互に見る。


「こんな毎回当たるものなんですか?」


「知らない。今日の私が強いのかも」


「意味分からないです」


シルフィは無言で次のレバーを引く。


パン!パン!パン!


「怖くなってきました」


シルフィは席を立つ。


「そろそろ別のをやるか。」


「何するんですか?」


「ブラックジャック。」


「難しそうですね」


シルフィは肩をすくめる。

「簡単だよ。」


「21に近づけるゲームだよ。私たち客がディーラーと勝負する。21を超えたら負け」


「それだけですか……?」


「だいたいね」


シルフィが手を挙げる。


「ディーラーさん」


黒いスーツを着た初老の男性が、静かに現れた。


「承知しました。ブラックジャックですね」


席に着き、カードが配られる。


シルフィの手札は10と6。合計16。


ディーラーの表向きのカードは9。もう一枚は伏せられている。


「……これ、どうなんですか?」


リリィが小声で言う。


シルフィは気だるげに肩をすくめた。


「じゃあ一枚」


シルフィは追加でカードを引き抜こうとする、


「16って……危なくないですか? 5より上が出たら終わりですよね?」


リリィが小声で言う。


「そうだね」


シルフィはあっさり頷いた。


「でも大丈夫」


迷いなくカードを引く。


ぴたり、と置かれた一枚。


――5。


「……え?」


合計21。


ディーラーの眉がわずかに動く。


リリィは口をぱくぱくさせた。


「いや今の、そんな自信満々に引く場面じゃなくないですか!?」


シルフィは椅子にもたれたまま肩をすくめる。


「まあ、来る気がした」


ディーラーは無言で自分のカードを開く。


合計18。


勝負にならなかった。


それからもシルフィは勝ちまくる。


初老の男性の顔色は、いつの間にか青くなっていた。


積み上がったチップは山のようになっている。


リリィが震える声で呟く。


「えっと……これ、いくら分なんですか?」


係員が乾いた声で答えた。


「……金貨百二十枚ほどになります」


「ひゃ、百二十!?」


「シルフィさん! 家買えますよこれ!」


初老の男性は、引きつった笑みを浮かべたまま一礼した。


「お客様……少々お待ちいただけますでしょうか」


「ん?」


「確認したいことがございまして」


そう言うと、足早に席を外し、奥にいる店員たちの元へ向かった。


数人がひそひそと話し合い、時折こちらを見る。


「……絶対なんか言われてますよ」


リリィが小声で言う。


「だろうね」


シルフィは山のようなチップを指で弾いた。


「これで私は神ニートになったわけだ。やっふーーー!」


「もう頭のネジ飛んでますね……」


リリィは笑いながらも、胸の奥が少しだけざわついた。


これだけ稼げるなら。


もう、自分の家に居候する理由なんてないのではないか。


そう思った瞬間、妙に落ち着かなくなる。


(……なんで私、こんなこと)


やがて初老の男性が戻ってきた。


今度は先ほどまでの営業用の笑みではない。

どこか、張りつめた顔だった。


「お客様」


深く一礼する。


「VIPルームへご案内いたします」


リリィの肩が跳ねた。


「び、VIP……?」


シルフィの目が輝く。


「なにそれ。楽しそう」


男は無言のまま、奥の扉へ手を向けた。


その先には、一般客席とは別世界の静けさが待っていた。

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